魔王と勇者のPKO

猫絵師

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兎狩り3

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✩.*˚

帰って寝たら腕の骨はくっついたみたいだが、僕は丸一日寝ていたらしい。

その間にルイがビッグ・ペーデスの死体を運んできて解体の用意をしてくれていた。

ルイから解体の仕方を教えられながら、僕が自分で解体する。

時間が経って、肉は固くなっていたので苦労した。それでも、ルイが上手に教えてくれたから、何とか解体することは出来た。

慣れない解体で吐きそうだったけど…

「ビック・ペーデスは捨てるところはないから、部位で分けて持ち帰る」

そう言って油紙に部位ごとに分けて包む。

本当に何も捨てずに、残ったのは僅かな切れ端みたいな部位と血溜まりだけだった。

「骨は魔法道具になるし、内蔵は薬や日用品になる。

毛皮からは上質な衣服や靴が作れる。

手は珍味や装飾品などになるし、爪や牙も役に立つ。

こいつはオスだから睾丸も精力剤として高値で取引される」

「…これ全部麓まで持って降りるの?」

肉だけでも凄い量なんですけど…

とてもじゃないが三人で持って降りれる量じゃない。

「心配するな。

お前が寝てる間に部下を呼んだ。

夕方までに到着するはずだ」

ルイがそう答えて解体したビック・ペーデスを雪の下に片付けた。

「明日の朝小屋を出て城に戻るぞ。

それまでに準備しておけ」

「了解」

ルイに短く返事を返して、小屋の中に戻った。

ベティは手桶にお湯とタオルを用意してくれた。

「解体は無事終わりましたか?」

「うん、ありがとう。

ルイのおかげで全部終わったよ。

明日の朝にはここを出るってさ」

「そうですか。

ミツル様は怪我人なんですから休んでいてください。

あとは私がやっておきますから」

「いいよ、自分で出来るから」

「ダメですよ。

無理してまた骨が折れたらどうするんですか?

曲がってくっついたりしたら大変ですよ」

「…それは…困る」

「そうでしょう?

だったらすることはひとつです。

二階のベッドで寝てて下さい」

ベティはそう言って僕を二階の部屋に放り込み、容赦なくドアを閉めて階下に降りて行った。

仕方なく毛布に包まって寝ていると、しばらくして人の話し声で目が覚めた。

ルイの部下たちが到着したらしい。

二階の窓から覗いて見たが、やっぱり人間では無かった。

彼らは一様に獣と人間の間の姿で、大柄なルイと並んでも遜色ない身長だ。

不意に、背中を向けていたドアからノックの音がしてベティが現れた。

「ルイ様がお呼びです」

「うん、分かった」

僕もそう返事をして一階の暖炉の部屋に足を運んだ。

屈強な獣人達が部屋に居るせいか、部屋の温度が高く感じる…

皆背が高く筋肉質なので圧がすごい…

「…えっと…お疲れ様です。

雪の中ありがとうございます」

僕が何とか絞り出した挨拶に場がザワつく。

何?変なこと言った?

「人間が礼を言うのが珍しいだけだ」

ルイがそう言って五人の部下を紹介してくれた。

「右から私の補佐をしてくれている同族のシャルル。

その次はルー族アンドレとマルセル兄弟だ。

次に居るのがローシ族のオリヴィエ。

最後のがフィエン族のヴォイテクだ。

皆それぞれ隊長として部隊を指揮してくれている」

「シャルルは見た事ある」

「ああ、イール様の一件の時に居たな」

ペトラの双子の弟のイールが暴走した時に、ルイと一緒に助けてくれた獣人だ。

「覚えていてくれたとは光栄ですね」

狼男は嬉しそうに尻尾を揺らした。

薄灰色の毛並みのルイに比べ、あおっぽいたてがみが特徴的な灰色の狼だ。

「ビッグ・ペーデスを倒したそうですね。

おめでとうございます」

シャルルは物腰柔らかい印象だが、オリヴィエは「どうせ小さいヤツだろ?」と鼻で笑った。

彼は顔のパーツが大きく、目が小さい。

彼はライオンのような印象の獣人だった。

「オリヴィエ、人間が単身でビック・ペーデスを狩ったんだから褒めて然るべきですよ」

「まだものを見てないからなんとも言えないな。

なあ、ヴォイテク」

「…」

ヴォイテクと呼ばれた彼は何も言わずに黙っている。

一目で分かる熊の獣人のようだ。

というかほぼ熊の姿で服を着ている感じ…

「ヴォイテク殿は賢いので迂闊な発言はされないそうですよ」

「まあ、御託は良いからさっさと見せてくださいよ」

アンドレとマルセル兄弟がそう言ってルイにビック・ペーデスのお披露目を要求する。

彼らはすらっとしたタイプの長身で、人に近い姿をしていた。僕の勝手な印象ではジャッカルっぽい感じだ。

「見せる前に賭けをしようじゃないか」

ルイが面白そうに彼らに提案した。

「サイズを当ててみろ。

正解から一番サイズの離れている奴がここにいる全員に酒を奢るってことでどうだ?」

「おやおや?」

「隊長、全員同じだったらどうします?」

「それで当たってたら私がお前たちに酒を奢ってやるよ」

ルイの言葉に俄然やる気を出したようだ。

「そんな約束していいの?」

「いいさ、ちょっとした余興だ」

僕の問いかけにそう言ってルイが笑う。

「自信がありそうだから《ジャケット》だ」

「《ベスト》が妥当かと…」

「…《外套》」

「ヴォイテクの旦那、買い被りすぎでしょう?」

皆で楽しそうに予想してる。

結局ヴォイテクは《外套》、アンドレとシャルルは《ジャケット》、オリヴィエとマルセルが《ベスト》と答えた。

ルイはすごく楽しそうだ。

「雪の下に埋めている。

皆で確認するぞ」

どこの世界でも小さい事で賭け事するんだな…

いいな、楽しそうで。

「お披露目だ。

お前たちミツルを甘く見たな!」

ルイがドヤ顔で雪の中から引っ張り出した毛皮をその場に広げた。

皆がそれぞれ驚きの声を上げ、広げた毛皮を眺めている。

「本当にこれをあの人間が倒したのか?

信じられんな…」

オリヴィエが小さい目を大きく見開いて呆気にとられている。

「《外套》より大きいのでは?」

「《毛布》を見たのは久しぶりだ…」

「《毛布》?」

ヴォイテクの言葉に僕が聞き返すと彼は黙って頷いた。

「ヴォイテクが言うなら間違いない。

最大サイズの《外套》の上の特級サイズが《毛布》だ。

お前が倒したのは《毛布》ということだ」

「そうなの?」

「知らなくて良かったですね。

知ってたら絶対戦わなかったでしょう?」

シャルルが僕の心を見透かしたようにそう言った。

「オリヴィエ、マルセル。

下山後が楽しみですね」と、正解から1番遠い答えを出した二人を笑った。

《ベスト》を選択してた二人が押し黙る。

「ミツル殿の祝いも兼ねて酒場で派手にやりますか」

「酒場があるの?」

僕の問いかけにルイが答える。

「城下にな。

他にも色々店があるから、ビック・ペーデスを陛下に引き取ってもらった後に城下に降りる許可を貰うといい。

何事も勉強だ」

「へえ、ちょっと楽しみだな」

異世界の魔王の国はどういう店があるんだろう?

この世界に来てから城外に出ることはあっても、人が沢山いる所には行ったことがないので気になる。

外の食事も気になる。

異世界の街とか妄想膨らむなぁ…

✩.*˚

ミツルはすぐに部下達と馴染んだ。

部下達もあの大きな兎の毛皮を見たら勇者を認めざるを得なかったのだろう。

彼を軽んじていたオリヴィエさえも自分からミツルに戦士の挨拶をしに行った。

ヴォイテクはミツルのおかげでタダ酒が呑めると静かに喜んでいた。

「良かったな、ミツル」

私が声をかけると子供みたいな顔で笑いながらミツルが礼を言った。

「ルイのおかげだよ。ありがとう」

「少しは自信になったか?」

「うん。

彼らと仲良くなれたから報われたと思うよ」

「俺達はどんな部族だろうが強い奴は認める。

たとえそれが敵だろうが人間だろうが関係ない」

酒に酔ったオリヴィエがそう言った。

その言葉にシャルル達も頷いた。

「弱い者を守ることはあっても、一緒に戦うのは御免こうむりますよ。

我々は完全に実力主義なので、弱い者は隣に立つ事さえ許しませんよ」

「弱いとどうなるの?」

「ひたすら荷物持ちと訓練ですね」

シャルルは穏やかな口調で言ってるが、隊長格の者たちの中でも特に厳しい奴だ。

彼に新兵達を任せると挫折するものが多く出るので、練兵はヴォイテクの担当になっている。

「ミツル殿は戦士の器だと証明されたのですから、我々の部下達も文句を言うものはいませんよ。

さすがペトラ様の婚約者ですね」

「…だ、誰がそんな事を…」

「おや?違いましたか?」

シャルルが不思議そうに首を傾げている。

「ペトラ様から伺いましたが…あの方は冗談でそのような事を言うような方ではなかったかと…」

「ミツル…お前、何とかしないとどんどん外堀を埋められているぞ…」

「またイールに目の敵にされそうだな…」

「強い男には女の方から寄ってくるものだ、喜べ勇者!」

「オリヴィエ、だいぶ酔ってますね。

マルセル、そろそろ酒瓶を取り上げて下さい」

「ほら、オリヴィエ。

明日は山を下るんだよ、酔いが残ってたら辛いのはお前だぞ!」

ワイワイしながら夜が更けていく。

そこに寝室の用意をしに行っていたベティが顔を出した。

「失礼致します。

寝室をご用意致しましたので明日に備えてお休みください」

「ほら、今日はお開きだ!

明日も早いからさっさと支度をして寝ろ!」

ミツルと部下達を寝室に叩き込んで私も暖炉の前で一息吐いた。

「どうぞ」とベティがグラスに入った水を差し出した。

「ありがとう」

礼を言って受け取ると、ベティは何か言いたそうに隣に立っていた。

「何か言いたいことでも?」

「…お母様の事を思い出したので…」

ベティの言葉にはっと彼女の顔を見上げた。

「エドナ様の事か?」

「多分ルイ様に宛てたものだと思うのですが、別荘の兎の敷物の下に手紙を残したと言ってたのをふと思い出しました」

「何故今頃になって…」

もう十年以上昔の話だ。

「申し訳ありません。

ミツル様の倒した兎の毛皮を見て思い出したんです。

まだ残っているか分かりませんが、下山したら取ってきます」

「いや、ベティはミツルらと一緒に城に戻ってくれ。

私が直接行ってくる」

なんの手紙だろう…

部隊に関することならもう遅い気がするが、彼女の痕跡があるなら放っておく事は出来ない。

「ベティ、教えてくれてありがとう」

私がそう言って立ち上がると、ベティが私の袖を掴んで立ち去るのを阻止した。

「…もし」

消えそうな、泣きそうな声にギョッとする。

「手紙を読んでも、ルイ様はお母様の後を追ったりしませんよね?」

「…何を言って…」

「お母様はルイ様のことを《愛してる》と仰ってました。

ルイ様はお母様を今も愛していますか?」

唐突な質問に驚く。

「どうしたんだ、ベティ?何が言いたい?」

「私ではお母様の代わりにはなれませんか?」

大胆な言葉に息を飲んだ。

時間が止まったかと思った。

暖炉の火だけが燃え上がり揺らめいている。

赤く炎に照らされた横顔にエドナ様の顔が重なった。

「…何時いつになったら、私を娘じゃなく女として見てくれますか?

ミツル様に聞いた話は嘘ですか?」

「ベティ…それは…」

言い訳を考えていた時にふと酒の匂いに気付く。

いつ飲んだんだ…

危ない、酒のせいで流されるところだった…

「ベティ、お前酔ってるだろう?」

「酔ってないです」

完全に酔っ払いのセリフだ。

「もう寝ろ、明日は早いぞ」

「ルイ様と一緒に寝ます」

そう言って抱きついて離れないベティをどうするか悩む。

酔っ払っているとはいえ大胆すぎやしないか?

朝起きて今日の記憶がなかったらどうするんだ?!

いかんいかん!理性!理性!

「手紙を読んだら必ずお前の所に戻る。

話はそれからだ」

「本当に?」

「約束するから、もう寝なさい」

何とかそう言ってベティを寝室に押し込むと、私は頭を冷やすために外に出た。

昔はエドナ様に流されて、今度はベティに流されかけた…

母娘とは似るものだな…いや、私が成長してないだけか?

そんな事を考えながら、凍てつく空の下で寒気を覚え震えた。

✩.*˚

「一緒に帰らないの?」

朝小屋を発つ時に別行動をとる旨を皆に伝えた。

「野暮用がある。

ミツルはベティ達と先に城に戻ってくれ。

シャルル、後は頼んだぞ」

「お任せを」

「ところでベティはどうしたの?

熱でもあるの?」

赤い顔でフワフワしているベティにミツルが問い質すと、彼女は恥ずかしそうに答えた。

「…間違えてお酒を飲んでしまったみたいです…」

「え?二日酔い?大丈夫?」

「昨日どうやってベッドまで行ったのか忘れました」

「すごいね、記憶なくてもちゃんとベッドまで行けるもんだね」

ミツルが能天気にベティにそう言った。

私が運んだんだがな、と言いたいところを我慢する。

全く、お節介がとんでもない事になるところだったんだからな!

皆と別れて先に山を降り、飛竜を預けていた部下と合流した。

そこから一頭を借りて、エドナ様の別荘に向かった。

エドナ様の別荘はペルマネス・ニクス山の近くにある。

飛竜に乗って一時間かからない程度の場所だ。

「変わらないな…」

不便な山の中にある小屋はあの日と変わっていない。

また彼女がひょっこりと顔を出しそうな気がした。

鍵は閉まっていない。

誰も来ない山の中だから不用心でも泥棒の心配もない。

なんせここは今ではアンバー王の管理下にある。

手を出せばどうなるか分からない奴はいないだろう。

ベティの言っていた兎の敷物を探した。

埃を被った敷物は応接間の床にあった。

埃の被り方からして誰も手をつけてなさそうだった。

「…失礼」

誰に言うでもなく、独り言を言いながら敷物をめくった。

分かりにくいが、裏地に紙の擦れる音がして、中から古びた手紙が出てきた。

エドナ様の署名がある。

宛名は私だった。

蝋で封をされた手紙を開けると、中から数枚の紙束が出てきた。

彼女は意外と読みやすい綺麗な字を書く人だったが、この手紙の字は歪んでいた。

死を悟り、苦しみながら書いたのだろうか?

心がザワつく。

それでも、と手紙を読み進めるが、すぐに涙で文字を読むことが出来なくなった。

手紙は、私に宛てた謝罪の手紙だった。

『お前の子を産めなかった』と…

驚いたことに、彼女はあの後妊娠したらしい。

異種同士の子供はかなり稀だができない訳では無い。

私にすぐに伝えなかったのは、不安だったからだと記されていた。

できる限り産むための努力はしていたらしい。

それでも、長年戦士として過酷な戦場を駆け巡っていた彼女の身体は悲鳴を上げていた。

半年後に流産し、そのせいで度々出血するようになったらしい。

今まで知らなかった事実に驚きを隠せなかった。

自分のせいで彼女が死んだような気がして恐ろしかった…

彼女の謝罪文を読みながら、私の方こそ知らなかったとはいえ、彼女を苦しめた罪悪感で息が詰まる思いだった。

何も知らずに、生きていた自分が恥ずかしい。

手紙には、流産した子供の骨を引き取って欲しいと書かれていた。

小屋の裏にひっそりと葬られた小さな宝石箱の中に、細く脆い骨が残っていた。

私とエドナの子…

手紙の最後には彼女の愛が綴られていた。

『生きてる者が死んだ者のことを思い続けることを私は望まない。

ルイが自分の幸せのために私を忘れることを望む。

この手紙はルイへの愛の手紙。

ルイに私の謝罪と愛が伝わること、私の分まで生きて、私以上に愛せる人に出会うことを願っている。

ルイ、心から愛していたよ。

私の部下で弟で相棒で恋人だったルイ。

またお前に会って抱きしめられたらと思うが、もう二度と会うことは無いだろう。

ただひたすら伝えたいのはお前を愛してたということだけ。

だから、どうか幸せに生きて欲しい』

「…貴方という人は…なんて身勝手なんだ…」

苦しい…

私だって貴方に憧れて、貴方を思い続け、貴方を愛してた…

一方的に愛を綴られ、私の言葉は届かずに、自分の想いだけ押し付けて…

本当にずるい人だ。

涙を拭い、手紙と宝石箱を大事に懐にしまった。

私にはまだすべきことが残っている。

✩.*˚

「そうか、エドナ…」

私は城に戻り、アンバー王に手紙の存在を伝え、宝石箱を渡した。

「エドナ様の死は私のせいです。

どうか、私に罰を与えてください!」

「落ち着きなさい、ルイのせいじゃないとエドナも書いている」

アンバー王は落ち着いていた。

手紙を封筒にしまって、宝石箱を骨だけの手で愛おしげに撫でた。

「私の孫が入っているわけだ…

私にそっくりな可愛い子だ」

骨だけの不死者リッチの彼が冗談めいてそんな事を言った。

「母親と離れ離れで可哀想なことをした。

こっそり同じ墓に入れてやろう。

もう寂しくないな?名前はどうする?」

「名前…」

「お前は父親なんだろう?

名前くらい考えてやれ」

そんな事考えたこともなかった…

骨だけの我が子に名前をつけるのは難しい。

それでも名前がなくては墓に刻めない…

「アルテュールと…

男の子か女の子か分かりませんが、その名で彼女も満足してくれるでしょうか?」

「気高いいい名前じゃないか。

可愛いアルテュール、生まれ変わっても私の所に来ておくれよ」

アンバー王は嬉しそうに宝箱を撫でながら囁いた。

絹のハンカチを取り出してそっと包むと「君の子だ」と私に宝箱を返してくれた。

「後日エドナの墓に行く時に一緒に埋めよう。

それまでつかの間の親子の時間を楽しみたまえ」

どういう意味なのか分からないが、しばらく預かっておけと言うことみたいだ。

「手紙も、ルイに宛てた手紙だから自分で持っていなさい。

私は他人のラブレターを持っていても面白くないのでね…」

「私への処遇をまだ聞いておりません」

「生きろ、以上だ」

アンバー王はただ一言そう言った。

耳を疑う私に、陛下はエドナの手紙を差し出した。

「エドナの手紙の意味が分からないのか?

お前はエドナの代わりには生きるんだよ。

生きて、苦しんで、愛して、幸せになって、子供を作るんだ。

それがエドナからのお前への罰だ。

他でもないエドナからの願いだ、必ず叶えろ」

「そんな…私はどうすれば…」

「知らんよ、子供じゃないんだ、自分で考えなさい」

反論の余地も与えずハッキリとそう言い、陛下は私を突き放した。

「それに、相談したいなら何にでも首を突っ込むちょうどいい相手がいるだろう?

彼も今恋愛で困っているから、困ってる者通し相談すればいいだろう?

こんな女性と縁遠い私に相談されても困るよ、全く…」

「はぁ、ミツルですか?」

「分かってるならさっさと行きなさい。

あと、部屋に入り浸ってるペトラに私が呼んでると伝えてくれ。

ミツルが帰ってきてからずっと傍を離れないそうで苦情が来ている」

「承りました。

失礼致します」

勇者と王女の邪魔をして来いと命令を受け、王の執務室を出た。

手の中にはあの小箱がある。

手のひらに収まるくらいの小さな宝箱には、先程名前を与えた子供の骨が入っている。

物のようにポケットにねじ込む気にはならないが、ずっと手に持ってるのも目立つ。

仕方ないので持ってきた時と同じように懐にしまった。

「すまんな、アルテュール」

服の上からそっと箱に触れる。

生きて生まれていたらどんな子だったのだろう…

彼女に似ただろうか?

それとも私に似てくれたろうか?

彼女は良い母になったろうか?

私は良い父になれたろうか?

不思議とそんな事ばかり頭を過る。

名前など付けたせいだ…

ずっと目を背けてきた彼女の死の真相を知って動揺しているのだ。

今更、何もかも手遅れだと言うのに、女々しくクヨクヨしてみっともない。

タラレバの話など無駄だと言うのに無駄なことばかり考えてしまう。

今はただ、ミツルと話がしたかった。

彼女のことを聞いて欲しい。

この子の事を知って欲しい。

気兼ねない友人として話を聞いて欲しかった。

✩.*˚

城に戻ってからアンバーにビック・ペーデスを見せるとすごく喜んでくれた。

「そうそう、この骨、この骨が欲しかったんだ!」

「え…もしかして僕お使いに行かされたの?」

「《兎狩り》はそれはそれでやらないと示しがつかないからね。

別に他の者に頼んでも良かったんだが、君の成長のために必要と思って頼んだんだ。

あとこれも渡したかった」

そう言ってアンバーは懐から皮袋を取り出した。

中には麻雀の点棒みたいな細長い金で出来た棒がいくつも入っている。

「ビック・ペーデスは私が買い取らせてもらうよ。

このサイズならもっと多めに用意しておくべきだった、すまないね」

「これってお金?」

「そうだ。一般的に取引で使用される我が国独自のものだ。

純金を十分の九の割合で統一して作ったペコニアが二十本入ってる。

追加でもう二十本用意しよう」

「そんなに貰っても困るよ。

半分はルイに渡しておいてよ」

「ルイはルイで給金を渡しているからこれは君の報奨金だ。

デートにも金がいるだろう?」

「…ソウデスネ」

「心がこもってないぞ。

金もあって美女も居る、もっと喜びたまえ」

「いや、あってるけどなんか違うんだよね…」

「まあ、冗談はさておき、慣れない山小屋生活で疲れたろう?

部屋に戻ってゆっくりしたまえ」

「そうだね、そうさせてもらうよ。

そういえばルイ達が酒場に連れていってくれるって言ってくれてたんだけど、僕が城下に出ても問題ない?」

「一人じゃなければ大丈夫だろう。

何事も勉強だ、行っておいで」

アンバーは嬉しそうにそう言って執務室から僕を送り出してくれた。

その直後ペトラに捕獲されたのは言うまでもない…

✩.*˚

夕食の後、ルイが僕の部屋に顔を出した。

ペトラに「陛下がお呼びです」と告げるとペトラは物悲しい顔で部屋から出て行った。

放っておいたら何時までいたか分からないから正直助かった。

何時いつ帰ってきたの?」

「つい先程だ。

少し良いか?」

「いいよ、なにか飲む?」

「いや、いい。

ベティは席を外しているか?」

「さっき食事を下げて、お風呂の用意をするって出ていったよ」

おかげでペトラと二人きりで何したらいいか分からなかったけど…

ルイが少し落ち着かないように見えた。

何だろうな…

「お前に少し聞いて欲しい話がある。

ベティには聞かせられない」

「え?何?ナイショの話?」

「まあ、そんなところだ」

そう言ってルイは僕に手紙と小さな箱を見せてくれた。

ルイ宛に書かれた古い物らしい。

僕らと別れてから、エドナの家に行ってとってきたとの事だった。

彼の口からエドナの話を聞いて驚いたが、子供が居たのは口から心臓出るかと思うくらい驚いた。

やっぱり避妊って大事だわ…

「エドナは、私に自分を忘れて幸せになれと書いてくれていたが、私だけが幸せになって果たして本当に良いのか…」

「本人が良いならいいんじゃない?」

「お前はあっさりそういうが、子供がいたというのすら今日初めて知ったんだぞ。

自分がそんな薄情な奴だと思うとやりきれない思いだ」

「だって知る由もなかったんだろ?

それは仕方ないよ」

自分も同じ立場だったら笑えないな…

ルイは随分落ち込んでる様子だった。

「ルイは、エドナ以外好きになれないの?」

「分からない…

私の中でエドナの存在が大きすぎるから、ベティを愛してるのか、妹や娘のような気持ちなのか分からないんだ…」

「複雑…」

年齢差とか、エドナの娘だからとかそういう問題以上に、本人がどうしたいのか分からないとか応援の仕様がない。

「ミツル、私はどうしたらいいと思う?」

ルイは真面目で不器用なくせに、昼ドラみたいなドロドロした関係持ってくるとか濃すぎてなんも言えん…

あぁ!コメントに困る!

「まあ…なんというか…

まず、エドナの件はエドナの件だけで処理した方が良いよ。

新しい恋はそれはそれで大事にしよう」

「ケジメをつけろということか?」

「エドナはエドナ、ベティはベティだろ?

一緒にするからややこしくなるんだよ。

あと、幸せになるのはルイだけじゃないからな。

ルイが幸せになったら、僕もアンバーも嬉しいし、今のウジウジした所をエドナには見せられないだろう?

それに君と結ばれる人だって幸せになるだろうし、産まれてくる子供だって幸せにしてあげたらいいんじゃないか?

そしたら全員ハッピーだろ?」

「…そんなもんか?」

「そんなもんだよ」

自分でも適当な事言ってるな、という自覚はある。

でもこんなことでも彼が前を向くきっかけになるならそれでいいと思う。

「とりあえず、ベティには待ってもらえば?

彼女のこと好きなんだろ?」

その言葉にルイは項垂れるように頷いた。

二人で何を言っていいか分からず、変な沈黙が流れている時だった。

ノックの音で静寂が断ち切られた。

「ミツル様、浴場の用意が出来ましたよ」

ベティが出入口の綴織タペストリーから顔を出しす。

彼女はルイの姿を見て驚いた様子だった。

まずい、まだ答えが出てないのにベティに会うのはちょっと気まずくないか?

いや、逆にチャンスと捉えるべきなのか?

「ベティ」

ルイが動いた。

行くんか?!告白すんの?!

「エドナからの手紙を見つけた。

昨日お前から聞いた通り、兎の敷物の下にあった」

「…私…夢じゃなかったんですか…」

ベティの顔が一瞬で赤くなった。

どゆこと?

昨日何かあったの?

「あぁ、お前から聞いたよ。

お前の気持ちも話してくれた」

「はわ!」

真っ赤な顔を手で覆って変な声をあげるベティ。

やだ、ベティめっちゃ可愛い。

「お、お酒のせいです!間違えて飲んだんです!」

そう言って逃げ腰で慌てるベティにルイが歩み寄る。

ルイは彼女の手を握って、彼女前に膝を着いた。

「私がエドナとの過去を清算したら、改めてお前を一人の女性として愛しても良いだろうか?」

「ルイ様…」

「ずるい答えですまない。

今の私の精一杯の回答だ」

ルイは大真面目な様子でベティを見つめている。

二人で動かず黙って見つめあっている。

あれ?僕邪魔じゃね?

どうしようと思っていると、先に口を開いたのはベティだった。

「ルイ様は私を、お母様より愛してくださいますか?」

「努力する」

「私は…半分は人間ですよ」

「問題じゃない、お前のいい所も悪い所も私は知っている」

「私を置いて…死んだりしませんか?」

そう言ってベティの目から大粒の涙が溢れた。

「無理って分かってます…

でも、でも…もう、大切な人を…」

「できる限り足掻いてみせる。

生きる事が許される限り、お前を一人にはしない。

それで勘弁してくれないか?」

そう言ってルイが大きな腕でベティを抱き寄せた。

ベティの小さい身体がルイの胸の中にすっぽりと納まる。

もうこれは二人の世界だ。

完全に僕は空気になってるようだ…

何だよ、やれば出来るじゃないか…

心配して損したよ。

さてと、邪魔者は風呂に入っていますかね…

二人でごゆっくりどうぞ。

僕は二人を残して外に出た。

✩.*˚

「お前、勝手にどこ行ってたんだ」

浴場から戻る途中、廊下でルイにばったり会った。

「あれ?ベティは?」

「恥ずかしがって私を突き飛ばして逃げてしまった…」

「何でそこもうちょっと上手くやらないの!?」

「私だって緊張して何を言っていたのか分からないんだぞ!

手だって震えてるし、変な汗出るし…

私はおかしなこと口走ってなかったか?」

ルイの様子が面白くてなんだか笑ってしまう。

「思ってたよりちゃんと告白してたよ。

やるじゃん、ルイ」

「からかうな!

ダメだ、嫌われたかもしれない…」

頭を抱え込むルイの落ち込みようが半端ない。

「そんなことはないと思うけどなぁ…」

僕とペトラの時は一方的に告白された感じだったからな…

男の方からしっかり告白するのとかカッコイイじゃん。

「そういえば、アンバーからお金もらったんだけど、今度二人で何かプレゼント買わない?

僕はペトラに、ルイはベティに」

「贈り物か…

女性の物は全く分からん…」

「それならアンバーに相談しようか?

何かアドバイスくれるかもよ」

「私がベティと結ばれることを良く思われないかもしれない…」

「なら、尚更先に言った方がいいよ。

後でバレた時の方が気まずくない?

言えないなら僕が付いてってあげるよ。

ルイが《兎狩り》に付いてきてくれたみたいに、僕もちゃんと見届けてあげるよ」

「お前に見届けられてもなぁ…」

不安そうにルイがため息を吐く。

友達だからこういう時こそ力にならないとな…

アンバーはなんて言うか分からないけど、反対するほど野暮では無いはずだ。

「もしアンバーが反対したら、僕が一緒に説得するよ。

それでもダメって言うなら、アンバーに勝てる最強のカードが僕にはあるからね」

「なんだそれは…?」

「ペトラ」

あの世にも恐ろしい不死者リッチの姿をした魔王は愛娘に甘々なのだ。

そんな彼女は何故か僕にぞっこんだから僕のお願いなら何でも聞いてくれる。

「まぁ、確かにそうなんだろうが…

ペトラ様まで巻き込む気か?」

「勇者が魔王相手に使えるものを総動員して挑んで何が悪いんだよ?」

「全く、お前ってやつは…

何を言ってるのかさっぱり分からん…」

呆れ顔のルイに僕は笑って言った。

「全部片付いたら、ルイはエドナに報告しに行くんだろ?

その時は僕も一緒にエドナに会いに行っていいかな?」

「もちろんだ」とルイは頷いた。

「彼女の墓前でお前を友人として紹介するよ。

随分勝手でお節介な友人だとな」

「良い友達だろ」

僕が拳で手の甲を差し出すと、彼も返してくれた。

また少しだけ、僕はこの国に馴染めた気がして、なんとも言えない満足感を感じた。

かくして、僕の兎狩りは、ややこしい恋の相談と共に幕を下ろしたのだった。


閑話 END
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