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どのくらいそうしていたのかわからない。
私が落ち着くのを見計らって、公爵はサロンへと手を引いてくれた。
侍女のアンナが私たちの前にお茶を用意してくれた。
一口つければ温かい物が喉を通っていくのを感じる。
公爵に抱きしめてもらっていたとはいえ、夜の庭は寒かったのだなあ、と思う。
公爵が懐から封書を取り出し、中から1枚の紙を出す。
テーブルに置かれていたペンとそれを私に向ける。
”婚姻許可願書”
そう大きく1行目に書かれた紙は、空白なのは私のサインをするところのみ。
隣に座る公爵を仰ぎ見る。
私を見つめる濃い茶色の瞳が、迷うな、と言っている。
ペンを取り、私は紙の上を滑らす。
ペンを置きその紙を公爵へと渡す。
しばらくその紙に見入っていた公爵だったが、無言の時をついに破る。

「・・・明日、提出してくる。提出するということは、両家の中では婚約している事と同じ意味を持つ。だから、近いうちに、我が屋敷に行儀見習いとして来れるように準備を。それまでは護衛の者を付ける。」

「行儀見習い・・・護衛ですか?・・・いりません。我が家にも少ないですがおりますし、必要ないかと・・・。」

「今後は公爵夫人だ。いつ、誰に狙われるかわからない。用心のため。」

「出かけるときでした必要かと思いますが、まだ出かける気もおこりませんし・・・。家にいる時は他の者の目もあるので安心では?」

「この屋敷の者を疑うわけでは無いが、ここは警備が緩い。」

「ですが・・・。」

私たちの押し問答は続く。
今までだって、屋敷に中に居れば危ない事は無かった。
門、裏門、時間制の見回りとそれなりに警備はしている。
いったい何が不安だと言うのだろう。
この問答の幕引きは公爵の驚きの言葉だった。

「・・・あの男が・・・ジェラール・コーベンヌが逃げた。」

予想もしていなかった言葉に一瞬真っ白にになる頭。
それでも、私は急いで考える。

「え?・・・ジェラールが逃げた?逃げたという事は、どこかに掴まっていたのですか?いったいどこに・・・城、ですか?内報部の牢?」

「そうだ。」

躊躇なく答える公爵は、ソファから腰を上げる。

「だから、護衛を付ける。・・・しかし、ここでは十分に警護ができない。一時的に内報部の連絡所を設ける時もある我が家なら、ここよりはいい。早く我が屋敷に来るように準備を。」

表向きを行儀見習いとして。
本当意味は、公爵邸で私を保護するとう事なのだと理解する。
早すぎる婚姻許可願書の提出や行儀見習いへの誘い。
すべては私を守る為。
でも、それは取り越し苦労では?

「私の所へ来るとは限りません。・・・確かに私やお父様に話があると言っていたと聞きました。ですが、もし一番に会いに行くとしたら、ライラのとこではないですか?」

そう言ってあの日の事を思い出す。
私がジェラールとライラの2人を見た最後の日。
もしかしたら・・・。

「・・・ライラも一緒に牢に?」

「一緒ではないが、牢で治療を受けている。」

公爵に駆け寄る。

「治療?どこが悪いのですか?」

心配な気持ちが先にたち、思わず公爵の腕を掴む。
自分の咄嗟の行動に、やっぱりライラのことは友達だと思っているんだと、自分の冷静な部分で思った。

「・・・余計な事を言った。・・・彼女は回復に向かっているから心配ない。とにかく、我が家に来る準備をできるだけ早く頼む。」

そう言って私の腕を振り払うように扉を開けて出て行った。
私は立ち尽くすだけ。
あれからいったい何が起こっているの?




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