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13話
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貴族女性が開くお茶会の雰囲気は主催者によっておおきく異なる。儀礼を重んじられるお茶会もあれば、華やかで賑やかなお茶会もある。シャーロットはその両方に参加したことがあるが、どちらのお茶会も立場の弱い新興貴族には肩身の狭いものだった。
だが、オルコット伯爵夫人のお茶会は家格に関係なく世間話や刺繍などの趣味の話で会話が弾み、和やかだった。別のお茶会でシャーロットに冷たく当たった令嬢達も、穏当な態度で接している。
前回のお茶会でもこうだったと、シャーロットは思い出す。彼女達はオルコット伯爵夫人がいなくなった途端、牙を剥いたのだ。
「伯爵邸の素敵なお庭は美しいと感動してましたのに、せっかくの素晴らしい景観に相応しくない方がいらっしゃいますわね」
背後からかけられた声に、シャーロットは固まる。
ティータイムを楽しみ、各自そのままお喋りに興じたり庭の散策などをしたりし始めた頃、シャーロットはメアリーと共に庭の美しい花々を愛でていた。オルコット伯爵夫人は御婦人と話をしていたし、彼女に厳しい対応をするご令嬢達はシャーロットを気にも止めず、今流行のドレスの話題で盛り上がっていたからだ。
嫌味を言うためだけにあの輪を抜けてくる者がいると思わず、花々が咲き誇る庭を堪能して舞い上がっていたシャーロットの心は一気に沈んだ。
しかし、上位貴族に話しかけられて無視をするわけにもいかない。シャーロットは意を決して振り返った。
そこにいたのは、どこかあどけなさが残る可憐な令嬢だった。長い間領地にいたが最近王都に顔を出すようになった子爵家の令嬢で、シャーロットよりふたつ年下だと聞いていた。
シャーロットはどう対応しようか悩んだ。卑屈になれば追撃する令嬢もいれば、何事もなかったかのように振る舞えば怒る令嬢もいる。彼女はどちらだろうか。
考えた末、どうか正しい選択であるように祈りながらシャーロットは彼女の先ほどの発言には触れずに笑みを浮かべ、丁寧に挨拶をする。
「あなたも庭を見に来られたのでしょうか? こちらの庭は細部まで計算されていて圧巻ですよね。さすが、オルコット伯爵夫人が手掛けた庭ですわ」
多趣味のオルコット伯爵夫人はガーデニングにも興味があり、庭師と相談しながら季節ごとに植える花々を指示している。貴族夫人が庭のデザインを手掛けるのは珍しいことではなく、シャーロットも結婚後は常に花が咲き誇るような庭にしたいと目を細めた。
だが、令嬢はシャーロットの返事が気に食わなかった目を吊り上げる。
「平民はろくにマナーも知らないのね! こんな無作法な方が婚約者だなんて、レオナルド様がお気の毒だわ」
突然、自身の婚約者を名前で呼ばれ、シャーロットは驚いた。それほど親密な令嬢がいたなど、彼から聞いたことはなかった。
「失礼ですが、レオナルド様とはどのようなご関係でしょうか……?」
「……あなたがいなければ、婚約者になっていたの」
「え……」
「私の身体が良くなって王都に来たら! レオナルド様に婚約を申し込むって、お父様は約束してくれたのに……」
彼女の父とポーレット子爵は友人関係であり、以前ポーレット子爵はレオナルドが色恋にも結婚にも興味がないことを嘆いていたため、病弱だった彼女が健康になったら婚約を考えてみないかと話していたのだ。その前にレオナルドはシャーロットと婚約したため、ふたりの話は流れたのだ。
「レオナルド様が、あんなに素敵な方だとは思わなかったわ……。本当なら、あの方の隣にいたのは私なのに……」
先日レオナルドと初めて顔合わせをした彼女はレオナルドに恋してしまったらしい。デートをするふたりの姿も目撃した彼女は仇を見るようにシャーロットをねめつけた。
「聞けば、あなたの家は平民から成り上がった男爵家だそうじゃない。そんな人、レオナルド様に相応しくはないわ!」
彼女の言っていることは最もな゙ことのように思えた。
社交界で後ろ指をさされる家門で、大して美しくも賢くもない。それに加えて呪いで彼に蛇蝎のごとく嫌われている。
マイナスだらけのシャーロットに比べて、ポーレット家と同じ家格の子爵家で、父親同士が仲が良く、嫌われていない彼女の方がレオナルドに相応しいように思えた。
このまま呪いが解けず、シャーロットとの婚約が解消されたら、レオナルドは彼女と結婚してしまうのかもしれない。夫婦となり寄り添うふたりの姿が脳裏に浮かび、シャーロットは唇を噛み締めた。強い感情が胸に沸き起こる。
「私との婚約は、レオナルド様が申し込んでくださって結ばれたものです。あの方が望んでくださったことを、あなたに非難される謂れはありません」
自分の口をついて出た言葉にシャーロットは驚いたが、後悔はなかった。シャーロットには他の令嬢と違って瑕疵はあるだろうが、それでも選んでくれたレオナルドの決断を軽んじてほしくはなかった。
彼女は眉を吊り上げ、反論しようとしたが、玲瓏な声に遮られた。
「あらあら。話が盛り上がっているようね」
「オルコット伯爵夫人……!」
驚くシャーロット達に、夫人は優雅に笑みを返す。
「おしゃべりを楽しむのもいいですけれど、良ければ庭も見て頂きたいわ」
「え、ええ。とても気品があって素敵なお庭だと思いますわ。ですが、似つかわしくない人がいらっしゃって……」
夫人にとりなすような笑みを浮かべながら、令嬢はシャーロットに批難がましい視線を向ける。
似つかわしくない、と夫人が彼女の言葉を繰り返すと、同意を得られたと思ったのか、彼女の顔が明るくなった。
「だって、彼女は貴族もどきですもの。そんな方が由緒正しき伯爵家のお茶会に客人としていらっしゃるなんて――」
「シャーロット様は私の大切な友人ですわ」
「え……」
「皆さんが揃った時にそうお伝えしたはず。……食い入るようにシャーロット様をご覧になっていたから話を聞いてくださっているのかと思ったのだけれど、違ったのね」
令嬢の顔がさあと青ざめる。おそらく、彼女は恋敵であるシャーロットの存在に意識を集中しすぎて、夫人の話をろくに聞いてなかったのだろう。
オルコット伯爵夫人は社交界で影響力を持つ。そんな彼女の不興を買ってしまったのではないかと令嬢は怯えを見せた。
「まあ、あなたも王都に来たばかりで疲れていたのでしょう。……ほら、顔色がずいぶんと悪いもの。温かいお茶でも飲んで休まれたほうがいいわ」
「そ、そういたします……。グレイス様、申し訳ございませんでした」
令嬢はシャーロットの返事も待たずに足早に立ち去った。
「事前に警告はしたから大丈夫だと思ったのだけれど……不快な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
「い、いえ! オルコット伯爵夫人のおかげで、今日はとても快適に過ごせております」
夫人がシャーロットを友人だと紹介してくれたおかげで、いつもならシャーロットの一挙手一投足を監視し攻撃する隙を見逃さない令嬢たちが、普通に接してくれている。先ほどの令嬢とトラブルはあったが、あれはかわいいものだ。
「ふふ。やっと皆さんにあなたを友人だと紹介できて嬉しいわ。それに……さっきの対応、とても凛々しかったわ」
「……少し、強く言い過ぎたかもしれません」
レオナルドの決断を尊重してほしいと主張したことを後悔はしていないが、もっと角の立たない言い方をするべきだったのではないか。
彼女は子爵家で生粋の貴族だ。そんな彼女に成り上がりの男爵令嬢の自分が反論したことに、長年の境遇により培われた劣等感が後ろめたさを訴える。
「あれぐらいでいいのよ。彼女のほうが家格は上だけれど、正式に結ばれた子爵家との婚約にケチを付けられたのだから。……環境のせいなのでしょうけれど、シャーロット様は控えめすぎるわ。あなたも貴族令嬢として、もっと胸を張るべきよ。時には自己を主張することも大事なんだから」
「そう、ですね。……そうですよね」
オルコット伯爵夫人の優しくまっすぐな言葉は、シャーロットの罪悪感をかきけし、臆病な心を勇気づけてくれた。
だが、オルコット伯爵夫人のお茶会は家格に関係なく世間話や刺繍などの趣味の話で会話が弾み、和やかだった。別のお茶会でシャーロットに冷たく当たった令嬢達も、穏当な態度で接している。
前回のお茶会でもこうだったと、シャーロットは思い出す。彼女達はオルコット伯爵夫人がいなくなった途端、牙を剥いたのだ。
「伯爵邸の素敵なお庭は美しいと感動してましたのに、せっかくの素晴らしい景観に相応しくない方がいらっしゃいますわね」
背後からかけられた声に、シャーロットは固まる。
ティータイムを楽しみ、各自そのままお喋りに興じたり庭の散策などをしたりし始めた頃、シャーロットはメアリーと共に庭の美しい花々を愛でていた。オルコット伯爵夫人は御婦人と話をしていたし、彼女に厳しい対応をするご令嬢達はシャーロットを気にも止めず、今流行のドレスの話題で盛り上がっていたからだ。
嫌味を言うためだけにあの輪を抜けてくる者がいると思わず、花々が咲き誇る庭を堪能して舞い上がっていたシャーロットの心は一気に沈んだ。
しかし、上位貴族に話しかけられて無視をするわけにもいかない。シャーロットは意を決して振り返った。
そこにいたのは、どこかあどけなさが残る可憐な令嬢だった。長い間領地にいたが最近王都に顔を出すようになった子爵家の令嬢で、シャーロットよりふたつ年下だと聞いていた。
シャーロットはどう対応しようか悩んだ。卑屈になれば追撃する令嬢もいれば、何事もなかったかのように振る舞えば怒る令嬢もいる。彼女はどちらだろうか。
考えた末、どうか正しい選択であるように祈りながらシャーロットは彼女の先ほどの発言には触れずに笑みを浮かべ、丁寧に挨拶をする。
「あなたも庭を見に来られたのでしょうか? こちらの庭は細部まで計算されていて圧巻ですよね。さすが、オルコット伯爵夫人が手掛けた庭ですわ」
多趣味のオルコット伯爵夫人はガーデニングにも興味があり、庭師と相談しながら季節ごとに植える花々を指示している。貴族夫人が庭のデザインを手掛けるのは珍しいことではなく、シャーロットも結婚後は常に花が咲き誇るような庭にしたいと目を細めた。
だが、令嬢はシャーロットの返事が気に食わなかった目を吊り上げる。
「平民はろくにマナーも知らないのね! こんな無作法な方が婚約者だなんて、レオナルド様がお気の毒だわ」
突然、自身の婚約者を名前で呼ばれ、シャーロットは驚いた。それほど親密な令嬢がいたなど、彼から聞いたことはなかった。
「失礼ですが、レオナルド様とはどのようなご関係でしょうか……?」
「……あなたがいなければ、婚約者になっていたの」
「え……」
「私の身体が良くなって王都に来たら! レオナルド様に婚約を申し込むって、お父様は約束してくれたのに……」
彼女の父とポーレット子爵は友人関係であり、以前ポーレット子爵はレオナルドが色恋にも結婚にも興味がないことを嘆いていたため、病弱だった彼女が健康になったら婚約を考えてみないかと話していたのだ。その前にレオナルドはシャーロットと婚約したため、ふたりの話は流れたのだ。
「レオナルド様が、あんなに素敵な方だとは思わなかったわ……。本当なら、あの方の隣にいたのは私なのに……」
先日レオナルドと初めて顔合わせをした彼女はレオナルドに恋してしまったらしい。デートをするふたりの姿も目撃した彼女は仇を見るようにシャーロットをねめつけた。
「聞けば、あなたの家は平民から成り上がった男爵家だそうじゃない。そんな人、レオナルド様に相応しくはないわ!」
彼女の言っていることは最もな゙ことのように思えた。
社交界で後ろ指をさされる家門で、大して美しくも賢くもない。それに加えて呪いで彼に蛇蝎のごとく嫌われている。
マイナスだらけのシャーロットに比べて、ポーレット家と同じ家格の子爵家で、父親同士が仲が良く、嫌われていない彼女の方がレオナルドに相応しいように思えた。
このまま呪いが解けず、シャーロットとの婚約が解消されたら、レオナルドは彼女と結婚してしまうのかもしれない。夫婦となり寄り添うふたりの姿が脳裏に浮かび、シャーロットは唇を噛み締めた。強い感情が胸に沸き起こる。
「私との婚約は、レオナルド様が申し込んでくださって結ばれたものです。あの方が望んでくださったことを、あなたに非難される謂れはありません」
自分の口をついて出た言葉にシャーロットは驚いたが、後悔はなかった。シャーロットには他の令嬢と違って瑕疵はあるだろうが、それでも選んでくれたレオナルドの決断を軽んじてほしくはなかった。
彼女は眉を吊り上げ、反論しようとしたが、玲瓏な声に遮られた。
「あらあら。話が盛り上がっているようね」
「オルコット伯爵夫人……!」
驚くシャーロット達に、夫人は優雅に笑みを返す。
「おしゃべりを楽しむのもいいですけれど、良ければ庭も見て頂きたいわ」
「え、ええ。とても気品があって素敵なお庭だと思いますわ。ですが、似つかわしくない人がいらっしゃって……」
夫人にとりなすような笑みを浮かべながら、令嬢はシャーロットに批難がましい視線を向ける。
似つかわしくない、と夫人が彼女の言葉を繰り返すと、同意を得られたと思ったのか、彼女の顔が明るくなった。
「だって、彼女は貴族もどきですもの。そんな方が由緒正しき伯爵家のお茶会に客人としていらっしゃるなんて――」
「シャーロット様は私の大切な友人ですわ」
「え……」
「皆さんが揃った時にそうお伝えしたはず。……食い入るようにシャーロット様をご覧になっていたから話を聞いてくださっているのかと思ったのだけれど、違ったのね」
令嬢の顔がさあと青ざめる。おそらく、彼女は恋敵であるシャーロットの存在に意識を集中しすぎて、夫人の話をろくに聞いてなかったのだろう。
オルコット伯爵夫人は社交界で影響力を持つ。そんな彼女の不興を買ってしまったのではないかと令嬢は怯えを見せた。
「まあ、あなたも王都に来たばかりで疲れていたのでしょう。……ほら、顔色がずいぶんと悪いもの。温かいお茶でも飲んで休まれたほうがいいわ」
「そ、そういたします……。グレイス様、申し訳ございませんでした」
令嬢はシャーロットの返事も待たずに足早に立ち去った。
「事前に警告はしたから大丈夫だと思ったのだけれど……不快な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
「い、いえ! オルコット伯爵夫人のおかげで、今日はとても快適に過ごせております」
夫人がシャーロットを友人だと紹介してくれたおかげで、いつもならシャーロットの一挙手一投足を監視し攻撃する隙を見逃さない令嬢たちが、普通に接してくれている。先ほどの令嬢とトラブルはあったが、あれはかわいいものだ。
「ふふ。やっと皆さんにあなたを友人だと紹介できて嬉しいわ。それに……さっきの対応、とても凛々しかったわ」
「……少し、強く言い過ぎたかもしれません」
レオナルドの決断を尊重してほしいと主張したことを後悔はしていないが、もっと角の立たない言い方をするべきだったのではないか。
彼女は子爵家で生粋の貴族だ。そんな彼女に成り上がりの男爵令嬢の自分が反論したことに、長年の境遇により培われた劣等感が後ろめたさを訴える。
「あれぐらいでいいのよ。彼女のほうが家格は上だけれど、正式に結ばれた子爵家との婚約にケチを付けられたのだから。……環境のせいなのでしょうけれど、シャーロット様は控えめすぎるわ。あなたも貴族令嬢として、もっと胸を張るべきよ。時には自己を主張することも大事なんだから」
「そう、ですね。……そうですよね」
オルコット伯爵夫人の優しくまっすぐな言葉は、シャーロットの罪悪感をかきけし、臆病な心を勇気づけてくれた。
応援ありがとうございます!
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