ハバナクラブ・モヒートは、あの日のまま

Nuit et Verre

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第1章 ミントの香りがした

第4話 一杯のモヒートがよみがえらせたもの

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ミントが喉をすべり落ちるとき、胸の奥に小さな波紋が広がるようだった。
 炭酸の泡が余韻を残し、ふいに思い出す――
 あの夏、彼が初めて私の前でカクテルを作った日のことを。

 あのときも、夕暮れだった。
 校舎裏のベンチ。誰もいない場所で、律希が紙袋から取り出したのは、自作の“モヒート風”ドリンクだった。
 「市販の炭酸水とライムジュースと、ミント。ちょっと練習してみたんだ」
 笑いながら差し出されたペットボトルに、私は驚いて、それでも嬉しくて受け取った。

 味は少し薄くて、ミントは浮いてしまっていたけれど、私は「おいしい」と言った。

 “ありがとう”も、“好き”も、
 あのときの私は、どちらも言えなかった。

 「思い出した?」
 グラス越しに律希が私を見た。
 その目が、懐かしさと少しの期待を含んでいた。

 「……うん。あのベンチ、まだあるのかな。」

 「あるよ。去年、通ったら、ペンキ塗り直されてた。」
 「へえ……」
 「君が座ってた側だけ、少しだけ低くなってた。今も、ちょっとだけね。」

 小さな笑いが、ふたりのあいだを和らげる。
 でも、そのやわらかさは、過去を覆い隠すには足りなかった。

 「もし、あのとき、ちゃんと話せてたら……」
 私がそう言いかけると、律希は首を振った。

 「その“もし”を持ってるのは、俺も同じ。」

 彼はゆっくりとグラスを洗いながら、続けた。

 「でも今、奏がこのグラスを持ってくれてること。……それで、十分だよ。」

 言葉のひとつひとつが、胸に染み込んでいく。
 氷が溶けたモヒートのように、ほんのり甘く、少しだけ苦く。

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