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第2章 ライムの酸味とあの日のこと
第6話 十七歳の夏と、言えなかった気持ち
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高校三年の夏。
セミの声がけたたましく響く教室で、誰かが扇子をぱたぱたと仰いでいた。
白いカーテンが揺れる窓際の席に、瀬川律希はいた。
真面目でも不良でもない、でもなぜか目を引く存在。
――私は、あの頃から彼のことがずっと気になっていた。
部活でも委員会でも同じだったわけじゃない。
ただ、文化祭の準備で偶然ペアになったとき、彼が言ったひと言に心を持っていかれた。
「人に喜んでもらえるものを、ちゃんと丁寧にやりたい。」
それだけだった。
でも、その“丁寧に”という言葉に、私は深く頷いたのを覚えている。
それからだった。
私は無意識に彼を目で追うようになったし、
お弁当を一緒に食べるような仲にはならなくても、時々すれ違えば、お互いに会釈をするようになった。
秋が来て、冬が過ぎ、進路の話題が教室を覆い始めた頃。
律希が「調理の専門に行く」と言ったのを、私はなぜか誰よりも先に知っていた。
「料理、好きなんだ?」と聞いたとき、彼はちょっとだけ照れて笑った。
「作ったものを“おいしい”って言ってもらえるの、すごく嬉しくて。」
ああ、この人はきっと、何かを“伝える”ことに真剣なんだ、と思った。
なのに私は、肝心なときに、なにも伝えられなかった。
卒業式のあと、クラスのほとんどがもう帰ってしまった教室で、
彼とふたりきりになったとき。
チャンスは、そこにあったのに。
「おつかれさま、奏。」
そう言って笑った彼に、私は笑い返すことしかできなかった。
“好きでした”
その一言を飲み込んだまま、私は目を伏せた。
そして彼は、気づかないふりをして、ゆっくりと教室を出ていった。
――十七歳の夏。
あのときの自分を、私はずっと責めていた。
セミの声がけたたましく響く教室で、誰かが扇子をぱたぱたと仰いでいた。
白いカーテンが揺れる窓際の席に、瀬川律希はいた。
真面目でも不良でもない、でもなぜか目を引く存在。
――私は、あの頃から彼のことがずっと気になっていた。
部活でも委員会でも同じだったわけじゃない。
ただ、文化祭の準備で偶然ペアになったとき、彼が言ったひと言に心を持っていかれた。
「人に喜んでもらえるものを、ちゃんと丁寧にやりたい。」
それだけだった。
でも、その“丁寧に”という言葉に、私は深く頷いたのを覚えている。
それからだった。
私は無意識に彼を目で追うようになったし、
お弁当を一緒に食べるような仲にはならなくても、時々すれ違えば、お互いに会釈をするようになった。
秋が来て、冬が過ぎ、進路の話題が教室を覆い始めた頃。
律希が「調理の専門に行く」と言ったのを、私はなぜか誰よりも先に知っていた。
「料理、好きなんだ?」と聞いたとき、彼はちょっとだけ照れて笑った。
「作ったものを“おいしい”って言ってもらえるの、すごく嬉しくて。」
ああ、この人はきっと、何かを“伝える”ことに真剣なんだ、と思った。
なのに私は、肝心なときに、なにも伝えられなかった。
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チャンスは、そこにあったのに。
「おつかれさま、奏。」
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“好きでした”
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――十七歳の夏。
あのときの自分を、私はずっと責めていた。
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