ハバナクラブ・モヒートは、あの日のまま

Nuit et Verre

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第3章 まだ、間に合うなら

第14話 彼の指先と、今夜のグラス

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律希の指先は、いつもと変わらず丁寧だった。
 グラスを拭く動作も、ミントを選ぶ手つきも、まるでガラス細工を扱うように慎重で、優しくて――

 私はその手を見つめながら、あのときと同じ質問を頭の中で繰り返していた。

 「どうして、あんなに一生懸命だったんだろう。
 どうして、あの一杯を、私にだけ作ってくれたんだろう。」

 でももう、その答えは知っている。

 あの頃、私たちはまだ子どもで、気持ちを渡す方法をよく知らなかった。
 だから律希は、言葉の代わりにグラスを差し出した。
 私はそれを、少しこわがって、受け取りきれなかった。

 ――でも、今は違う。

 「律希。」

 名前を呼ぶと、彼がそっと目を上げた。

 「……何?」

 「律希のカクテルって、すごく静かだね。」

 彼は目を瞬かせてから、ふっと笑った。

 「静か?」

 「うん。派手じゃないのに、ちゃんと心に残る。
 なんていうか、感情の温度が伝わってくる感じ。」

 照れくさそうに笑う律希を見て、私は思った。
 この指先は、私の知らない場所で、何百杯ものグラスに想いを込めてきたんだ、と。

 「ねえ、奏。」

 今度は、彼の方から呼ばれた。

 「ん?」

 「さっき“また会えるかな”って聞いてたでしょ。」

 「うん。」

 「俺、そのためにモヒート作ってるのかもって、思った。」

 「……どういう意味?」

 「誰かに“また飲みたい”って思ってもらえるような味を、ずっと作りたかった。
 それって、君に“また会いたい”って思ってもらえるような自分でいたかったってことなんだと思う。」

 ミントの葉が氷の上で跳ねる音がした。

 今夜のグラスの中には、彼の過去と今が溶けていた。
 そしてその味は、私の心にも、確かに染みていた。

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