ハバナクラブ・モヒートは、あの日のまま

Nuit et Verre

文字の大きさ
14 / 20
第3章 まだ、間に合うなら

第14話 彼の指先と、今夜のグラス

しおりを挟む
律希の指先は、いつもと変わらず丁寧だった。
 グラスを拭く動作も、ミントを選ぶ手つきも、まるでガラス細工を扱うように慎重で、優しくて――

 私はその手を見つめながら、あのときと同じ質問を頭の中で繰り返していた。

 「どうして、あんなに一生懸命だったんだろう。
 どうして、あの一杯を、私にだけ作ってくれたんだろう。」

 でももう、その答えは知っている。

 あの頃、私たちはまだ子どもで、気持ちを渡す方法をよく知らなかった。
 だから律希は、言葉の代わりにグラスを差し出した。
 私はそれを、少しこわがって、受け取りきれなかった。

 ――でも、今は違う。

 「律希。」

 名前を呼ぶと、彼がそっと目を上げた。

 「……何?」

 「律希のカクテルって、すごく静かだね。」

 彼は目を瞬かせてから、ふっと笑った。

 「静か?」

 「うん。派手じゃないのに、ちゃんと心に残る。
 なんていうか、感情の温度が伝わってくる感じ。」

 照れくさそうに笑う律希を見て、私は思った。
 この指先は、私の知らない場所で、何百杯ものグラスに想いを込めてきたんだ、と。

 「ねえ、奏。」

 今度は、彼の方から呼ばれた。

 「ん?」

 「さっき“また会えるかな”って聞いてたでしょ。」

 「うん。」

 「俺、そのためにモヒート作ってるのかもって、思った。」

 「……どういう意味?」

 「誰かに“また飲みたい”って思ってもらえるような味を、ずっと作りたかった。
 それって、君に“また会いたい”って思ってもらえるような自分でいたかったってことなんだと思う。」

 ミントの葉が氷の上で跳ねる音がした。

 今夜のグラスの中には、彼の過去と今が溶けていた。
 そしてその味は、私の心にも、確かに染みていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...