12 / 26
逆光の兄と三度目の夜明け
第十二章 兄が売った時間
しおりを挟む
十一月一日、乾いた木枯らしが山あいの町を渡る朝、照人は兄と旧駅舎の暗室で向かい合っていた。暗室と呼んでも、今は木の香りが満ちる仮設ボックス。真新しい黒布が窓を覆い、赤ランプが琥珀の息を吐く。テーブルの上には、古ぼけた契約書と未開封のフィルム缶が並んでいた。
「暁生兄さん……これ、本当にサインしたの?」
紙面いっぱいに踊る墨の筆跡、〈時刻譲渡契約書〉という見出し、その下にある兄の署名。そして相手方欄には“線路守代理 空”と刻まれている。
兄は肩を落としながらも穏やかに頷いた。「父さんが倒れた直後、学費と医療費をどうしても用意する必要があった。現金は無い。でも線路守が“時間を買う”と言ったんだ」
茅乃は契約書を透かし見る。「譲渡総量は二万六千秒、つまり“二十六時”分の時間……それが幽光線から兄さんへ貸与され、兄さんは代わりに自分の“未来二万六千秒”を担保に出した」
「返済期日は?」照人が息を詰める。
兄は苦く笑う。「今年の十二月二十六日。返せなければ、譲渡した時間を線路守が永久所有する。つまり僕はその分だけ“存在しない時間”になる」
「消えるの?」
「正確には、誰の記憶にも“二万六千秒の空白”が開くはずだ。僕自身は生きているけど、みんなの世界で僕のその瞬間が黒塗りになる」
◆ 時間の値段
照人は父の懐中時計を握りしめた。「兄さんの時間を買い戻せばいい。お金で?」
兄は首を振る。「線路守は金銭じゃなく“写真に写った未来価値”で取引する。フォトフェスの評価点が返済額に換算される」
茅乃が赤ランプの下でカメラを構えた。「現在の返済率は七割。残り三割をどう埋めるかが問題」
兄は未開封のフィルム缶を指差した。「父さんが残した“封印ネガ”だ。開けば真昼の欠片が暴れるかもしれないが、価値は無限大」
照人は決意の息を吸う。「青光の制御技術を応用して価値だけ抽出し、欠片はゼロ化する。成功すれば返済完了だ」
◆ 封印ネガの開封
夜。真空ロッカーから缶を取り出す。封蝋を切った瞬間、青白い霧が弾け室温が二度下がった。未現像フィルムを光に当てず現像タンクへ導き、特殊薬液で処理。乳剤は深い藍色、その上に銀色の数字が0から26まで並び、最後に「兄」の文字――父が撮った兄の時間だった。
◆ 時間を買い戻す露光
ネガをライトテーブルへ。真昼フィルターを重ね、残像ピントで八千秒分の光を抽出。青光が波打ちながら紙面に流れ、線路守の札が〈返済完了〉と示した。兄の時計が震え、秒針は正常に進む。二十六時は兄へ返還された。
◆ 売った時間の跡
翌朝、兄は黒塗りだった幼少期の記憶を取り戻したと言った。照人は朝焼けの中でシャッターを切る。そこに写ったのは、温かな光と満ちた時間だけ。
◆ 線路守からの零時便
夜、白紙の切符が届く。〈次の列車は零時零分、行き先“未来”〉――招待状か挑戦状か。照人は切符を透かす。青光が波打ち白へ戻る。シャッターを押すか押さないか、未来はまだファインダーの外。
兄が売った時間は取り戻した。しかし新たな列車は静かに歯車を刻む。真昼と青光が交わるホームで、次の露光を待っている。
「暁生兄さん……これ、本当にサインしたの?」
紙面いっぱいに踊る墨の筆跡、〈時刻譲渡契約書〉という見出し、その下にある兄の署名。そして相手方欄には“線路守代理 空”と刻まれている。
兄は肩を落としながらも穏やかに頷いた。「父さんが倒れた直後、学費と医療費をどうしても用意する必要があった。現金は無い。でも線路守が“時間を買う”と言ったんだ」
茅乃は契約書を透かし見る。「譲渡総量は二万六千秒、つまり“二十六時”分の時間……それが幽光線から兄さんへ貸与され、兄さんは代わりに自分の“未来二万六千秒”を担保に出した」
「返済期日は?」照人が息を詰める。
兄は苦く笑う。「今年の十二月二十六日。返せなければ、譲渡した時間を線路守が永久所有する。つまり僕はその分だけ“存在しない時間”になる」
「消えるの?」
「正確には、誰の記憶にも“二万六千秒の空白”が開くはずだ。僕自身は生きているけど、みんなの世界で僕のその瞬間が黒塗りになる」
◆ 時間の値段
照人は父の懐中時計を握りしめた。「兄さんの時間を買い戻せばいい。お金で?」
兄は首を振る。「線路守は金銭じゃなく“写真に写った未来価値”で取引する。フォトフェスの評価点が返済額に換算される」
茅乃が赤ランプの下でカメラを構えた。「現在の返済率は七割。残り三割をどう埋めるかが問題」
兄は未開封のフィルム缶を指差した。「父さんが残した“封印ネガ”だ。開けば真昼の欠片が暴れるかもしれないが、価値は無限大」
照人は決意の息を吸う。「青光の制御技術を応用して価値だけ抽出し、欠片はゼロ化する。成功すれば返済完了だ」
◆ 封印ネガの開封
夜。真空ロッカーから缶を取り出す。封蝋を切った瞬間、青白い霧が弾け室温が二度下がった。未現像フィルムを光に当てず現像タンクへ導き、特殊薬液で処理。乳剤は深い藍色、その上に銀色の数字が0から26まで並び、最後に「兄」の文字――父が撮った兄の時間だった。
◆ 時間を買い戻す露光
ネガをライトテーブルへ。真昼フィルターを重ね、残像ピントで八千秒分の光を抽出。青光が波打ちながら紙面に流れ、線路守の札が〈返済完了〉と示した。兄の時計が震え、秒針は正常に進む。二十六時は兄へ返還された。
◆ 売った時間の跡
翌朝、兄は黒塗りだった幼少期の記憶を取り戻したと言った。照人は朝焼けの中でシャッターを切る。そこに写ったのは、温かな光と満ちた時間だけ。
◆ 線路守からの零時便
夜、白紙の切符が届く。〈次の列車は零時零分、行き先“未来”〉――招待状か挑戦状か。照人は切符を透かす。青光が波打ち白へ戻る。シャッターを押すか押さないか、未来はまだファインダーの外。
兄が売った時間は取り戻した。しかし新たな列車は静かに歯車を刻む。真昼と青光が交わるホームで、次の露光を待っている。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語
kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。
率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。
一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。
己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。
が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。
志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。
遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。
その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。
しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。
ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~
藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。
戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。
お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。
仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。
しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。
そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる