『二十六時のアオイヒカリ』

まとめなな

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時間を撮るということ

第十四章 兄の未来

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 年が明け、日永町に静かな雪が降り積もった。旧駅舎の屋根は白く縁取りされ、時間を映す歯車のように回転していた改修用クレーンも今日は動きを止めている。照人は暗室の赤い光を背に、ホームの雪面へ三脚を立てた。被写体は一人の青年――兄、暁生だ。  
 「やっぱりカメラを向けられると緊張するな」  
 兄は笑いながら腕組みを解き、雪を踏んだ。銀粒子が好む柔らかな光が、空一面の雲から均一に降りてくる。真昼でも真夜でもない“無彩の午前”。ここに写すべきは、兄の未来だ。  

◆ 時間修復師への道  

 フォトフェス後、町は正式に「幽光アーカイブ室」を設置し、兄は初代“時間修復技師”として採用された。仕事は廃駅跡に残る写真・フィルム・列車部品の保存と修復、そして訪問者への“時間ガイド”だ。  
 「給料は高くないけど、時間そのものを扱う仕事なんて他に無い」と兄。売った時間を取り戻し、多重露光で選んだ三つの未来が矛盾なく溶け合った結果、笑い皺は以前より柔らかい。  

◆ 未来列車の初運行  

 観光プロジェクト“幽光ライン”は試運転を開始。レトロ客車に青光フィルタ窓を装備、窓越し景色は時間干渉で波打つ。兄はガイドとしてマイクを握り、「この列車は皆さんの思い出が写り込むフィルムです」と紹介。トンネルに入る瞬間、窓がスクリーンへ変わり乗客の幼い日の風景が青光と共に浮かび上がった。  

◆ ワークショップと共鳴マット  

 駅舎暗室のワークショップ「失われた時間の現像」。参加者は思い出の写真を持参し、共鳴マットで像を浮上させる。兄は「ピントは心拍で合わせる」とG―SHOCKを中央に置く。現れた写真には過去の笑顔と今の涙が同時に写り、最後に真昼フィルターを通すと痛みは淡い銀へ変わった。  

◆ 未来からの手紙  

 修復依頼者から届いた厚い封筒。〈妻の時間が戻りました。青光の街に二人で住みます〉と記され、同封の駅スタンプ帳が淡い青を帯びていた。兄は「望まれた変化なら受け止めていい」と呟き、照人はその横顔を撮影。プリントには未来列車のヘッドライトが小さく瞬く。  

◆ 線路守の点検札  

 深夜、時計塔が二十六時を指す。札が舞い降り、〈保守点検 良好〉の朱印。影は現れず、青光も静か。茅乃は「次は私たちが線路守代理ね」と笑う。  

◆ 黎明の欠片に立つ兄  

 雪が止み、空に薄青が差す。照人は振り子レンズをゆっくり回し、兄をフレームへ。  
 「未来はどう見える?」  
 「雪が解けるころ、母さんを列車に乗せたい。父さんの席も用意して」  
 シャッターが落ちる。現像したネガには兄の背後で列車のシルエットと誰かの影――父か未来の兄――が重なっていた。決める必要は無い。フィルムは在り得る全選択肢を抱きとめる。  

 白紙切符がポケットで小さく震える。零時零分行き列車は、いつでも新しい旅客と新しいフレームを待っている。兄の未来は始まったばかり。紙に焼き付けられた青光が静かに波を打ち、祝福のリズムを刻んでいた。了
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