四季彩カタルシス

深水千世

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黒髪のすすめ

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「やっぱり女の子は黒髪が一番だよ」

 私の髪を見ながら、パパが笑っている。櫛を通しながら、ママが「本当ねぇ」と頷く。

「めいちゃんの髪は本当に鴉の濡れ羽色ね」

 カラスノヌレバイロというのがどんなものかわからなかった私は「ふぅん」と言いながらきょとんとしていた。
 ママの髪も染めたことがなく、黒々としていた。いつもそれを綺麗に結い上げていて、とても上品だ。それにとても美人で、小学校の先生は家庭訪問のときに「いやぁ、お母さん綺麗で緊張しちゃいます」と顔を真っ赤にさせていたくらいだ。
 あごの下で切りそろえた私の髪はママに似て真っ黒。そしてパパはいつもその髪を撫でるたびに、さっきみたいに「黒髪が一番」と褒めてくれる。
 けれど、本当かなぁ? 私、知ってるもの。パパが茶色い髪の女の人を好きだって。

 一度だけママが里帰りでいなかったことがある。その初日、パパの帰りを待っていたら電話が鳴った。

「もしもし? ご飯は?」

「今日はママがラップをかけて冷蔵庫の置いていってくれたから、チンして食べたよ」

「そうか、そうか」

 電話の向こうから安堵した声と共に、ガヤガヤと賑やかな音が聞こえていた。

「パパな、仕事で遅くなるんだけど、九時までには帰れるから。ひとりで我慢できるかい?」

 小学校三年生だもの。私は「大丈夫よ」と電話を切った。
 結局、パパが帰ってきたのは十時過ぎだった。

「もう、パパったら嘘つき。九時には帰るって言ったのに」

 電気を消してベッドに入っていた私は、家の前で停まった車の音に起きだして、カーテンの隙間から外をのぞいた。
 家の前には知らない白い車がある。助手席のドアが開いて、パパが降りた。車の中の誰かに声をかけているようだった。
 けれどすぐに運転席から茶色い髪の女の人が飛び出てきて、パパに抱きついた。そして、二人はじゃれあう猫のようにくっつきあい、長いことキスをした。いつもママとする「いってらっしゃい」のキスより、ずっとずっと長くて忙しないやつだった。
 何かを喋ったあと、女の人は車に戻り走り去る。パパはにやにやしながら玄関に向かってきた。いつもママが玄関でキスするときは「いつまでやるんだ」なんて嫌そうな顔をするくせに、あの人とキスをしたからか顔がだらしない。
 慌ててベッドに戻ると、深く毛布をかぶってまぶたをぎゅっと閉じる。やがて玄関で物音がし、私の部屋の扉が静かに開けられたようだった。
 パパは私が寝ていると思って安心したのか、そのまますぐに扉は閉められた。やがて、遠くからお風呂の音が聞こえてくる。それが止むと、誰かと電話で話している声も聞こえた。けれど、いつしか何も聞こえなくなった。
 とても長い時間だった。ただ、無性にどぎまぎしながら毛布にくるまっていた。

 でも、それはもう一年前のことだ。
 あれっきり、あの茶色い髪の女の人は見ない。
 でもパパの嘘つきは直っていない。だって、本当は黒髪よりも茶色い髪のほうが好きなくせに、ママと私の黒髪を褒める。
 でも何故かしら? それを言っちゃだめって気がするの。
 パパは私にこう言った。

「お前はいつまでもこのままでいてくれよ」

 その言葉が何を意味しているのかわからないけれど、パパが望むならしばらくは黒髪でいてあげるわ。
 でも、きっと茶色い髪にしてみたくなる日がくると思うの。どうしてパパが黒髪を好きって言いながら茶色い髪も好きになったのか知りたいと思うから。
 この頃、鏡を見て考えるわ。私に似合うのは黒と茶色、どちらかしらって。今はつやつやした黒髪だけど、この髪も変わることがあるのかな。
 それはパパのため? ママのため? 自分のため? それとも、知らない誰かのため?
 まだわからないけれど、それがわかったとき私はオトナになる気がするの。
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