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序章

閑話 置いてきたもの

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「ねぇおとーさん、いつ頃おうちへ帰れるかな? 宿題やらないと夏休み終わっちゃうよ」

 ある日のハルの言葉に、ドキリと固まる。東京の風景や、自宅の様子がありありと目に浮かぶ。

「ハル、先にお母さん探しに行かないと。一緒じゃないと帰れないだろ?」

「そっかあ。でも夏休み終わるまでに帰れるといいなあ」

 困っちゃったね、というハルの頭にポスンと手を乗せ、ガシガシと髪の毛をかき回す。

 考えてみれば、本当に困ったことになったものだ。ナナミを探しに行くにしても、路銀や移動手段をどうにかしなければならないし、そもそも言葉を覚えないことには、正に話にもならない。一ヵ月や二ヵ月ではどうにもならない気がする。その間に、東京に置いてきたものは、詰んでしまう。

 一家四人が突然行方不明なってしまったのだ。それなりに騒動になっているはずだ。ニュースになったり、ネットで話題になったりしているかも知れない。

 うちはペットを飼っていなかったので、本当に良かったと思う。冷蔵庫の中身や観葉植物の事が少し気にかかる。ハルが夏休みの宿題で育てていた、ヘチマも枯れてしまうだろう。

 迷惑をかけてしまったのは、ナナミの職場である病院と、俺の仕事関係だろうか。いくつかの小説の挿絵さしえと表紙絵、絵本の仕事、あとはスマホゲームのキャラデザインの企画が進んでいたはずだ。いつも仕事を見つけてきてくれる編集部の友人、俺の絵を気に入って依頼してくれた作家の先生、何度も打ち合わせを重ねたゲームのプロデューサー。

 時間と金銭、両面で損害を与えてしまうことだろう。信用を失うことに、焦燥感も感じるが、謎電波さんは働いてくれないので、謝罪や連絡を入れることもできない。

 ハナの保育園やハルの学校、ナナミの両親や兄弟たち。俺の姉貴と親父、マンションの大家さん。みんなに心配と迷惑をかけていることを思うと、なんとも心苦しい。


 俺たちは全員無事です。良い人に助けられ、なんとか暮らしています。今は、ナナミとは離れてしまっていますが、早いうちに合流したいと思っています。訳あって、すぐには戻れそうもありませんが、きっと四人そろって帰ります。俺たちは大丈夫なので、あまり心配しないで下さい。

 俺は届くはずのないそんな言葉を、心の中でそっと呟つぶいてみた。
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