67 / 166
第三章 ニセ耳とビークニャ
第五話 ハルのヒーロー
しおりを挟む
チョマ族の放牧地から順路へと戻り、なだらかな登り道を辿りはじめて三日目。ラーザの街を出て九日目の午後の事だ。ハルが切り立った崖の中程に、ビークニャの子供がうずくまっているのを見つけた。
「おとーさん、どうしよう」
ハルは声をひそめて、心底困ったという顔をして言った。
あのビークニャの子供を助けたいと思うことが、キャラバンの迷惑になるとわかってしまっているのだ。もちろん自分で助けに行けるはずがない、馬車を止めてもらい、更に誰かの手を煩わせる事になるだろう。かと言って、見なかったことには出来なかったようだ。
俺もどうしようかと唸る事しか出来なかった。俺にも、あんな崖が登れるはずがない。
その時、一番前の馬車から、アンガーがひらりと飛び降りた。腰に鉤爪を下げ、肩にロープの束を担いでいる。
助けてくれるつもりだ!
しばらくして「ほーう! ほほーう!」と掛け声がして、馬車が順番に止まる。
アンガーはすでに崖を登りはじめていた。ネコ科の動物そのままの、しなやかな動きでわずかな足場から跳ぶ。張り出したように生える、頼りない木の枝に手をかけ、勢いを殺さず次の足場へと飛び移る。
足場がなくなると鉤爪を逆手に持ち崖へと突き立て、手の力だけで登って行く。
あと少しだ!
ふと気づくと、キャラバンの全員が馬車から降り、息を飲んで見守っている。
足場がガラガラと崩れ、ヒッっとハルが短く悲鳴をあげ俺の脇腹にしがみつく。ロレンがそっとハルの頭に手を置き、
「アンガーの身の軽さは山猫並みです。ほら、大丈夫ですよ」
と言った。見ると片手で崖に鉤爪を突き立て、空いた手と口とでロープで輪を作っている。斜め上の木の枝めがけて投げる。
掛かった!
ロープを伝い木の枝に足をかけて跳び、ビークニャのいる踊り場へふわりと着地する。
どうやら立ち上げれないらしいビークニャの子供を、アンガーがポンチョを脱いで包み、背中にもう一本のロープで担ぎあげる。
それからは早かった。ロープを伝いトーン、トーン、と壁を蹴りながら降りてくる。着地していつもの無表情のまま歩いて来た。
ハルが待ちきれずに走り寄り、つい、といった風に興奮して日本語で言った。
「アンガー、テレビのヒーローみたいだった!」
アンガーは「ハル、なに? ひーろー?」と、首を傾げた。
俺が「英雄みたいだってさ」と、異世界語に訳すと、首まで赤くして照れていた。
ビークニャの子供はかなり衰弱し怯えていたが、蜂蜜を溶いたぬるま湯を、スプーンで少しずつあげるとやっと飲んでくれて『メェー』と鳴いた。
後ろ足を脱臼していたのを、ハザンが嵌めてくれた。
ハルが心配そうに付き添っていると、ロレンが来て、
「その子が元気になるまで、ハルが面倒見てくれますか?」と言った。
「いっしょに行く、良いの?」とハルが聞くと、
「チョマ族のビークニャだとしても、今から戻るのは無理ですし『拾った命はもらった命』です。野生のビークニャかも知れませんしね」
『拾った命はもらった命』というのは、この世界の格言のようなもので『命を助けてもらったら、助けた方も助けられた方も、その命は大切にしなければならない』という意味らしい。
アンガーが拾った命は、ふわふわで、とても暖かかった。
「おとーさん、どうしよう」
ハルは声をひそめて、心底困ったという顔をして言った。
あのビークニャの子供を助けたいと思うことが、キャラバンの迷惑になるとわかってしまっているのだ。もちろん自分で助けに行けるはずがない、馬車を止めてもらい、更に誰かの手を煩わせる事になるだろう。かと言って、見なかったことには出来なかったようだ。
俺もどうしようかと唸る事しか出来なかった。俺にも、あんな崖が登れるはずがない。
その時、一番前の馬車から、アンガーがひらりと飛び降りた。腰に鉤爪を下げ、肩にロープの束を担いでいる。
助けてくれるつもりだ!
しばらくして「ほーう! ほほーう!」と掛け声がして、馬車が順番に止まる。
アンガーはすでに崖を登りはじめていた。ネコ科の動物そのままの、しなやかな動きでわずかな足場から跳ぶ。張り出したように生える、頼りない木の枝に手をかけ、勢いを殺さず次の足場へと飛び移る。
足場がなくなると鉤爪を逆手に持ち崖へと突き立て、手の力だけで登って行く。
あと少しだ!
ふと気づくと、キャラバンの全員が馬車から降り、息を飲んで見守っている。
足場がガラガラと崩れ、ヒッっとハルが短く悲鳴をあげ俺の脇腹にしがみつく。ロレンがそっとハルの頭に手を置き、
「アンガーの身の軽さは山猫並みです。ほら、大丈夫ですよ」
と言った。見ると片手で崖に鉤爪を突き立て、空いた手と口とでロープで輪を作っている。斜め上の木の枝めがけて投げる。
掛かった!
ロープを伝い木の枝に足をかけて跳び、ビークニャのいる踊り場へふわりと着地する。
どうやら立ち上げれないらしいビークニャの子供を、アンガーがポンチョを脱いで包み、背中にもう一本のロープで担ぎあげる。
それからは早かった。ロープを伝いトーン、トーン、と壁を蹴りながら降りてくる。着地していつもの無表情のまま歩いて来た。
ハルが待ちきれずに走り寄り、つい、といった風に興奮して日本語で言った。
「アンガー、テレビのヒーローみたいだった!」
アンガーは「ハル、なに? ひーろー?」と、首を傾げた。
俺が「英雄みたいだってさ」と、異世界語に訳すと、首まで赤くして照れていた。
ビークニャの子供はかなり衰弱し怯えていたが、蜂蜜を溶いたぬるま湯を、スプーンで少しずつあげるとやっと飲んでくれて『メェー』と鳴いた。
後ろ足を脱臼していたのを、ハザンが嵌めてくれた。
ハルが心配そうに付き添っていると、ロレンが来て、
「その子が元気になるまで、ハルが面倒見てくれますか?」と言った。
「いっしょに行く、良いの?」とハルが聞くと、
「チョマ族のビークニャだとしても、今から戻るのは無理ですし『拾った命はもらった命』です。野生のビークニャかも知れませんしね」
『拾った命はもらった命』というのは、この世界の格言のようなもので『命を助けてもらったら、助けた方も助けられた方も、その命は大切にしなければならない』という意味らしい。
アンガーが拾った命は、ふわふわで、とても暖かかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
103
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる