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第三章 羽休め

第一話 ハナの異変

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「おーい!シュメリルールが見えてきたぞー!」

 先頭の馬車の御者を務めるガンザが叫んだ。俺とハルは顔を見合わせた。馬車の中の荷袋や箱を乗り越えて、御者席から顔を出す。高台からは、大きな河に沿って広がる、シュメリルールの白い街並みが見えた。

 河はゆるやかに蛇行し、風車がゆったりと、風に回る。一ヶ月前にこの街を旅立った時は、こんなにも郷愁きょうしゅうられて眺める事になるとは思いもしなかった。

「リュート兄ちゃん、元気かな?」

 ハルが、嬉しくて堪らないといった様子で目を細めた。

 馬車は街道から馬車道に入り、倉庫街へと向かう。護衛のみんなは荷物下ろし、俺は最後に馬の世話をして、今回の旅の仕事はおしまいだ。


 馬を商会のうまやへと連れて行き、水をたっぷり飲ませてやる。商会の裏に回りお湯をもらって、硬く絞った布で身体を拭いてやる。ハルはブラシでたてがみや背中の毛に絡みついたゴミを取り、丁寧にブラッシングする。蹄の手入れをして、飼い葉を飼い葉桶に山盛りにする。

 首の後ろをポンポンと叩き「色々世話になったな。お疲れさん」と日本語で言ってみる。馬はプイとそっぽを向いたあと、「しょーがないわね、また面倒見てやるわよ」とでも言うように、頭を少しだけ寄せてきた。

 うむ、少しデレたな!

 ちなみにハルに対しては、ルルルルルと甘えた声を出していた。それ求愛行動だよね? やめて! ハルくんまだ子供だから!


 馬の世話を終えて馬車へと戻ると、ロレンが書類を持って走り回っていたが、俺とハルを見つけるとゆっくりと歩いてきた。

「色々、たくさん、ありがとう。また頼む」と言って、二人で頭を下げた。

「あと、幌、すまん」

 俺が怪我した時に壊してしまった幌は、応急処置でなんとか持たせたが、きちんと修理しないと使い物にならないだろう。あとでリュートか爺さんに修理を依頼しよう。

「こちらこそ、ありがとうございました。今度いつシュメリルールに来ますか? 次の旅の打ち合わせがあるので、店に顔出して下さいね」

 と言うと、また忙しそうに走って行ってしまった。

 自分たちの荷物を持ち、他のメンバーにも挨拶する。みんなは一週間くらいはフリーとなるらしい。その後の事は、またロレンと相談して決めるそうだ。

 三日後くらいにまたシュメリルールへ来る約束をして、リュートの工房の場所を教えておく。お互いにいい風が吹くようにと言い合って、クーを連れて別れた。


 さて、まっすぐリュートの工房に向かおう!



 リュートの工房のドアを開け、声をかける。大きな革製のエプロンをしたリュートが、飛び出して来てハルと抱き合う。

「リュー兄! ただいま!」

「ハル! 心配した! 無事で良かった!」

 そう言ったリュートの視線が俺の方に向き、固まる。ああ、俺の頰の傷を見てんのか。今は傷口に当てていた布を外してある。

「ヒロト! 無事じゃない! だから俺が一緒に行くって言ったのに!」

 リュート、ムンクの叫びみたいな顔になってるぞ。

「大した事ねぇよ。もう治ったし」あとは傷口が完全に乾いたら抜糸して良いと、ロレンに言われている。

 リュートは工房のドアに臨時休業の張り紙をして、自宅に馬を取りに行く。嫁さんに置き手紙を書き、取るものも取り敢えずと行った様子でシュメリルールを出る。

 なんかやけに急いでないか?


 貸し馬屋で小さな荷馬車と馬を借り、クーを乗せる。俺は荷馬車の方に乗り、リュートとハルが二人乗りだ。

 ハルは終始ご機嫌で、旅の思い出ばなしを興奮こうふんした様子で話している。そして話し疲れてリュートにもたれて寝てしまった。

 俺はクーに耳をしゃぶられながら、

「リュート、なにかあったのか?」と聞いた。悪い想像が頭をかすめる。

 リュートはウインクをして『大岩に着いてからのお楽しみ』と言った。

 その様子なら悪い話しじゃなさそうだな。俺はそれ以上聞くのも、なんとなく怖くて黙っていると、

「ナナミさんの手がかり、あったか?」と聞いて来た。

 俺が首を振ると、そうか、とだけ言った。



 やがて大岩が見えて来る。リュートが中から開けてくれると、白い毛玉が一目散にけて来る。


 俺の腕に飛び込んで来たのは、雪豹ユキヒョウらしき動物の赤ちゃんだった。ミュウミュウと鳴いて俺の胸に顔をこすりつける様子は、たいそう可愛らしい。地球の雪豹に比べると小さく、子猫より少し大きめくらいだ。

 遅れて爺さんとさゆりさんが走って来る。ハルがさゆりさんに飛びついて、ただいまと言った。さゆりさんは、あらあらと少し涙ぐんで、おかえりなさいと言った。

 俺がただいまと言うと、頰の傷を見て小さく息を呑む。

 さゆりさんが「その傷どーしたの?」と聞くのと、俺が「このユキヒョウの子は、もしかして」と言ったのが、ほぼ同時だった。

 なんか予想のずいぶん斜め上の出来事が、起きている気がする。ちょっと落ち着こう、と俺は深呼吸をした。
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