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第五章 耳なしとバレリーナ

第四話 宵の明星

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 砂丘のヘリに腰かけて、宵の明星ルルリアーナを眺める。またたくことのないオレンジ色のこの星が、俺はとても好きだ。揺るがない強さを持っているようで、憧れすらいだく。

 星の瞬きは確か、惑星と恒星の違いだったか?

 墨を流したようにゆっくりと寄せてくる夜の色は、よこしまな俺の耳を隠してくれるだろうか。


 ▽△▽


「それじゃあヒロトは、耳なしがした事で、罪悪感にられて落ち込んでいるのですか? 同族かも知れないってだけで? はるか昔の話なのに?」

 ロレンが畳みかけるように言った。

 倒置法二回も使いやがった。そうだよ! 俺の思考回路しこうかいろは典型的な日本人なんだよ!

「何も言わずにいなくなるから、どうしたのかと思ったら、難儀なんぎな人ですねぇ」

 ロレンがぷぷぷ、とからかうように笑う。

「まあでも、そんなヒロトを私は気に入っていますよ」



「俺にはさっぱりヒロトの考えてる事がわからねぇ」

 いつの間にいたのか、後ろからハザンの声がした。

「お前がやった事じゃねぇんだろ? それともやる気か?」

 言いながら空いている方のとなりに腰を下ろす。

 やらねぇよ。今の俺はな。でも、この世界に来ていなかったら、たぶん思ったに違いない。

『なんて面白そうなんだ! 是非とも週末、家族で遊びに来よう!』ってな。

 耳なしそのものじゃねぇか。

「今ここに居るヒロト以外に、他にもヒロトがいるのか?」

 いねぇよ! あーあ、コイツ本気で不思議がってる。俺もおまえみたいに生きたいよ。

「私もハザンに同意しますよ。ヒロトは過去の耳なしではない。今のあなたは私たちを襲わない。それで良いでしょう?」

「ばかやろう! ヒロトなんか返り討ちだ!」

 ハザン、俺いま弱ってるからさ。少しさ、当たりをソフトにさ。ね?


「ヒロトが間違ったら、俺が倒す。だからヒロトは悪い耳なしにはならない」

 振り向くと、アンガーもハルも、クルミちゃんまでいた。

 えっ? アンガー、いま倒すって言った? 止める、だとカッコイイんだけど。俺の訳し方間違ってる?

「おとーさん、ぼくも悪い耳なしにはならないよ。だってぼくはみんなが大好きだもん」

 うん、ハルはきっと大丈夫だ。そしてまともな慰め方だ。

「おじさま、悪い耳なしが来たら、追い返しちゃいましょう。英雄の黒猫さんみたいに、一緒に耳なしの船を壊しに行きましょう!」

 クルミちゃんが宵の明星を指差すようにして言った。ああ、そういえば、クルミちゃんは十二歳。そろそろ黒い歴史を刻む年頃だ。

 だんだん真面目に悩んでる自分がおかしいような気持ちになる。俺は助けを求めるようにロレンを見た。

 ロレンは全てを受け入れたような、観世音菩薩かんぜおんぼさつのような顔で笑っていた。


「だからヒロト」

 アンガーが大真面目な顔をして言った。

「腹減ったから、ごはん作って」



 アンガーはどこまでもアンガーだった。

 クルミちゃんが隣で、大きく同意の頷きを繰り返している。俺もなんだか、腹が減るより大変な事は、何もなかったような気持ちになった。

 そして、たぶんそれはあながち、間違いじゃない。

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