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第1章

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琉斗の母の家系は、もう母の兄である惺真以外、親族はいないようだ。

兄の方は母に似ているかと言われると彼は雰囲気が似ているが、容姿は似てはいないと思う。

父の方は、兄弟やらが色々いるようだが、琉斗は会ったことは一度もない。なにせ、反対に反対されるのを強引に駆け落ちしてまで結婚したことで、孫の琉斗が生まれたからと挨拶に行って和解できるほど、簡単なものではなかったようだ。

それこそ、琉斗は両親に祖父母がいる友達が羨ましいと思って聞いたことがあった。父の方の祖父ならいるとわかって、目を輝かせたことがあった。


「おじいちゃん、どんなひと?」
「おじいちゃん」
「?」


父は、しばらく“おじいちゃん”という単語を口にしながら、何とも言えない顔をしていた。


「あー、物凄く怖い人だよ」
「え? こわいの?」
「物凄くね」
「……」


怖いと聞いて、琉斗は眉を顰めずにはいられなかった。思っていた答えと違っていたのもあった。


「あなた。琉斗が怖がるわ」
「それって、ママより?」
「は?」
「っ、」
「こらこら、琉斗が怖がってるよ」
「だって、琉斗が比べるようなこと言うから」


地を這うような母の声に琉斗は、身をすくめるより先に父に抱きついていた。あれは、中々に怖かった。失言とは、あぁ言うことを言うのだろう。

怖い=母親のイメージが琉斗の中に強かったのかというとそんなことはない。家の中で怖いのが、父ではなくて母だったことは間違いないが。

そう、あの時はたまたまだ。たまたま母が目についたのがいけなかったのだ。


「でも、おじいちゃんか。そうよね。琉斗からしたら、おじいちゃんだものね」
「?」


両親は、“おじいちゃん”と言う単語が面白くて仕方がなかったのか。笑っていたが、琉斗はなぜ両親が笑っているのかがさっぱりわからなかった。


(なんで、そこでわらうんだろ?)


「あー、琉斗。もし、おじいちゃんに会ったら、そう呼んでいいかを聞いてからにした方がいいよ」
「??」
「駄目だって言われたら、どう呼んだらいいかを聞いてあげてくれるかな? 呼ばれたい名前があると思うから」
「わかった。きいてからにする」


父の言葉に琉斗は、そう言ったのを覚えていた。

それがあったからなのか。琉斗は、母の兄になんて呼んだらいいかと本人に聞いた。そう、まず最初に自己紹介から自然にそんなことを聞いていた。

なのに聞かれた方は間抜けな顔をしていた。が、琉斗はその間抜けな顔をちゃんと見てはいなかった。


「え?」
「ママのお兄さんだから、伯父さん?」
「伯父。えっと、惺真でいいよ」
「じゃあ、惺真さんて呼ぶね」


流石に母の兄を呼び捨てにはできないとそう呼ぶことにした。

不思議なことに数ヶ月前の両親の葬儀の時に初めて会ったはずなのだが、琉斗は惺真のことを前々からよく知っているかのような感覚が強かった。いや、強いと思ってしまったのは錯覚だったかも知れない。両親の葬儀の時に訪れた親族は、惺真だけだったのだ。

だから、惺真のことを前々から知っているかのように思ってしまったのかも知れない。それで、父の親族が誰一人として来ないことがショックすぎて、そう思い込んで寂しさと悲しさを紛らわせたかったのかも知れない。

2人が事故にあって亡くなってしまったからだ。まだ、亡くなったという実感が、琉斗にはあまりないのは数ヶ月しか経っていないからかも知れない。


(なんか、変なことばっかりだ。しっかりしなきゃいけないのに)


琉斗は、昔のことを振り払うように頭を振って、今日も元気いっぱいに青いランドセルを持って玄関に向かった。


「行ってらっしゃい。車に気をつけるんだよ?」
「うん」


惺真に見送られて、琉斗は笑顔で玄関を出た。同じようなことを父が言っていたのを思い出して、何とも言えない顔をしかけたが、何でもない顔をした。

その時間は、前のように計算されたものではなかった。いや、逆に計算されていたのかも知れない。有紗と鉢合わせすることのない時間を無意識に琉斗は選んでいたのだから。

ここでの琉斗は、有紗とは話すこともなかった。お互いがクラスメイトだと認識していても、仲良く前のように話すことはしなかったのだ。

有紗の方も、彼女の母親も、琉斗のことを綺麗さっぱり忘れていた。クラスメイトも、ご近所の人たちも、有紗が暴走した悲劇などなかったことになっていた。

そして、異形の者と戦っていた琉斗の両親のことも、誰もおかしなことに出くわした記憶もなくなって、実に平和だった。


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