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第1章
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しおりを挟む両親を事故で亡くした琉斗は、早生まれで10歳となっていた。
(こんな風に両親がいなくなるなんて思わなかったな)
そう、酷い事故にあって琉斗の両親は、突然亡くなってしまったのだ。何もかもが夢のように思えても覚めることはないことで、琉斗は現実だと受け入れるのも本人も驚くほど早かった。
それもこれも、琉斗が記憶を上書きしたからに過ぎないが、本人はそのことに気づくことはなかった。
あの両親が事故で亡くなるなんて人たちではないことすら綺麗さっぱりと忘れていた。
「琉斗。そろそろ出ないと遅刻するよ」
「わかってる。パパ、ママ。行ってきます」
琉斗と呼ばれた男の子は、幸せそうに笑う両親の写った写真に手をあわせてから、そんなことを言った。その写真を撮ったのは、琉斗だ。いつも、両親のどちらかが琉斗と撮る写真ばかりで、その写真を撮った時、初めて琉斗が撮ったものだ。
息子が撮ると言ったのが嬉しかったのか。とてもいい笑顔の写真になっていた。まさか、それが遺影に用いられることになるとは、撮った琉斗ですら想像もしていなかった。
2人の笑顔の写真に手を合わせてから、出かけることが日課となって、どのくらいになるだろうか。琉斗は、それをきちんと数えてはいない。数えても、両親は戻って来てはくれない。それで何かが変わるなら、どんなに悲しくとも数えるが、琉斗は変わる気が今のところなかった。
(変な気分だな。まだ、ランドセルで登校してるの。何で、こんな風に思うんだろ? それに引っ越して来たばかりのはずなのに。見慣れた感があるんだよね。これって、デジャブってやつなのかな? これも、両親が亡くなったショックってやつかな。どこかしらに懐かしさを求めてしまってるのかな)
琉斗は、そんなことを思って学校に行く景色をぼんやりと見ていた。
両親は駆け落ちしたらしく、琉斗は祖父母という存在に会ったことが一度もなかった。その代わり、両親が亡くなってから母の兄の惺真と暮らしている。
両親がいる時は、祖父母がいる子供が羨ましく思ったこともあったが、今は祖父母うんねんよりも、両親が2人とも揃っている子供が羨ましくて仕方がなくなっている。
もしも、どちらか片方だけ、側にいてくれるとしたら、どちらにいてほしいかと聞かれたら、琉斗は今のままでいいと答えるだろう。
だって、どちらか琉斗の側にいるということは、両親が一緒にはいられなくなるということになるのだ。あんなに仲睦まじくしていた2人を離れ離れにさせて、自分の側にいてほしいと琉斗は言うことができなかったのだ。それなら、自分が1人で生きる方がいいと思うくらい、両親は常に一緒にいてほしかった。
そのくらい、2人が一緒なことを琉斗は喜んでいた。どちらかが生きていたなら、琉斗は別の意味で耐えられなかっただろう。駆け落ちして、それまでの全てを捨てて一緒にいることを願ったのだ。それを邪魔するようなことは、琉斗にはできなかった。
両親からしたら、息子のためならばと必死になってくれただろうが、琉斗の望みは両親がいつまでも幸せに一緒に居続けてくれることだった。
死んでもなお2人が一緒でいないことが、琉斗は我慢ならなかった。そのため、事故死したと聞いてショックだったが、2人が一緒に亡くなったことを聞いて、おかしな話だがホッとしてしまったのだ。
それに亡くなった両親は、事故死したこともあり損傷が激しかったが、2人とも笑っていたのだ。これから、死ぬとわかっても、あんなふうに笑えるものではないはずだ。
きっと、2人が一緒で居続けられることを喜んでいたのだと琉斗は思っていた。
いや、そう思いたかっただけかも知れない。
(なんか、目が変なんだよね。ものもらいかな? 痒くも痛くもないけど。また、おかしくなって学校休むの嫌だな。……ん? またって、なんだ??)
そんなことを思って首を傾げていたが、そのことを惺真に相談したことはなかった。ただですら、両親が亡くなってから世話になりっぱなしなのだ。独身の伯父が、妹の忘れ形見を育てているというだけで近寄って来る女性も多い。
もとより顔の作りが良いのもあって、モテないはずがないのだが、琉斗の存在でマイナスにはならなかったようだ。
近所に住んでいる独身の女性が惺真を狙っているのを琉斗ですら気づいているくらいあからさまなことをしていた。そういう手合いに琉斗に気づかないふりをしてとぼけているが、相手には通じていないようだ。
いい人なら琉斗も、惺真に引き合わせるところだが腹の中が最悪なのだ。
(子供嫌いなくせに僕をダシにして惺真さんにいい格好しようとするのも、どうなんだろ。わかりやすい人たちばっかりだし、自分のことばっかりなんだよな)
琉斗は、なぜか相手を見てどういう人かが見えてしまっていた。本心から琉斗を気遣っているのかが見えてしまうのだ。いつからなのかはわからないが、それが当たり前のようになりかけていることに琉斗は気づいていない。
普通ではないことが、起こっていることに気づくことなく、琉斗はそれが当たり前のようになっていた。少しづつ自分の日常の中に溶け込み始めていることに何の疑問も持つことはなかった。
それに気づいていたのは惺真だけだったが、彼も琉斗の変化を全て把握しきれているわけではなかったようだ。
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