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第1章

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「お母様」
「有紗。大丈夫よ。大丈夫」
「あなたたち、追われていたのね」
「はい。この子は、出来損ないにしかなり得ないからと贄にしろと言われて、差し出すように言われていたのですが、そんなこと絶対にしたくなくて。ここに逃げて来ていたんです」


(贄……? 贄って、なんだ?)


それを聞いただけで、ざわざわした感覚がさらに酷くなった。


「わかるわ。親だもの」
「理世様」
「私も、私たちも、琉斗のためなら、どんなことでもするわ。……この子は出来損ないだの。半端者だの言われて、あいつらの餌にしろなんて言われたら、暴れ回ってもまだ足りないわ」
「餌扱いなんて、許せないどころじゃないよ。何を喰らっても、あいつらが満足いくものになんてなれやしないのに。あんなものを飼いならそうとする方が、どうかしているんだ」


母の言葉に父も、見たことないほど怒り狂っていて驚いていた。

琉斗は、そんな両親を見て胸騒ぎがしてならなかった。


「ママ、パパ……?」
「琉斗。あなた、この世界は好き?」
「え? あ、うん。好きだよ」


(両親もいるし、有紗ちゃんたちもいるから)


そこで両親と琉斗とでは、好きの度合いが違っていたが、それは言葉にしなかったからわからなかった。


「僕たちもだよ。だから、ここで、普通に暮らしてみたかったんだ」
「……」


言いしれぬ不安が琉斗を飲み込もうとしていた。


「何で、過去形なの? 僕が戻すよ。だから、それで、元通りになるんだよね?」
「一度見つかったら、しつこいのよ」
「?」
「上手く隠さなきゃ、追われ続ける。奴らは、いつも腹を空かせているから、ここに食べれるものがあるとわかってしまった今、次から次へとやって来る」
「ごめんなさい。ごめんなさい」


有紗が謝罪し続けて母親に泣きついているのを見て、琉斗はわかってしまった。


「なら、僕が蹴散らす」
「駄目よ。あなたも、見つかってしまう」
「僕も、追われるってこと?」
「出来損ないだと思われたら、末路は決まってる。あいつらには、ご馳走にしか見えないのよ。自分たちをまともにしてくれる。栄養みたいなものかしらね。何を食べてもまともになんてなれやしないのに」
「っ、」
「だが、お前は、どうにも出来損ないではないことがバレることになりそうだから、隠さないと」
「意味がわからないよ」


両親は、有紗たち親子を追って来た異形を蹴散らし、そして琉斗たちのことを隠すためにその命を賭した。

有紗たち親子はひたすら、琉斗に謝っていたが呆然自失なまま、2人の記憶も消えていた。


(上手くやり直さないと)


「ごめんなさい。ごめんなさい」
「有紗ちゃんのせいじゃないよ。僕は上手くできなかったんだ。謝らなきゃならないのは、僕の方だよ」
「私のせいで」
「違うよ。これは、全部、僕のせいだ」
「そんなことないですよ! あなた様のせいだなんて、とんでもない。とんでもないことです」


有紗も、その母親も、必死になって琉斗に言ってくれていた。


(この2人は、僕が何者かを知っているんだ。なら、なおさら上手く隠さなきゃ)


琉斗は、ガラスが割れる前に戻す以上にやり直すことにした。

きっと、両親もそこまで息子ができることを知らなかったのではないかと思う。

琉斗も、そこまでのことができるとは思ってはいなかったが、なぜか、やり直さなくてはならない気がしたのだ。今までで一番上手く隠して、二度と誰にもこの親子と自分が見つからないようにしなくては。


「琉斗くん」
「僕は、君と友達になれて嬉しかったんだ。本当の意味で、友達と言えるのは、君だけだったから」


(だから、近くにいすぎてしまったんだ。僕のせいだ)


だが、やり直したこと自体に力を使い切ってしまったのと自分ですら解けないようにしたかったことで琉斗が代償にしたのは、両親との思い出ではなかった。

琉斗が大事だと思っていたのは、両親のことより有紗たち親子との記憶だったのだ。その記憶を代償にして琉斗は、このことを思い出すことは二度となかった。

そのため、両親が事故死してから引っ越して生活を始めたという記憶は、完璧に上書きされることになった。

そう、これまでのことが、琉斗たちの中からすっかりなかったことにされている記憶だった。

それこそ、琉斗は小学生の高学年をやり直し続けていたことすら綺麗さっぱりと忘れていた。


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