1 / 12
1
しおりを挟む伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチには不満なことがあった。何に不満があるかというとケイトリンには、兄と妹がいるのだが、同じ扱われ方を母にされたことがないことだ。ただの一度も、他の兄妹と同じように扱われたことはない。
兄のカーティスと末の妹のアリッサは何をしても怒られない。おもちゃ箱をひっくり返しても、それを片付けさせられたことはない。本棚から本を引っ張り出して遊んでも、破いても何も言われない。
それらを片付けるのは、使用人の役目とされていた。兄とケイトリンの時になるとこれが、変わることになる。
ケイトリンが片付けさせられるのだ。兄がやったのも、ケイトリンがやっていないことでも、ケイトリンが片付けさせられるのだ。そして、真ん中となったケイトリンが同じようなことをすると……。
「何をしているの!」
「っ、」
なぜか、母に激怒されるまでになっていた。妹の悪い手本のごとく叱るのだ。
ケイトリンだけが、一際、厳しく躾られているというのではない。理不尽な扱われ方をしていることが、ケイトリンは不満だった。躾ではない。気に入らないから、虐めているだけなのだ。
母いわく、兄は伯爵家を継ぐために勉強を頑張っているからよくて、妹は自分に似ていて可愛いから嫁ぎ先に困るはずがない。
でも、ケイトリンは自分に欠片も似ていない。可愛さの欠片もないから、厳しくしなければ嫁の貰い手がないかのように言うのだ。
だから、ケイトリンがいつも怒鳴られてばかりいるのも、ケイトリンが悪いからと言いたいようだ。そんな理不尽なことを言う母にケイトリンは、腹が立って仕方がなかった。
「全く、何をさせても駄目ね」
「……」
男でなかったから。
母に似た気量ではなかったから。
ただ、母の基準とするものにケイトリンが足りなかったというだけで、ケイトリンは何をしても、しなくとも母に叱られるのだ。
そんな伯爵家で過ごしているせいで、兄と妹にケイトリンは蔑ろにされることになった。母が悪い手本となってしまっているせいだ。
そもそも、この2人はケイトリンになら何してもいい。そして、ケイトリンのせいにすれば、自分たちが怒られることはない。それを知ってしまったせいで、ケイトリンはしてもいないことで、母に叱られることになった。
「また、お前なのね!」
「っ、」
アリッサは、嫌なことがあるとケイトリンのせいにして、母に叱られるのを見てニヤニヤすることも増えた。その顔は、確かに母親に似た顔だと思った。そんな人には似なくてよかったと思うばかりだ。
伯爵家で罰を受けるのは、いつもケイトリンだけ。何もしていないケイトリンが、悪いことにされるのだ。
父は仕事にかかりっきりで、家のことを全て母に任せっきりにしていた。だから、子供のことを気にかけることもしてくれる人ではなかった。そもそも、子供に興味があるようには見えない人だった。
つまり、彼は伯爵であって、父親らしいことをケイトリンたちに何一つしてくれたことのない人だった。そこは、贔屓される子供がいないから、平等としか言えないが、それはそれで何か間違えている。
ケイトリンにとっては、母も伯爵夫人であって母親らしいことなどしてくれたことのない人だ。子供を区別して、差別して、ケイトリンなんて利用価値のまるでない娘だと思って、全てに見切りをつけているのだ。
そう、自分に似た容姿ではないというだけで、何をしても無駄のように思われていた。
そんな家で育ったケイトリン。不満を持つようになってから、ケイトリンは母の世界から逃れて生きるために頑張ることにした。何を頑張ったかといえば、兄より勉強を頑張った。でも、家庭教師を兄のようにつけてもらえず、独学で頑張るしかなかった。
すると兄の家庭教師が、こっそりとケイトリンに勉強を教えてくれるようになった。何気にカーティスよりも勉強熱心で教え甲斐があったのもあり、ケイトリンに教える方が家庭教師たちは密かな楽しみになっていた。
「ケイトリン様は、本当に教えがいがある」
「ありがとうございます」
「それに比べて……。いや、あちらの話はしても仕方がありませんな。今日は、新しい本を持ってきました」
そう言って、本を貸してくれたりもした。でも、それを部屋に置いておくと酷いことに切り刻まれたことがあって、ケイトリンが持ち歩いていても大変だからと使用人たちが上手に隠してくれて、ケイトリンが寝る前に読むのが日課になった。
「ゆっくり読んでほしいところですが」
「先生の貸してくださる本は、どれも面白くて好きです」
母や兄妹にバレないようにするのに早く読むしかないため、一度で覚えることもできるようになった。
そして、それをメモするのも咎められるため、バレないように見聞きして覚えるうち、ケイトリンの記憶力は物凄くよくなった。頭の方は、そうやって鍛えた。
妹より、美しさに磨きをかけて、行儀作法から、所作に至るまで、淑女の鏡となるべく徹底的に身体に覚えさせるために頑張った。
これは、使用人がケイトリンが頑張っているのを見ていてくれて、古株のメイドたちが教えてくれた。アリッサの家庭教師は、長続きしないから教えてもらうことは叶わなかった。
みんなケイトリンだけが、伯爵家で夫人に蔑ろにされるのをおかしいと思ってくれていた。カーティスとアリッサがしたことをケイトリンのせいにするのもばっちり見ていた。
でも、それを伯爵夫人に言ってくれたメイドは、辞めさせられることになったことがあり、ケイトリンはそんなことになってほしくないと使用人たちに助け舟を出さないように頼んだ。
「ケイトリン様」
「もう、私のせいで、仕事なくしてほしくないの」
ケイトリンは別に悪くない。悪いのは、自分に似ていないことを妬んで異様なまでに蔑ろにしている伯爵夫人だ。
「ケイトリン様」
「お願い」
「……わかりました」
渋々、そう約束をしてもらった。
実の娘にやりすぎなくらい酷くなっていて、それを見習っているカーティスとアリッサの評判も、外では酷くなっていたが、伯爵夫妻は全く気づいていない。それに兄も妹も、自分たちがしていることで、自分の評価を下げていることがわかっていない。
そんな劣悪な環境に周りが気づいてくれた人たちのおかげで、ケイトリンは素晴らしい令嬢に成長することができた。
そして、色々な目にあっていたからこそ、ケイトリンのことを何かと気にかけてくれる人が多かった。ケイトリンが、会ったことも話したこともなくとも、伯爵家の長女と言うだけで、どんな扱われ方をしているかを知る者が多かった。
そんな扱われ方をしながら、真っ黒に染まることのない光を放つ者のように周りが言っていたようだが、そんなことケイトリンは知りもしなかった。
ただ、自分の置かれている環境をどうにか変えたくてもがいていただけだが、水面に出た途端、たくさんの救いの手が向けられているようだった。
3,008
あなたにおすすめの小説
家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。
水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。
兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。
しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。
それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。
だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。
そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。
自由になったミアは人生を謳歌し始める。
それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
婚約者と家族に裏切られたので小さな反撃をしたら、大変なことになったみたいです
柚木ゆず
恋愛
コストール子爵令嬢マドゥレーヌ。彼女はある日、実父、継母、腹違いの妹、そして婚約者に裏切られ、コストール家を追放されることとなってしまいました。
ですがその際にマドゥレーヌが咄嗟に口にした『ある言葉』によって、マドゥレーヌが去ったあとのコストール家では大変なことが起きるのでした――。
お姉様のお下がりはもう結構です。
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
侯爵令嬢であるシャーロットには、双子の姉がいた。
慎ましやかなシャーロットとは違い、姉のアンジェリカは気に入ったモノは手に入れないと気が済まない強欲な性格の持ち主。気に入った男は家に囲い込み、毎日のように遊び呆けていた。
「王子と婚約したし、飼っていた男たちはもう要らないわ。だからシャーロットに譲ってあげる」
ある日シャーロットは、姉が屋敷で囲っていた四人の男たちを預かることになってしまう。
幼い頃から姉のお下がりをばかり受け取っていたシャーロットも、今回ばかりは怒りをあらわにする。
「お姉様、これはあんまりです!」
「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」
ただでさえ今の侯爵家は経営難で家計は火の車。当主である父は姉を溺愛していて話を聞かず、シャーロットの味方になってくれる人間はいない。
しかも譲られた男たちの中にはシャーロットが一目惚れした人物もいて……。
「お前には従うが、心まで許すつもりはない」
しかしその人物であるリオンは家族を人質に取られ、侯爵家の一員であるシャーロットに激しい嫌悪感を示す。
だが姉とは正反対に真面目な彼女の生き方を見て、リオンの態度は次第に軟化していき……?
表紙:ノーコピーライトガール様より
妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます
新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。
ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。
「私はレイナが好きなんだ!」
それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。
こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!
【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。
凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」
リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。
その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。
当然、注目は私達に向く。
ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた──
「私はシファナと共にありたい。」
「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」
(私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。)
妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。
しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。
そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。
それとは逆に、妹は──
※全11話構成です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる