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4.月蝕の泉と鬼の面

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 僕やメイくんのように、中にプレイヤーがいるアバターだとするなら、どうして毒の泉の中にいるのだろう。新聞社から受けた依頼などで、仕方なく入ることにでもなったのだろうか。でもそれなら、さっさと目的を達成して、さっさと戻ってくればいいのに。

「! ひょっとして……」

 あることに気づいた僕は、鬼面のアバターに向けて意識を集中させる。
 ――見えた。鬼面の背中の辺りに、小さなウインドウが出現する。パーティを組んでいる仲間なら、視界の隅っこで勝手に情報を表示してくれるんだけど、まったく関係のないアバターが相手だと少し勝手が違う。こんなふうに、こっちから「見たい」と強く思わないかぎり、体力の減り具合も状態異常にかかっているのかどうかもわからないのだ。

「真っ赤になってる……!」

 遠くに小さく見える鬼面の体力ゲージは、赤。つまり《瀕死》の状態だ。そして泉の水のせいで《毒》にもなっている。だから身動きできずにいるんだろうか。僕はまだ経験したことはないけど、瀕死のメイくんは何度も見てきた。痛みは感じないにしても、動くのがとても大変そうだった。

「いや、待てよ……」

 僕は別の可能性も考えてみる。動けないのではなく、動かないのでは?
 ヒノモトのデスペナルティ――つまり、死んでしまったときのデメリットはそんなに厳しくない。強制的に拠点に戻されるくらいなので、逆にそれをワープのように利用する猛者もさもいる。
 ひょっとしたら、あの鬼面も死ぬことが目的で毒の泉に入ったんじゃないだろうか。もしそうなら、邪魔をしないほうがいいのかもしれない。

「……あ」

 一応の結論は出たものの、まだなんとなく立ち去れないでいる僕に応えるように、鬼面が小さく身じろぎした。腕の動き方から、胸元の辺りでなにかを持っているようにも見える。ここからでは確認できない、小さななにかに目線を落としてから、鬼面はゆっくりと顔を上げた。
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