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10.火車
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それから数日後にログインしてきたコロの最初の一言は「よっ」だった。それだけかい、と心の中で突っ込んだけど、鬼面の下の表情が少しだけ照れくさそうに見えたので、僕は思わず吹き出してしまった。
ヒノモトにいる間は、だいたいコロとパーティを組んでいた。たまに警察に追われたコロと別行動をとることがあったり、街の中に長時間滞在できないコロの代わりにおつかいにいったりすることもあったけど、基本的にはいつも一緒に狩りをしている。
だから自分のレベルもどんどん上がっていって、それがとあるボスに挑戦するために必要な最低限のレベルに近づいていることにも、僕は気づいていた。
――そうして、ついに。
恐れていたことが、起きる。
「火車討伐、行ってみるか」
ひゅっと、のどの奥から声にならない悲鳴が上がった。
火車。麗春祭のイベント期間限定のボス物怪。レベルの高いプレイヤーのために用意されている強敵なので、初心者には手が出せないシステムになっている。けれど火ノ都の近くで物怪討伐をしていた僕は、たったいま、その挑戦権を得てしまった。
「……ふ、二人だけじゃ無理だよ。だって火車って強いんでしょ?」
「だいじょうぶだって。俺だって強いし」
僕よりもレベルがいくつか高いコロは、平気な顔でそんなことを言う。たしかにコロなら負けないかもしれない。でも僕は、どうしても行きたくなかった。
「……なら、僕がいなくたって平気だよ」
あまりにも冷たい声と、突き放したようなセリフ。そんなものが口から飛び出てきたことに、自分でもびっくりする。じわりと、額に汗がにじんだ。
動揺する僕を鬼面の下からじっと見つめながら、コロが静かに口を開く。
「――車が怖いの?」
「!」
それは僕とお母さんしか知らなかったこと。
今まで誰にも聞かれたことがなかったこと。
「なんで……」
「リアルで会ったときに思った。わざわざ横断歩道じゃなくて歩道橋を使ってたし、車をできるだけ見ないようにしてたし」
コロの観察眼の鋭さに、舌を巻く。そのとおりだったから、否定もできない。
「自分では気づいてなかったかもしれないけど――ハルキ、ずっと震えてたよ」
「だ、だったら……だったらさあ、なおさら! それに気づいてたなら、火車を倒しに行こうなんて言わなくてもよくない!?」
カッとなって、思わず大きな声を上げてしまう。そこまでわかっているなら、どうしてそっとしておいてくれないんだ。なんでそんなこと言い出すんだ。
「僕が火車相手に怯えて、震えて、動けなくなってるところを見たいの? それでコロはうれしいんだ? 楽しいんだ?」
違う、違う。そうじゃない。コロは絶対にそんなこと思わない。
だけど、まるで口だけが別の生き物になったみたいに勝手に動いてしまう。なにかを言い続けていないと立っていられないみたいに。ただただ自分を守るためだけに、僕は言ってはいけないことを言ってしまう。
「サイテーだ! 行きたいんなら、ひとりで行けよ!」
ヒノモトにいる間は、だいたいコロとパーティを組んでいた。たまに警察に追われたコロと別行動をとることがあったり、街の中に長時間滞在できないコロの代わりにおつかいにいったりすることもあったけど、基本的にはいつも一緒に狩りをしている。
だから自分のレベルもどんどん上がっていって、それがとあるボスに挑戦するために必要な最低限のレベルに近づいていることにも、僕は気づいていた。
――そうして、ついに。
恐れていたことが、起きる。
「火車討伐、行ってみるか」
ひゅっと、のどの奥から声にならない悲鳴が上がった。
火車。麗春祭のイベント期間限定のボス物怪。レベルの高いプレイヤーのために用意されている強敵なので、初心者には手が出せないシステムになっている。けれど火ノ都の近くで物怪討伐をしていた僕は、たったいま、その挑戦権を得てしまった。
「……ふ、二人だけじゃ無理だよ。だって火車って強いんでしょ?」
「だいじょうぶだって。俺だって強いし」
僕よりもレベルがいくつか高いコロは、平気な顔でそんなことを言う。たしかにコロなら負けないかもしれない。でも僕は、どうしても行きたくなかった。
「……なら、僕がいなくたって平気だよ」
あまりにも冷たい声と、突き放したようなセリフ。そんなものが口から飛び出てきたことに、自分でもびっくりする。じわりと、額に汗がにじんだ。
動揺する僕を鬼面の下からじっと見つめながら、コロが静かに口を開く。
「――車が怖いの?」
「!」
それは僕とお母さんしか知らなかったこと。
今まで誰にも聞かれたことがなかったこと。
「なんで……」
「リアルで会ったときに思った。わざわざ横断歩道じゃなくて歩道橋を使ってたし、車をできるだけ見ないようにしてたし」
コロの観察眼の鋭さに、舌を巻く。そのとおりだったから、否定もできない。
「自分では気づいてなかったかもしれないけど――ハルキ、ずっと震えてたよ」
「だ、だったら……だったらさあ、なおさら! それに気づいてたなら、火車を倒しに行こうなんて言わなくてもよくない!?」
カッとなって、思わず大きな声を上げてしまう。そこまでわかっているなら、どうしてそっとしておいてくれないんだ。なんでそんなこと言い出すんだ。
「僕が火車相手に怯えて、震えて、動けなくなってるところを見たいの? それでコロはうれしいんだ? 楽しいんだ?」
違う、違う。そうじゃない。コロは絶対にそんなこと思わない。
だけど、まるで口だけが別の生き物になったみたいに勝手に動いてしまう。なにかを言い続けていないと立っていられないみたいに。ただただ自分を守るためだけに、僕は言ってはいけないことを言ってしまう。
「サイテーだ! 行きたいんなら、ひとりで行けよ!」
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