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08 バナナ牛乳と昔の写真
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銅雀警察署にダッシュで出勤すると、夜勤明けの同僚達は机に突っ伏して死屍累々となっていた。ソヨンが途中のコンビニで大量調達してきたバナナ牛乳とサンドイッチを置くと、捜査員達はむくりと起き出して群がってくる。ゾンビのようだ。
いつも溌剌としているミン巡査の顔にも疲れが滲んでいる。
「部長、すみません。非番なのにお呼びだてして」
「いや、構わない。被疑者、8人だって?」
「はい。全員中国人です」
「大所帯だな」
「大所帯すぎて失敗した典型例ですよ」
手渡された捜査資料にざっと目を通す。深夜の宝石店への集団覆面強盗。蜘蛛の子を散らすように逃走したが、メンバーの一人が道に迷っていたところを監視カメラの追跡で逮捕。阿呆としか言いようがない。
「すぐ取り調べできるか?」
「それが、通訳者がまだ来ていなくて。急いで来ていただいたのにすみません」
「韓国語が通じないのか」
「通じないのか通じないフリをしているのか微妙なんですが、パク巡査が脅しても口を割らないので」
捜査課一いかつい顔面で筋肉ダルマのパクを見やると、サンドイッチにかぶりつきながら、お手上げだという表情を返してくる。
「そうか。通訳を待った方が良いな。何人頼んでる?」
「二人しか回せないそうです」
外国人の犯罪が急増していて、捜査員も通訳も全然足りていない。
外事局の同期に中国語が出来る奴がいたなと思い出して支援を求めてみたが、空振りだった。待つしかなさそうだ。
ミン巡査は「いただきます」と敬礼してから、バナナ牛乳を取ると一気に飲み干した。
「あー、生き返る。バナナ牛乳はいつ飲んでも元気の源ですよね」
「なら良かった」
「部長は朝食はお済みですか?」
「ああ、千早の家で鶏粥を食べてきた」
捜査資料を読みながら流れで答えてしまい、はたと止まる。
喋りすぎたかと思ったが、ミン巡査の表情は特に変わっていないように見える。
「部長にご友人が出来て何よりです」
「いや、友人というか」
「友人というか?」
「悪い、何でもない。職場でする話ではなかった。外の空気を吸ってくるから、通訳が来たら電話してくれ」
言い置いて、ソヨンは執務室を出た。裏口から中庭に出て深呼吸をする。空は晴れ渡っていて、今日は少し暑くなりそうだ。足元には、コンクリートの隙間からタンポポが花を開かせている。
アパートの小さな花壇に咲く花や草木を、千早がこまめに世話しているのを知っている。それをとても好ましく思っている。昨夜出してくれた林檎が、うさぎの形に器用にカットされていたことも。
ソヨンは人付き合いが苦手だ。仕事以外のことは何も出来ないし、自分でも面白みのない人間だと分かっている。
俺といても大して楽しくはないだろうに。それでも、千早は何かと気にかけてくれて、食事に誘ってくれる。
千早の側は居心地がいい。ぱっと見は強面で怖そうな風貌なのに、一緒にいると、あたたかくてやわらかいものに包まれている気持ちになる。でもそれは友人というか。
「弟か何かだと思われている気はしないでもない」
部下に相談しかけたセリフを独り言に乗せて、ソヨンはもう一度深呼吸をした。
***
その頃、中途半端に会話を打ち切られたミン巡査は、二つ目のバナナ牛乳を啜りながら、組んだ足をぶらつかせた。
「人生相談してくれるかと思ったのに」
こちらも独り言である。仕事一筋、他人にも自分にも厳しいくせに何処か抜けているところを隠せていない上司のプライベート。というか、たぶん、色恋沙汰。相手は今時珍しいオス味ある男だった。
「何よ、一緒に朝ごはんって。鶏粥って!」
思わず溢して口を押さえた部長の頬には僅かに朱が走っていた。萌えすぎる。
手足をばたつかせて盛り上がってしまいたかったが、根性でポーカーフェースを整えた自分は偉い。
とりあえず、あの貴重な照れ顔のお礼をしておこうとスマホを操作する。
メッセージを送り終えてから、ミン巡査は飲みかけのバナナ牛乳を机においた。傷だらけの事務用デスクカバーの下には、警察学校時代やこれまでの勤務先で撮った集合写真を納めている。どの部署も大変だった。正直、職場で楽しかったことなんて数えるほどしかない。写真の中の自分が、どうしてこんなに笑っているのか不思議だ。
「さっさと幸せになればいいのにね」
呟いて、自分とイ・ソヨンとかつての同僚達が並んだ写真を指先で弾いた。
いつも溌剌としているミン巡査の顔にも疲れが滲んでいる。
「部長、すみません。非番なのにお呼びだてして」
「いや、構わない。被疑者、8人だって?」
「はい。全員中国人です」
「大所帯だな」
「大所帯すぎて失敗した典型例ですよ」
手渡された捜査資料にざっと目を通す。深夜の宝石店への集団覆面強盗。蜘蛛の子を散らすように逃走したが、メンバーの一人が道に迷っていたところを監視カメラの追跡で逮捕。阿呆としか言いようがない。
「すぐ取り調べできるか?」
「それが、通訳者がまだ来ていなくて。急いで来ていただいたのにすみません」
「韓国語が通じないのか」
「通じないのか通じないフリをしているのか微妙なんですが、パク巡査が脅しても口を割らないので」
捜査課一いかつい顔面で筋肉ダルマのパクを見やると、サンドイッチにかぶりつきながら、お手上げだという表情を返してくる。
「そうか。通訳を待った方が良いな。何人頼んでる?」
「二人しか回せないそうです」
外国人の犯罪が急増していて、捜査員も通訳も全然足りていない。
外事局の同期に中国語が出来る奴がいたなと思い出して支援を求めてみたが、空振りだった。待つしかなさそうだ。
ミン巡査は「いただきます」と敬礼してから、バナナ牛乳を取ると一気に飲み干した。
「あー、生き返る。バナナ牛乳はいつ飲んでも元気の源ですよね」
「なら良かった」
「部長は朝食はお済みですか?」
「ああ、千早の家で鶏粥を食べてきた」
捜査資料を読みながら流れで答えてしまい、はたと止まる。
喋りすぎたかと思ったが、ミン巡査の表情は特に変わっていないように見える。
「部長にご友人が出来て何よりです」
「いや、友人というか」
「友人というか?」
「悪い、何でもない。職場でする話ではなかった。外の空気を吸ってくるから、通訳が来たら電話してくれ」
言い置いて、ソヨンは執務室を出た。裏口から中庭に出て深呼吸をする。空は晴れ渡っていて、今日は少し暑くなりそうだ。足元には、コンクリートの隙間からタンポポが花を開かせている。
アパートの小さな花壇に咲く花や草木を、千早がこまめに世話しているのを知っている。それをとても好ましく思っている。昨夜出してくれた林檎が、うさぎの形に器用にカットされていたことも。
ソヨンは人付き合いが苦手だ。仕事以外のことは何も出来ないし、自分でも面白みのない人間だと分かっている。
俺といても大して楽しくはないだろうに。それでも、千早は何かと気にかけてくれて、食事に誘ってくれる。
千早の側は居心地がいい。ぱっと見は強面で怖そうな風貌なのに、一緒にいると、あたたかくてやわらかいものに包まれている気持ちになる。でもそれは友人というか。
「弟か何かだと思われている気はしないでもない」
部下に相談しかけたセリフを独り言に乗せて、ソヨンはもう一度深呼吸をした。
***
その頃、中途半端に会話を打ち切られたミン巡査は、二つ目のバナナ牛乳を啜りながら、組んだ足をぶらつかせた。
「人生相談してくれるかと思ったのに」
こちらも独り言である。仕事一筋、他人にも自分にも厳しいくせに何処か抜けているところを隠せていない上司のプライベート。というか、たぶん、色恋沙汰。相手は今時珍しいオス味ある男だった。
「何よ、一緒に朝ごはんって。鶏粥って!」
思わず溢して口を押さえた部長の頬には僅かに朱が走っていた。萌えすぎる。
手足をばたつかせて盛り上がってしまいたかったが、根性でポーカーフェースを整えた自分は偉い。
とりあえず、あの貴重な照れ顔のお礼をしておこうとスマホを操作する。
メッセージを送り終えてから、ミン巡査は飲みかけのバナナ牛乳を机においた。傷だらけの事務用デスクカバーの下には、警察学校時代やこれまでの勤務先で撮った集合写真を納めている。どの部署も大変だった。正直、職場で楽しかったことなんて数えるほどしかない。写真の中の自分が、どうしてこんなに笑っているのか不思議だ。
「さっさと幸せになればいいのにね」
呟いて、自分とイ・ソヨンとかつての同僚達が並んだ写真を指先で弾いた。
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