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07 タクチュクをごちそうさま。
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1時間後。ようやく起き出してきたソヨンは、隣室に帰るかと思いきや、リビングの床に座り込んで呆けている。
千早の方は、外をひとっ走りしてきてシャワーを浴びたので気分爽快だ。
「おはよう。起きれるか?」
「うん。起きる。おはよう」
答えるソヨンの瞼は少し腫れている。酒がだいぶ残っているのだろう。
「朝メシ食ってくか? うちはいつも粥だけど」
「食べる。ありがとう」
「お茶、熱いのでいいよな?」
「うん」
「とりあえず顔洗え」
キッチンからの矢継ぎ早の質問に、ソヨンはこくこく頷きながら返してくる。
こいつ、双子だとか言ってたけど完全に弟気質だな。
洗面所に立つソヨンの後ろ姿をなんとなく目で見て追ってしまう。ボクサーパンツから伸びた脚は真っ直ぐで綺麗な筋肉がついている。その内腿の柔らかさが指先によみがえるのを打ち消すように、千早は意識して大きな声を出した。
「ソヨン。パンツでうろうろすんな。そもそもなんでズボン脱いでんだよ」
「ジーンズだと寝苦しかったから」
「ああ、まあ、そりゃそうか。で、俺のベッドで寝てた理由は」
「居間が寒かった」
洗面を終えたソヨンは幾分すっきりした顔で鍋を覗き込み、「いい匂い」と鼻を鳴らした。
鶏粥といっても中華スープに白飯とササミとネギを入れ、ゴマを振っただけの簡単なものだが、冷凍していたアジュン特製のスープを使っているので、香りもコクも絶品のはずだ。
「除湿入れてたからな。切れば良かったのに」
「リモコンが見当たらなかった」
「リモコンはテーブルの下の箱にまとめてんだよ。覚えとけ」
「それは、また来てもいいってこと」
鍋を見つめていたソヨンが下から見上げてくる。黒目がちな瞳が心なしか明るい。
千早は「好きにしろ」とわざとぞんざいに言って、コンロの火を落とした。
台所の小さなダイニングテーブルに、どんぶりの粥と湯飲みが並ぶ。ヤカンで沸かしたとうもろこしのひげ茶を注ぐと、香ばしい湯気が広がった。初夏だが、熱い飲み物の方が体に良いし、安らぐ。
昨日の残りのキムチを出して、果物カゴにまだ林檎が残っていたので、それもひとつ剝いてやる。
大人しく椅子に座っているソヨンの髪には盛大に寝癖が付いていて、男前が台無しだ。
それでも、澄ましているより、抜けている姿の方がずっといい。
「ほら、食うぞ」
「千早は怒ってるのに優しいんだな」
「別に怒ってねえよ。それより、食ったら帰れよ。俺も昼前には出るから」
「また来てもいい?」
「来んな」
「好きにしろって言ったくせに」
「激務続きだったんだろ。帰って、家でちゃんと休め」
ソヨンは粥を少しづつ口に運んでいる。レンゲだと食べづらそうだったので、小ぶりのスプーンを出してやると、ソヨンはほんわかと笑った。
「やっぱり優しい」
食事を終えたソヨンはひげ茶をゆっくり飲んでいる。
使った食器を漬けた桶に、蛇口の水がぽちゃんと落ちる。
こいつと暮らしたら毎朝こんな感じなのかと考え、その妄想を慌てて打ち消した。
「ほら、そろそろ帰れよ」
照れ隠しにもう一度帰宅を促すと、ソヨンは「これを飲み終えたら」と呟いた。
今日は二人ともオフだ。正直言うと、このまま一日を一緒に過ごしたいが、ゆっくり休んで欲しいのもまた本音。
「千早は、今日は何をするんだ?」
「食材の買い出しに行った後、もう一回走りに行って、その後は筋トレかな」
「どっちが警察官か分からないな」
テレビのニュースが天気予報に変わる。今日は全国的に晴れとなるでしょうと気象予報士が告げた時、ソヨンのスマホが鳴った。
メッセージを見たソヨンの瞳に針のような光が宿った。部屋の温度まで下がるような冷ややかさに、千早は肌がちりつくのを感じる。
「どうした?」
短く問えば、ソヨンもまた短く答えた。
「仕事だ。行くよ」
「非番じゃないのか」
「人手が足りないんだ」
手早く帰り支度をするソヨンには、もう千早は見えていないようだった。
先ほどまでの緩さが嘘のように、足早に玄関を出て行こうとする。その後を追って、ドアの前で声をかけた。
「行ってらっしゃい。気をつけろよ」
振り向いたソヨンは一瞬だけ呆けたような表情になったが、すぐに仕事モードの顔つきに戻った。
「行ってきます。朝ごはん、ごちそうさま」
千早の方は、外をひとっ走りしてきてシャワーを浴びたので気分爽快だ。
「おはよう。起きれるか?」
「うん。起きる。おはよう」
答えるソヨンの瞼は少し腫れている。酒がだいぶ残っているのだろう。
「朝メシ食ってくか? うちはいつも粥だけど」
「食べる。ありがとう」
「お茶、熱いのでいいよな?」
「うん」
「とりあえず顔洗え」
キッチンからの矢継ぎ早の質問に、ソヨンはこくこく頷きながら返してくる。
こいつ、双子だとか言ってたけど完全に弟気質だな。
洗面所に立つソヨンの後ろ姿をなんとなく目で見て追ってしまう。ボクサーパンツから伸びた脚は真っ直ぐで綺麗な筋肉がついている。その内腿の柔らかさが指先によみがえるのを打ち消すように、千早は意識して大きな声を出した。
「ソヨン。パンツでうろうろすんな。そもそもなんでズボン脱いでんだよ」
「ジーンズだと寝苦しかったから」
「ああ、まあ、そりゃそうか。で、俺のベッドで寝てた理由は」
「居間が寒かった」
洗面を終えたソヨンは幾分すっきりした顔で鍋を覗き込み、「いい匂い」と鼻を鳴らした。
鶏粥といっても中華スープに白飯とササミとネギを入れ、ゴマを振っただけの簡単なものだが、冷凍していたアジュン特製のスープを使っているので、香りもコクも絶品のはずだ。
「除湿入れてたからな。切れば良かったのに」
「リモコンが見当たらなかった」
「リモコンはテーブルの下の箱にまとめてんだよ。覚えとけ」
「それは、また来てもいいってこと」
鍋を見つめていたソヨンが下から見上げてくる。黒目がちな瞳が心なしか明るい。
千早は「好きにしろ」とわざとぞんざいに言って、コンロの火を落とした。
台所の小さなダイニングテーブルに、どんぶりの粥と湯飲みが並ぶ。ヤカンで沸かしたとうもろこしのひげ茶を注ぐと、香ばしい湯気が広がった。初夏だが、熱い飲み物の方が体に良いし、安らぐ。
昨日の残りのキムチを出して、果物カゴにまだ林檎が残っていたので、それもひとつ剝いてやる。
大人しく椅子に座っているソヨンの髪には盛大に寝癖が付いていて、男前が台無しだ。
それでも、澄ましているより、抜けている姿の方がずっといい。
「ほら、食うぞ」
「千早は怒ってるのに優しいんだな」
「別に怒ってねえよ。それより、食ったら帰れよ。俺も昼前には出るから」
「また来てもいい?」
「来んな」
「好きにしろって言ったくせに」
「激務続きだったんだろ。帰って、家でちゃんと休め」
ソヨンは粥を少しづつ口に運んでいる。レンゲだと食べづらそうだったので、小ぶりのスプーンを出してやると、ソヨンはほんわかと笑った。
「やっぱり優しい」
食事を終えたソヨンはひげ茶をゆっくり飲んでいる。
使った食器を漬けた桶に、蛇口の水がぽちゃんと落ちる。
こいつと暮らしたら毎朝こんな感じなのかと考え、その妄想を慌てて打ち消した。
「ほら、そろそろ帰れよ」
照れ隠しにもう一度帰宅を促すと、ソヨンは「これを飲み終えたら」と呟いた。
今日は二人ともオフだ。正直言うと、このまま一日を一緒に過ごしたいが、ゆっくり休んで欲しいのもまた本音。
「千早は、今日は何をするんだ?」
「食材の買い出しに行った後、もう一回走りに行って、その後は筋トレかな」
「どっちが警察官か分からないな」
テレビのニュースが天気予報に変わる。今日は全国的に晴れとなるでしょうと気象予報士が告げた時、ソヨンのスマホが鳴った。
メッセージを見たソヨンの瞳に針のような光が宿った。部屋の温度まで下がるような冷ややかさに、千早は肌がちりつくのを感じる。
「どうした?」
短く問えば、ソヨンもまた短く答えた。
「仕事だ。行くよ」
「非番じゃないのか」
「人手が足りないんだ」
手早く帰り支度をするソヨンには、もう千早は見えていないようだった。
先ほどまでの緩さが嘘のように、足早に玄関を出て行こうとする。その後を追って、ドアの前で声をかけた。
「行ってらっしゃい。気をつけろよ」
振り向いたソヨンは一瞬だけ呆けたような表情になったが、すぐに仕事モードの顔つきに戻った。
「行ってきます。朝ごはん、ごちそうさま」
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