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三章 古の対峙

74話 その男、どんな窮地も跳ねのける

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「先生、でもどうやって調べるのですか。さっきは追跡できなかったのですよね」

オレステの了承も得られて、調査する段になって。
俺が空中に残されていた、いくつかの魔術痕に【補修】の魔術をかけていると、リーナにこう聞かれて、俺はくすりと笑った。

まぁたしかに、ただの【鑑定】ではそれはできなかったかもしれない。
ここにも、いくつかの痕が残されて、誤魔化すための処置がなされている。

が、しかし、突破口ならある。

「今回の術は、そう簡単に多くの人間が使える術ではないからね。それに、この術は「黒」の魔素を使っている」
「「黒」というと……」
「あぁ、ビアンコの持つ「白」の魔素の対になるものだよ。彼女がいれば、追跡は容易だろうね。ただの【鑑定】なら瘴気と混じって分からないけど……。これなら、少しの痕でも辿ってくれる」

はたして、オレステに見られてもいいものか。
俺はそこで少し悩むが、彼は俺がなにをしているかなど、興味はなさそうであった。

倒した魔物たちから、アイテムになりえそうなものの剥ぎ取りを行っている。

まぁそもそも、無理矢理残らせたようなものだ。
彼はたぶん、シモーニの疑いさえ晴れれば、それでいいという考えなのだろう。


このぶんなら、問題ない。
そう考えた俺は、精霊召喚の術式を描いて、ビアンコを召喚した。

「ふえーあー……なーんですか、ご主人、こんな時間に……って、むぐっ」

俺の手のひらに現れた彼女は、大あくびをしながら、不満を漏らそうとする。
だから、俺はその口元を指先でふさぐ。

「悪い、こんな時間に。それと少し静かにしてくれるか? 今は君をむやみに知られたくないからね」
「また、それですか。まぁ悪い気はしませんけど。ご主人に大切にされてる感じ」
「ありがとう、いい子だ」

俺がこう言うのに、ビアンコは少し頬を赤くする。
それから、ややあって、ぶんぶんと首を横に振り乱した。

「子って。子どもじゃないんですから、やめてくださいよ」

その反応自体が子供っぽいのだけど。
そう思ったのは、リーナも同じらしい。
彼女は口元に手を当てて、軽くふっと吹き出している。

これには、ビアンコは一気に不機嫌顔だ。

「……というか、本当になんの用ですか? 真夜中に二人してなにやってたんですか、というか」

これはまずい、一気に喚きだしかねない。そんなことになったらオレステにはばれてしまうし、時間もロスしてしまう。
俺はそれを察知して、彼女の髪を指の腹で撫でて落ち着かせる。

そのうえで、本題を切り出した。

「「黒」の魔素を使う奴が現れた。そいつがどこに潜伏しているか、案内してほしい」
「……黒の。それならたしかに、わたしの出番ですね」

ビアンコはそう言うと、その四枚の羽をはためかせて、俺が右手の中指につけた指輪の元に止まった。

「じゃあ今日もいただきますね」

そこで彼女は俺の指を軽く噛む。

すると少しして、彼女の羽は淡い光を帯びていく。
それからしばらくすると、指輪の中に「白」の魔素が流れこんできた。

十分に魔素を補給させてもらう。

「ありがとう、ビアンコ」
「まったくですよ、次は明るい時間にしてくださいねー。ま、今日も美味だったからいいのですけど」

そのうえで俺が召喚を解除して使ったのは、【白鑑定】だ。
白の魔素を使うことで、鑑定対象を「白」とその反対である「黒」に特化させられる。

そのうえで、判明した魔力をもとに【探索】をかけてみると、どうだ。

「黒」の魔素の反応が明らかに色濃い地点が、一か所見つかった。
その示した場所に、俺は驚きを隠せない。

「先生、どこか分かりましたか」
「……このダンジョンの中だよ。それも、そう遠い場所じゃない。たしかに、黒の魔素は、【白鑑定】のような特殊な魔術を使用しない限り、魔物やダンジョンの放つ瘴気と変わらない。街中ならともかくダンジョン内なら――」
「見つかりにくいですね。というか、ほとんど見つけるのは無理でしょうね」

俺は単に首を縦に振る。

そもそも『惑い』の森林ダンジョンはかなり広大で、その奥は深い。
しかも【視認阻害】等の魔術を使っているだろうから、しらみ潰しに歩いたところでまず見つけようがない。

挙句、魔術を使えたとしても、白魔法のような特殊魔法を使えなければ特定できないのだから、まず無理な話だ。

「さすがです、先生。先生じゃなきゃきっと今頃、迷宮入りしていました」
「……やめてくれよ。あんまり誉めそやされるのは慣れてないんだ」
「そろそ慣れてください。これからもっと機会が増えますよ」
「喜んでいいんだかどうか分からないな、それ」

とりあえず行くべき場所が分かり、俺とリーナは少し気を抜いて、こう会話を交わす。
そこへ背後からぬっと人の気配がして、二人して振り返る。

なにかと思えば、オレステが覗きこんできていた。

「それで見つかったのか。魔物を召喚した奴を示す証拠とやらは」

表情をいっさい変えない仏頂面は、いきなり間近で見ると、なかなか衝撃的だ。

しかも、魔物の骨をその手に握っているのだから、なおさらである。
こちらはまだ、途中といった様子だった。彼の背後には、解体されないまま倒れている魔物が何匹もいる。

「あぁまぁね。そっちは時間がかかっているみたいだけど、手伝おうか」

俺は一応、気を遣ってこう尋ねる。

「……いいや、いい。早く行こう。俺はあとで戻ってくる」

が、しかし。
こう無碍に断られた。

あくまでも彼は、シモーニを信奉しているらしい。敵である俺たちと、馴れ合う気はないようだ。
まぁ当然といえば、そうである。


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