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第七章 特別な席に座る人
第二十五話
*
珍しく曇った顔をした鮫島先輩が、一冊の週刊誌をミーティングテーブルへ置いた。
見覚えのある俗っぽいタイトルは、いつぞや無断で玲一さんの記事を出したあの雑誌と同じものだ。開かれたページを覗き込んだ玲一さんが眉をひそめる。
『椎名グループの若社長と政治家の黒い繋がり! 献金の流れる先は女遊びか、それとも……?』
「……抗議状は無視されたみたいだな」
「申し訳ございません」
頭を下げる鮫島先輩に、玲一さんは無表情のまま「お前のせいじゃないよ」と呟く。
記事の内容は相変わらず低俗で、煽り中心のばかばかしいものだ。ぼやけた写真に写っているのは玲一さんらしき横顔と、スマートな印象の初老の男性、そして若くて綺麗な男性の三人。料亭の個室らしい和室で豪華なお膳を囲む傍で、スカートの短い女性たちがグラスを片手にはしゃいでいる。
「……社長代理。こちらのお写真にお心当たりは?」
「ごめん、ある。でもこの女たちは勝手に入ってきただけで、誰も呼んじゃいないんだよ。写真撮られる前に追い払ったはずなんだけど、一枚やられてたんだな、きっと」
あーあとつまらなそうに声を上げ、玲一さんは記事を睨みつける。そっか、勝手に入ってきただけか。安心できる状況じゃないのに、ちょっとほっとしてしまった自分がいる。
「黒い繋がりも何も、こっちは俺の伯父で、こっちは従兄弟なんだけど……。あのオッサン本当にもうダメなんだな、昔はこんな三流記者なんかに嗅ぎつけられることもなかったのに」
玲一さんの父方の伯父様は、少し前まで国会議員を務めていらしたという。すでに議員を辞職されて、今は静かに暮らしていらっしゃるらしい。
だからこの記事が書き並べるような、献金疑惑だの女遊びだのは真っ赤な嘘。……でも、記事にリンクしたメディアのSNSや動画サイトでは思ったよりも多くの批判の声が寄せられているようで、下賤な連中の飯のタネにされたと私は内心歯噛みする。
「しかし、記事のメインが諏訪邉議員ではなく社長代理なのが気になりますね」
小さく呟く鮫島先輩に、玲一さんも深く頷く。
「俺もそこは疑問だった。もう議員を辞めたとはいえ、知名度でいえば俺より伯父さんの方が遥かに上だからね。伯父さんメインの見出しにするほうが読者も食いつく気がするけど」
「前回のイケメンランキングの反響が大きかったのでしょうか」
「まさか、あんなバカ丸出しな……ああでも、あのランキング、なんか有名な動画投稿者が解説したって言ってたっけ? そのせいかなぁ……」
メディアの主戦場は次から次へと移り変わっていく。私はその動画を見ていないけど、その筋ではちょっと名が知られているらしいゴシップ系動画投稿者が、ランクインしたイケメンたちをかなり詳細に取り上げたらしい。内容については先輩に「見ない方がいい」と言われたから、まあだいたい下品なのだろう。
「公に抗議文を出す。その上で直接殴り込みに行くか」
「わかりました。では、顧問弁護士に連絡を」
「ああいや、そっちは今ちょっと動かせないんだ。別にこんなの、脅しつければ十分だろうから」
指先で雑誌をつまみ上げ、玲一さんはいたずらを思いついた少年みたいに笑う。
「弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男を召喚して行こうじゃないか」
*
弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男――と、玲一さんは言った。
だから私はその人を見たとき「知人の役者に段ボール製の手作り弁護士バッチを付けたのかな」なんて、冗談でもなく思ったのだけど。
明らかにカタギに見えない相手に一歩もひるまず突き進み、理路整然と意見を述べて相手の反論を封じ込める。
目の覚めるような美形の男性にこうも鋭く責め立てられれば、こんな噓つきのメディア記者なんてたじたじに決まっている。
結局殴り込みは完封勝利。拍子抜けするほどあっさり終わり、私たちは雑誌の回収と謝罪文の掲載を勝ち得た。
「……あの、失礼ながらご職業は……?」
松岡くんと同じくらい背が高い彼を見上げる。それにしてもモデルみたいなスタイルだ。足の長さが私の身長とまるまる同じ……は、さすがに言い過ぎか。
彼は、さっきの記者たちに向けたのと同じくらい冷たい眼差しで私を見下ろし、
「弁護士ですが」
と、抑揚なく言い捨てた。
(本物じゃん!!)
弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男って言ってたのに!!
そんな驚きがどうでもよくなるくらいの恐怖で背筋が凍りつく。なにこの目。冷たすぎる。これはあれだ、バイパス脇に投げ捨てられたコンビニ弁当のゴミを見る目だ。
にこりともしないその顔立ちは、道行く人々が思わず振り返ってしまうほど美しい。切れ長の瞳に高い鼻、さらさらのストレートヘアに、世の中の女性がみんな羨むだろう長く濃いまつ毛。
だからこそ余計に眼差しの冷たさが氷柱のように突き刺さる。私、もしかして嫌われてる? なにか気に障ることでも言った? 弁護士としての仕事をしに来た方にご職業なんて聞いちゃったから?
「あ、弁護士さんでいらっしゃるんですね……」
「はい」
「…………」
「…………」
しかも、会話が続かない!!
気まずい。ちょっと気まずすぎる。会話を続ける意思がない。むしろどちらかというと、このまま死ぬまで黙っていろという無言の圧さえ感じてしまう。
今まで生きてきた中でもこんな不愛想な人見たことがない。この顔に産まれてなぜ笑わないんだ。表情筋が死んでいるんじゃないか。
(なんてもったいない人なんだ)
これで微笑みの一つでも覚えれば、人生無双できそうなのに。……あ、もしかして、私に微笑む価値がないってだけ?
「あー、おもしろかった!」
駅のトイレから出てきた玲一さんが、清々しいほど無邪気な笑顔で言う。
殴り込みなんて社長代理が自ら赴くような仕事ではないと言ったのだけど、今日の玲一さんは私の静止にちっとも耳を貸してくれなかった。どうしても行きたい、絶対に見たいと子どもみたいにゴネた挙句、自分の仕事を超速で終わらせ、一社員のふりまでして本当にここまでついてきてしまった。
「お前が仕事してるとこ初めて見たよ。普通にやれるんじゃん、びっくりした」
玲一さんはにこにこ笑いながら弁護士さんの背中を叩く。気の置けない友人なのかな、叩かれた方も嫌な顔はせず、お互いずいぶん馴れているようだ。
弁護士さんは、さっきより少しだけ目元を穏やかに緩めると、呆れたように息を吐いて玲一さんの顔を見下ろす。
「あのな、昨日の今日でいきなり付き合えって言われても、俺にも準備が必要なんだから」
「え? かなり早い段階でちゃんと資料送ったはずなんだけどな。お前相手だし電話だけでもいいかなって思ったけど、今回はちゃんと真面目に依頼書も出したんだよ、俺」
「俺が資料を渡されたのは昨日の夕方、帰り際だ。あのバカ上司、相変わらず仕事がめちゃくちゃなんだから……」
苦々しげに頭を抱える弁護士さんの姿を見て、玲一さんは心の底から楽しそうに笑っている。
なんだかとても珍しい様子に、私は呆気に取られていた。仕事のときもプライベートでも、私は玲一さんと比較的長い時間を過ごしてきたつもりだった。
でも、こんなに明るく無垢な笑顔を見たのは初めてだ。今までで一番きらきら眩しい、たぶん、彼の本当の笑顔。
「あーおかしい! 相変わらず便利に使われてんだから」
ひとしきり笑ってから突然思い出したように、玲一さんは私へ目を向けると、
「ごめんね凛ちゃん。全然会話弾まなかったでしょ? こいつ、女とジャガイモの区別がつかないからさ」
と、弁護士さんを顎で指してみせた。
結構な侮辱にも怒る気配はなく、弁護士さんは名刺を一枚私に差し出してくれた。竹中黒田法律事務所、弁護士、波留樹。
(波留樹)
突然、頭の底からひとつの記憶がフラッシュみたいに蘇る。玲一さんの部屋の写真立て。あの中で幸せそうに微笑んでいたのは、確かこの人ではなかったか。
「なあ、今どうせ一人だろ? 夕飯にラーメン行こ」
「腹減ってない」
「じゃあ焼肉」
「重いだろ」
「今日泊まってく? 御殿場のビール買ってあるよ」
「じゃあ泊まる」
私の存在を完全に無視して、ぽんぽんとテンポよく始まる会話。確かに今日は会社に戻らず、このまま直行帰宅にすると最初から言っていたけれど。
「またね、凛ちゃん」
小さく手を振る玲一さんと、最低限の会釈をする波留さん。二人の背中が家路を急ぐ人々の波へ消えていく。
私は小さく片手を上げたまま、振り返りもせず消える二人をただ見つめるしかできなかった。今日は夜まで一緒にいられるかなと、本当は少し期待していた。でも、玲一さんの瞳の中には、とっくの昔に私はいなくて。
(だめだ)
あの二人のいる空間に、私が入る場所はない。
――現在『恋』はしていますか?
インタビューする女性記者の声がふっと脳裏によみがえる。引きつる口元。咳払い。一瞬うつむく横顔の闇。
誰かのために空けられていた、彼の心の特別な席。
(そっか。そういうことなんですね)
波留さんの左手の薬指にきらめくシンプルな指輪を思い出し、私はきつく目をつむると二人に背を向けて歩き出した。
珍しく曇った顔をした鮫島先輩が、一冊の週刊誌をミーティングテーブルへ置いた。
見覚えのある俗っぽいタイトルは、いつぞや無断で玲一さんの記事を出したあの雑誌と同じものだ。開かれたページを覗き込んだ玲一さんが眉をひそめる。
『椎名グループの若社長と政治家の黒い繋がり! 献金の流れる先は女遊びか、それとも……?』
「……抗議状は無視されたみたいだな」
「申し訳ございません」
頭を下げる鮫島先輩に、玲一さんは無表情のまま「お前のせいじゃないよ」と呟く。
記事の内容は相変わらず低俗で、煽り中心のばかばかしいものだ。ぼやけた写真に写っているのは玲一さんらしき横顔と、スマートな印象の初老の男性、そして若くて綺麗な男性の三人。料亭の個室らしい和室で豪華なお膳を囲む傍で、スカートの短い女性たちがグラスを片手にはしゃいでいる。
「……社長代理。こちらのお写真にお心当たりは?」
「ごめん、ある。でもこの女たちは勝手に入ってきただけで、誰も呼んじゃいないんだよ。写真撮られる前に追い払ったはずなんだけど、一枚やられてたんだな、きっと」
あーあとつまらなそうに声を上げ、玲一さんは記事を睨みつける。そっか、勝手に入ってきただけか。安心できる状況じゃないのに、ちょっとほっとしてしまった自分がいる。
「黒い繋がりも何も、こっちは俺の伯父で、こっちは従兄弟なんだけど……。あのオッサン本当にもうダメなんだな、昔はこんな三流記者なんかに嗅ぎつけられることもなかったのに」
玲一さんの父方の伯父様は、少し前まで国会議員を務めていらしたという。すでに議員を辞職されて、今は静かに暮らしていらっしゃるらしい。
だからこの記事が書き並べるような、献金疑惑だの女遊びだのは真っ赤な嘘。……でも、記事にリンクしたメディアのSNSや動画サイトでは思ったよりも多くの批判の声が寄せられているようで、下賤な連中の飯のタネにされたと私は内心歯噛みする。
「しかし、記事のメインが諏訪邉議員ではなく社長代理なのが気になりますね」
小さく呟く鮫島先輩に、玲一さんも深く頷く。
「俺もそこは疑問だった。もう議員を辞めたとはいえ、知名度でいえば俺より伯父さんの方が遥かに上だからね。伯父さんメインの見出しにするほうが読者も食いつく気がするけど」
「前回のイケメンランキングの反響が大きかったのでしょうか」
「まさか、あんなバカ丸出しな……ああでも、あのランキング、なんか有名な動画投稿者が解説したって言ってたっけ? そのせいかなぁ……」
メディアの主戦場は次から次へと移り変わっていく。私はその動画を見ていないけど、その筋ではちょっと名が知られているらしいゴシップ系動画投稿者が、ランクインしたイケメンたちをかなり詳細に取り上げたらしい。内容については先輩に「見ない方がいい」と言われたから、まあだいたい下品なのだろう。
「公に抗議文を出す。その上で直接殴り込みに行くか」
「わかりました。では、顧問弁護士に連絡を」
「ああいや、そっちは今ちょっと動かせないんだ。別にこんなの、脅しつければ十分だろうから」
指先で雑誌をつまみ上げ、玲一さんはいたずらを思いついた少年みたいに笑う。
「弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男を召喚して行こうじゃないか」
*
弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男――と、玲一さんは言った。
だから私はその人を見たとき「知人の役者に段ボール製の手作り弁護士バッチを付けたのかな」なんて、冗談でもなく思ったのだけど。
明らかにカタギに見えない相手に一歩もひるまず突き進み、理路整然と意見を述べて相手の反論を封じ込める。
目の覚めるような美形の男性にこうも鋭く責め立てられれば、こんな噓つきのメディア記者なんてたじたじに決まっている。
結局殴り込みは完封勝利。拍子抜けするほどあっさり終わり、私たちは雑誌の回収と謝罪文の掲載を勝ち得た。
「……あの、失礼ながらご職業は……?」
松岡くんと同じくらい背が高い彼を見上げる。それにしてもモデルみたいなスタイルだ。足の長さが私の身長とまるまる同じ……は、さすがに言い過ぎか。
彼は、さっきの記者たちに向けたのと同じくらい冷たい眼差しで私を見下ろし、
「弁護士ですが」
と、抑揚なく言い捨てた。
(本物じゃん!!)
弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男って言ってたのに!!
そんな驚きがどうでもよくなるくらいの恐怖で背筋が凍りつく。なにこの目。冷たすぎる。これはあれだ、バイパス脇に投げ捨てられたコンビニ弁当のゴミを見る目だ。
にこりともしないその顔立ちは、道行く人々が思わず振り返ってしまうほど美しい。切れ長の瞳に高い鼻、さらさらのストレートヘアに、世の中の女性がみんな羨むだろう長く濃いまつ毛。
だからこそ余計に眼差しの冷たさが氷柱のように突き刺さる。私、もしかして嫌われてる? なにか気に障ることでも言った? 弁護士としての仕事をしに来た方にご職業なんて聞いちゃったから?
「あ、弁護士さんでいらっしゃるんですね……」
「はい」
「…………」
「…………」
しかも、会話が続かない!!
気まずい。ちょっと気まずすぎる。会話を続ける意思がない。むしろどちらかというと、このまま死ぬまで黙っていろという無言の圧さえ感じてしまう。
今まで生きてきた中でもこんな不愛想な人見たことがない。この顔に産まれてなぜ笑わないんだ。表情筋が死んでいるんじゃないか。
(なんてもったいない人なんだ)
これで微笑みの一つでも覚えれば、人生無双できそうなのに。……あ、もしかして、私に微笑む価値がないってだけ?
「あー、おもしろかった!」
駅のトイレから出てきた玲一さんが、清々しいほど無邪気な笑顔で言う。
殴り込みなんて社長代理が自ら赴くような仕事ではないと言ったのだけど、今日の玲一さんは私の静止にちっとも耳を貸してくれなかった。どうしても行きたい、絶対に見たいと子どもみたいにゴネた挙句、自分の仕事を超速で終わらせ、一社員のふりまでして本当にここまでついてきてしまった。
「お前が仕事してるとこ初めて見たよ。普通にやれるんじゃん、びっくりした」
玲一さんはにこにこ笑いながら弁護士さんの背中を叩く。気の置けない友人なのかな、叩かれた方も嫌な顔はせず、お互いずいぶん馴れているようだ。
弁護士さんは、さっきより少しだけ目元を穏やかに緩めると、呆れたように息を吐いて玲一さんの顔を見下ろす。
「あのな、昨日の今日でいきなり付き合えって言われても、俺にも準備が必要なんだから」
「え? かなり早い段階でちゃんと資料送ったはずなんだけどな。お前相手だし電話だけでもいいかなって思ったけど、今回はちゃんと真面目に依頼書も出したんだよ、俺」
「俺が資料を渡されたのは昨日の夕方、帰り際だ。あのバカ上司、相変わらず仕事がめちゃくちゃなんだから……」
苦々しげに頭を抱える弁護士さんの姿を見て、玲一さんは心の底から楽しそうに笑っている。
なんだかとても珍しい様子に、私は呆気に取られていた。仕事のときもプライベートでも、私は玲一さんと比較的長い時間を過ごしてきたつもりだった。
でも、こんなに明るく無垢な笑顔を見たのは初めてだ。今までで一番きらきら眩しい、たぶん、彼の本当の笑顔。
「あーおかしい! 相変わらず便利に使われてんだから」
ひとしきり笑ってから突然思い出したように、玲一さんは私へ目を向けると、
「ごめんね凛ちゃん。全然会話弾まなかったでしょ? こいつ、女とジャガイモの区別がつかないからさ」
と、弁護士さんを顎で指してみせた。
結構な侮辱にも怒る気配はなく、弁護士さんは名刺を一枚私に差し出してくれた。竹中黒田法律事務所、弁護士、波留樹。
(波留樹)
突然、頭の底からひとつの記憶がフラッシュみたいに蘇る。玲一さんの部屋の写真立て。あの中で幸せそうに微笑んでいたのは、確かこの人ではなかったか。
「なあ、今どうせ一人だろ? 夕飯にラーメン行こ」
「腹減ってない」
「じゃあ焼肉」
「重いだろ」
「今日泊まってく? 御殿場のビール買ってあるよ」
「じゃあ泊まる」
私の存在を完全に無視して、ぽんぽんとテンポよく始まる会話。確かに今日は会社に戻らず、このまま直行帰宅にすると最初から言っていたけれど。
「またね、凛ちゃん」
小さく手を振る玲一さんと、最低限の会釈をする波留さん。二人の背中が家路を急ぐ人々の波へ消えていく。
私は小さく片手を上げたまま、振り返りもせず消える二人をただ見つめるしかできなかった。今日は夜まで一緒にいられるかなと、本当は少し期待していた。でも、玲一さんの瞳の中には、とっくの昔に私はいなくて。
(だめだ)
あの二人のいる空間に、私が入る場所はない。
――現在『恋』はしていますか?
インタビューする女性記者の声がふっと脳裏によみがえる。引きつる口元。咳払い。一瞬うつむく横顔の闇。
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