初恋カレイドスコープ

雪静

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第九章 すれ違う想い

第二十九話

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 カートランド社の女性向けファッション誌に掲載されたインタビュー記事は、想像以上の大きな反響を私たちにもたらした。

 一時的とはいえ大企業を継いだ若きイケメン社長の姿は、世間の女性の興味を引くには十分だったらしい。他の雑誌社からコラム連載の誘いが来たり、テレビ番組への出演依頼が来たり。例の婚活バラエティ番組から正式な打診が来たときは、さすがに秘書室でも笑いが起きた。

 撮影の舞台となったスポーツクラブの海老名店にもオープン前から問い合わせが集まり、マネージャーが嬉しい悲鳴を上げていると聞いている。今回の仕事は大成功、玲一さんの諸々の頑張りが結果に繋がったと言えるだろう。

 そしてそのインタビュー記事の余波は、こんなところにも表れた。

「高階さんって、独身だったよね?」

 お昼休み、非常に珍しい鮫島先輩からの雑談の振りに、私は少しおののきながら慌てて小さく頷いてみせる。

「恋人は?」

「……いません」

「そう。実はちょっと、折り入って頼みがあるのだけど」

 隣に座った鮫島先輩のスカートから覗く綺麗な足。こんなに美しく足を組む女性を私は他に見たことがない。

「実は、例のインタビュー記事の写真を見て、私の昔の後輩が貴女に興味を持ったみたいでね」

「もしかして、私がプールで泳いでいるあの写真ですか?」

「ええ。彼、今は会計課にいるのだけど、貴女と会って話がしてみたいと言っているの。どう? 見た目と出世については私が保証するけど」

 これってまさか、男女のお付き合いの一歩手前みたいなお誘いなのかな。鮫島先輩経由で誘ってくるなんて、大胆というかなんというか。

「あの……すみません。私、あまりそういう経験がなくて」

「あら、そうなの? 綺麗な顔なのにもったいない。若いうちは遊べるだけ遊んで、自分の限界を知っておくのも大事でしょうに」

 艶然と微笑む鮫島先輩は、いったい今までどれだけ遊んでこられたというのだろう。聞いてみたい気はするけど、聞いたら聞いたで後悔しそう。

 露骨な愛想笑いを浮かべる私を見つめ、鮫島先輩はしばらく何か考え込んでいたようだけど、やがて軽く顔を上げると、

「じゃあ、こうしましょう」

 私の返事なんて最初から聞いていないような表情で口を開いた。

「貴女たちと同じ世代の若い社員を集めて、部署を跨いだ交流会を開くよう、私から彼に言っておきます」

「こ、交流会?」

「それなら一対一ではないから、高階さんも気楽に参加できるでしょう? お洒落な個室で楽しく飲めるようきちんと指導しておくわ」

「は、はあ」

「無理に彼と付き合えとは言わないし、貴女は新しいお友達を作りに行くつもりで行けばいいの。気分転換だと思って、楽しんでいらっしゃい」

 目尻に愛嬌のある笑い皺を刻み、にっこり微笑む鮫島先輩。

 私はもうわかっている。返事は常にハイかイエスだ。鮫島先輩の放つオーラは途方もなく美しく爆裂に強い。

「……ハイ……」

 完全に白旗を上げた形で了承した私を見て、鮫島先輩は心の底から満足そうにうなずいた。




「行くの?」

 そう玲一さんに訊ねられた時、私ははじめ何の話をされているのかわからなかった。

 二人きりの社長室。玲一さんはデスクで頬杖を突きながら、私を糾弾するみたいに険しい眼差しを向けてくる。

 私が答えに窮していることに気づくと、彼は呆れたようにため息を吐き、

「さっきの合コン」

 と、指先で軽くデスクを叩いた。

「合コン?」

「だから、さっき鮫島に言われてた……もしかして何もわかってないの?」

「あの、鮫島先輩の後輩の人と、何人かで飲むって話ですか」

「それだよ。ンな回りくどい言い方しなくても、ようするにただの合コンでしょ。本気で行くつもり? そんなに鮫島が怖い?」

 怖いです。

 あ、いや、そうではなく。

「……どうして、そんなことを気にされるんですか?」

 できるだけ平静を装って、私は淡々とした声で訊ねる。

 玲一さんは軽く唇を内側に丸め、親の説教に不満を抱く子どもみたいにぶすくれている。そのまましばらく無言のにらみ合いが続き、やがて彼は根負けしたみたいに目を逸らすと、

「わかった。俺も行く」

 と、唐突に変なことを言いだした。

「いやいやいや社長代理」

「俺だって同世代じゃん。別に行っても文句ないだろ」

「大ありですよやめてください! 社長代理が突然来たら酒の席がお通夜になっちゃうじゃないですか!」

「俺盛り上げるの上手だよ! 酒も飲めるし! なんならその、鮫島の後輩の男になんか適当な女が向かうよういい感じにサポートとかもできるよ!」

「そういう話じゃないんですって! 交流会! お友達作りに行くんです!」

 わーっと大声を上げてから、秘書室にいる鮫島先輩に聞かれていないかひやりとする。

 なおも自分を売り込もうとする玲一さんの前に書類の山を置き、大急ぎで隣へ回り込んでから、

「とにかく、仕事上の付き合いもありますし、私は参加するつもりなので!」

 私はできるだけ強気な声で、口を挟ませないよう言い放った。

「まじでぇ……?」

 しょんぼり、という言葉そのものみたいな寂しい顔をして、玲一さんは小動物みたいに視線で私にすがりつく。

 ……やっぱりお断りしようかな、と、心が揺らいでしまったのは事実だ。

 でも、私は自分を奮い立たせて、あえて毅然とした表情を作ると、玲一さんに頭を下げて速足で社長室を後にした。
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