初恋カレイドスコープ

雪静

文字の大きさ
32 / 50
第九章 すれ違う想い

第三十一話

しおりを挟む



 玲一さんにつけられた傷痕は当たり前だけど消えてくれなくて、私は仕方なくタートルネックで赤らむ首を強引に隠す。

 万が一傷痕を見られたときは、なんて言い訳したらいいだろう。虫に刺された? 猫に噛まれた? ……ううん、どれも不自然だなぁ。

(まあ、仕方ない。今日はただの交流会だし、襟さえ気を付ければ大丈夫なはず)

 始まる前から疲れた顔で会場に到着した私は、狭い個室に並ぶ面々に大変重い頭痛を覚えた。

 女三人、男三人。自分を除けば五人のメンバーのうち、顔見知りが男女ともに一名ずつ。男の方はまだいい。なんともいえない複雑な表情で私を見つめる松岡くんに、まあ今日はお互い気にせず飲みましょうと私は苦笑で目配せする。

 問題は、女の方だ。

「……愛菜、どうしてここに……?」

「……凛こそ……」

 気まずさ全開。かつて友達でありライバルでもあった同期の池田愛菜は、合コン用のメイクと服で居心地悪そうに座っている。でもよく見ると、まだ酒の席が始まってもいないのに彼女の目元の化粧は崩れ、瞳も少し充血しているようだ。

 鮫島先輩の後輩だという会計課の男の人は、こういった席にも慣れているようで自ら進行を買って出てくれた。軽薄そうなタレ目が印象的で、まあ、イケメンと呼ばれる部類だろう。本人にもその自覚があるみたいで、立ち振る舞いがいちいち気障っぽく、私は少し癪に障る。

 勢いよく乾杯をしてから、めいめい好きなもの同士でのおしゃべりが始まった。わかっていたことではあるけれど、これは確かに合コンだ。

「……あのさ」

 もう一人の女の子が話し上手で目立ちたがり屋なのをいいことに、私は料理を取りながら隣の愛菜に声をかけた。

「山田先輩はどうしたの?」

「こんなところに来ている時点で答えはもうわかりきってるでしょ」

 別れたのか。振ったの? 振られたの?

 私が根掘り葉掘り聞くより先に、愛菜はビールを一気に飲み干すと、

「あんなマザコン男に騙されて、実家まで行った私がバカでした」

 と、心から悔しそうに言い捨てた。

「実家って、まさか」

「そうだよ。シンガポール断ってまで行ったあの時の話だよ。お付き合いから早二週間、結婚を真剣に考えているからと言われてホイホイ東北まで行き、彼の最愛のママ上様にメタメタのボコボコにされてきたの」

「……ん!? あの頃にはもう別れてたの?」

「いや、別れたのは二ヶ月前かな。あっちの実家と距離さえ置ければ本当に結婚できるんじゃないかって、自分なりに色々頑張ってみたんだけど……無理だった。先輩の家でベッドにいる最中ママが合鍵で部屋に入ってきたとき、ああもうダメだ、別れようって、心がスーッと冷めたんだ」

 タッチパネルで追加のお酒を注文する愛菜。彼女は小さく鼻をすすると、画面を睨んだまま低い声で言った。

「あの頃は、ごめん」

 ……ずっと友達だと思っていた。独身同盟なんて言って、二人で馬鹿みたいに笑って過ごして、仕事も一緒に頑張ってきて、そして離れ離れになった彼女。

 私はいいよとは言わないまま、うん、と小さく返事をする。昔みたいな友達同士に戻ることはないだろう。でも、いつまでも憎しみにリソースを割くほど私は暇じゃないつもりだ。

「だから私、今日は本気で勝ちに来てるから」

「気合い入ってるね」

「当たり前でしょ。いつまでも昔の男を引きずって、くよくよしてるなんて人生の無駄。私はもう前を向いて、自分の幸せを探すって決めたの」



 ――自分の、幸せ。



 愛菜の言葉が油断していた心のやわい部分をえぐる。

 自分の幸せ。声には出さないまま、唇の中で反復する。なんてことのない普通の言葉なのに、どうしてこんなに鉛を詰められたみたく胸が重くなるのだろう。……

「ていうか凛って社長代理と愛人契約してたんじゃなかったの? あんたの方こそこんなところ来て大丈夫?」

 うわあああ! 声が! でかい!!

 案の定歓談が一変して静まり返った個室の中で、私は顔を真っ赤にしながら慌ててその場で立ち上がる。

「あ、愛人契約なんて! そんなのしてるわけないでしょ! 誤解だよ!」

「あれ、そうなの? 二人で歩いてるとこよく見かけるし、そういう仲なのかと思ってたんだけど」

「私ね、これでも一応秘書だから! そりゃあ社長代理の斜め後ろを歩かせていただいてますよ! 仕事だからね!」

 なんだか弁明が大声になって、却って怪しまれているような気がする。でも、こうも直球で問いただされる日が来るとは想像してなくて、私はもう必死になりながら誤解だ仕事だと繰り返す。

 そんな中、鮫島先輩の後輩である会計課のタレ目気障男が、

「高階さんがそんな馬鹿なことするわけないじゃん」

 と、私の方へ視線を向けながら、どこかからかうように言った。

「でも噂になってるじゃないですか。私以外にも聞いたことある人いますよね?」

「そりゃ聞いたことはあるけどさ。本当に結婚できるならともかく、愛人なんていくらなんでも割に合わなさすぎでしょ。高階さんみたいに賢い女の子が、そんな無駄なことするはずないじゃん。ねえ?」

 ねっとりと笑うタレ目気障男は、おそらく私を助けてあげたとでも思っているのだろう。私は曖昧に微笑んで、返事の代わりにお酒に口付ける。

 ごめんなさいね。あなたたちの目の前にいる女は紛れもなく椎名玲一の愛人で、昨夜だって彼の指先でさんざん喘がされてきたところです。

 ありとあらゆる噂と悪口で盛り上がっているこの会場で、そんなことをバラしてしまったら皆はどんな顔をするだろう。驚く? 呆れる? あるいは軽蔑されるかもしれない。

(馬鹿なこと、か)

 玲一さんが好きだから、彼のことをもっと知りたいと思った。

 たとえどのような関係でも、何もないよりマシだと思った。

 今もその気持ちに嘘はない。でも、私が今までしてきたことは、客観的に見ればそんな五文字で片づけられるもので。

(……否定、できないな)

 ふっと小さく笑みを漏らし、追加のお酒を注文する。

 グラスに結露する水滴を見下ろし、静かにため息を吐いた私を、松岡くんが心配そうな眼差しで見つめていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ
恋愛
 ケダモノを148円で買いました――。   「結婚するんだ」  大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、 「私っ、この方と結婚するんですっ!」 と言ってしまう。  ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。  貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

エリート御曹司は傷心の彼女に溢れる深愛を甘く刻み込む

松本ユミ
恋愛
旧題:君に捧げる一途な愛~御曹司は傷ついた彼女を守りたい~ 木下志乃は付き合っていた彼氏を妹に奪われた過去があり、恋愛に消極的になっていた。 ある日、志乃と同じ会社で働いている無口で堅物と言われている経理部課長の小笠原政宗と知り合う。 いろんな偶然が重なり、一緒に過ごす機会が増えた志乃と政宗。 次第に政宗のことが気になり始めるけど、元カレの裏切り行為に心に傷を負った志乃はどうしても一歩踏み出せずにいた。 そんな志乃を「誰よりも大切にする」と言って政宗は一途な愛で包み込み、二人の距離は縮まっていく。 だけど、ひょんなことから政宗がとある会社の御曹司だと知った志乃。 政宗本人からそのことを聞かされていない志乃はショックを受けてーーー。

処理中です...