図書館に棲む落ちこぼれの神様

渋川宙

文字の大きさ
12 / 21

第12話 中途半端

しおりを挟む
「静嵐」
 そして、いつもならば声を掛けることさえ躊躇っていたというのに、彼の前にいくと呼びかけた。
「っつ」
 静嵐はびくっと肩を震わせて顔を上げ、愛佳をまじまじと見つめる。
「私から話し掛けなきゃ駄目なんでしょ?」
「――最初はな」
 愛佳の問いに、むすっとした顔で静嵐は答えた。ちょっとは手応えアリか。
「お願い。少し、話をさせて」
「――解った。でも、昼間は困る。夕方、六時くらいにもう一度来てくれ」
「――」
 今、まだ午後一時だ。どうして昼間は駄目なのか。ひょっとして逃げるつもりかと、色々なことが頭に浮かんだ。この偏屈な神様の言うことを、素直に聞いていいのだろうか。
「大丈夫だ。俺はここから動かない。行く場所もないしな」
「――解った」
 行く場所もないと言われて、胸がぎゅっと締め付けられた。
 そうか。ようやく得た場所がこの図書館だったんだと、今更ながら気付く。
 それまでは、気を許した誰かによって、僅かに与えられた場所にいただけなのだろう。
 愛佳はこの場で色々と問いただしたい気持ちを抑え、ともかく、六時にもう一度図書館に来ることにしたのだった。



 そして六時。静嵐はちゃんと、いつもの場所で本を読んでいた。外からの明かりが減って人口の光だけになると、より、髪の色の薄さが気になった。それだけ、消えかかっているということか。
「どこで話す?」
 現れた愛佳に向けて、静嵐は覚悟を決めたかのように顔を上げて訊いてきた。初めてのことにどきっとした愛佳だが
「鴨川沿いとか、どう? この時期だったら、川辺に座っている人も多いし、不自然じゃないと思うけど?」
 そう提案した。喫茶店や居酒屋なども考えたが、静嵐のことを考えると、そういう場所は相応しくないように思ったのだ。
「いいな。行こう」
 愛佳の提案に満足したように頷くと、静嵐はやっと立ち上がった。そして愛佳の横に並ぶ。
「――」
 しかし、それに愛佳は緊張してしまった。イケメンで背が高くて、いいとこ取りのような静嵐だ。神様だという事情を知っていても、勝手に心臓がドキドキとしてしまう。
「どうした?」
「う、ううん。行こう」
 緊張を振り払うように、先に愛佳が歩き出した。静嵐は、何だか渋々とくっついてくる。
 大学からしばらく歩かないと鴨川には着かない。その間黙ったままというのも変なので、愛佳は質問を始めた。
「ずっと、図書館を守ってたのよね?」
「そうだな」
「その前は?」
「餅をくれる人がいた」
「――」
 餅。何だろうと思ったが、ひょっとしなくてもお供え物か。やはり昔は、神様として扱われていたらしい。
「普通の人と同じに見えるのに」
「それはそうだろう。俺は中途半端なんだ」
「中途半端?」
 てくてくと今出川通を歩きながらも、疑問は増える一方だ。
「そう。中途半端なんだよ。俺の血の半分は人ならざる者のもので、半分は人間のものなんだ」
「えっ?」
「神が人を見初めるという話は、色々と知っているんじゃないか?あれ」
「ああ」
 客神ということかと、愛佳は頷いた。
 何らかの理由で別の地にやって来た神様が、その土地の乙女と交わるという話はよくある、らしい。これはもちろん、本当の神ではない場合もある。土地の有力者を神とし、無垢な乙女を差し出すことがあったそうだ。
 他にも土地の神を饗応するために、というのもある。なんにせよ、女性の意思とは無関係に、勝手に決められることだ。そのことは、女子である愛佳には複雑な気分にさせられる話だ。
「ま、そういう事情で生まれたのが俺だ。普通は人間として一生を全うして終わりのはずなのに、俺の場合はどういうわけか、神の血が勝ってしまったらしい。死ななかった」
「じゃあ」
「でも、本当の神じゃないから、誰かの信仰の対象というわけでもない。結果、ずっと中途半端なんだ。さすがに途中から歳を取らなくなったように姿が同じであることで、人ではないと昔から認識されてはいたが」
「――」
 それは、どういう気分なのだろうと、愛佳は何も言えなかった。半分は神様なのに、神様じゃない。でも、人間でもない。
「普通ならばそのまま負の感情に飲まれて妖しやよくないモノになって、人に害をなしていただろう。でも、これは母の力なのかな。なんとか、土地の人たちに守ってもらえた。でもそれは、母がいた間と、その事実を知る人たちがいる間だ。徐々に、こいつは何だろうということになる」
「――」
 そんな話をしていたら、鴨川が見えてきた。川を吹く風が冷たくて気持ちいいが、今はそれを喜ぶ気分にはなれない。
「それでも細々と守ってくれる人はいてね。なんとか、今までは存在してこれた。正直、うんざりだけど」
「どうして?」
「何年、この世にいると思うんだよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

夢見るシンデレラ~溺愛の時間は突然に~

美和優希
恋愛
社長秘書を勤めながら、中瀬琴子は密かに社長に想いを寄せていた。 叶わないだろうと思いながらもあきらめきれずにいた琴子だったが、ある日、社長から告白される。 日頃は紳士的だけど、二人のときは少し意地悪で溺甘な社長にドキドキさせられて──!? 初回公開日*2017.09.13(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.03.10 *表紙イラストは、イラストAC(もちまる様)のイラスト素材を使わせていただいてます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

処理中です...