双子協奏曲

渋川宙

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第33話 総ては白日の下に

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「それに今も勘違いの真っ最中なんだ。そろそろだな。天翔」
 どうやらばれたわけではなかったかと、龍翔は溜め息を吐いてから天翔を呼んだ。それに駆は何を言っているんだとの目をしていたが、自家発電機の置かれる部屋から天翔が出てきたことで、それはもうビックリとはこの時に使うのだなというほど驚いた。目が大きく見開かれ、それが信じられないとばかりに口がぽっかりと開いている。
「え、若宮先生が二人。ええっ」
 ようやく出てきた言葉もそれだけという有様だ。これはちょっと脅かし過ぎたかと、これをやってみたかった龍翔は思わず反省してしまう。たしかにあまりに同じなのだ。この日の服装も、上は白色のワイシャツで下は黒色のズボンと驚異の一致率だった。黒子の側に分けている前髪さえ、鏡に映したようにぴったりと同じ形になっている。
「そう。黙っていたけど俺たちは双子なんだよ。だから、俺が一人になっていたのはこの兄と連絡を取るためだったんだ」
 驚きから抜け出せない駆に、天翔が一歩前に出てそう言った。それによって駆の目はまた一段と大きく見開かれる。
「どうして」
「それは苗字を知ればよく解るよ。俺は友部龍翔という。若宮じゃないんだ」
 これが一番解りやすいよなと、龍翔はフルネームを伝えた。下の名前はちゃんと双子であることを示しているというのに苗字が違う。事情を知らなければこれほど不思議なことはない。
「結婚されたわけではなく」
「違う違う」
 しかし驚いているわりに冷静なツッコミをする駆に、龍翔の思惑はあっさりと崩れた。そうか、男だからって結婚して苗字が全く変わらないわけではない。婿養子という可能性があった。
「まったく。あれだけの推理をしておいて、肝心なところで詰めが甘いんだから。事情はこうだ。幼い頃に俺が養子にいったせいだよ。そのせいでつい一年前まで兄がいるとは知らなかった。だから周囲に知らせずに連絡を取っていたんだよ。こうやって混乱が起こるし、何より俺自身がまだ気持ちの整理を付けられていなかったからな」
 肝心なところが抜けていると、結局は説明を引き継ぐことになる天翔だ。それに、ここからは自分の言葉で言わなければならないだろう。それに、起こしてしまったことは重大だが、それが自分のためにとの思いを持ってやったことであるのも事実だ。
「そんな」
「事実だよ。兄さん」
 いつも持っているあれを貸してくれと、天翔は手を出す。それに龍翔は見つかってよかったと呟きながら胸ポケットからあの定期入れを出した。その定期入れがここの土産物店で売られていることに気づいた駆は、これも何かの運命なのかなと肩から力が抜けてしまう。
「これが証拠。俺もこれを見せられるまで他人の空似ではと思ったんだけどね」
 と、天翔は負け惜しみのように付け加えてしまった。それは見た目や服装の好みが同じでも、性格がまるで違うためだ。自分はこれほど鬱々としているのにと、その明るい性格の龍翔を恨んでしまった。
そんな出会いだったのに、龍翔の必死に探していたとの言葉を聞いていると恨む気持ちは消えてしまった。いつもどこかにいるはずだと信じていたと、その真っ直ぐな目で訴えられてしまった。ああ、この人も寂しかったのだなと理解したということか。
 自分が両親だと思っていた叔父夫妻から愛情を感じ取れなかったのと同じように、龍翔は両親が時折見せる天翔への思いを見ながら成長したのだ。だから余計にもう一人の自分を探していた。
「双子、ですか」
 駆はもう言い訳するのが面倒だとばかりにそう呟いた。そして、これまでのことを吐き出してしまう。
「チャンスだと思ったんですよね。俺、若宮先生のことが好きだし、ここでずっと一緒に研究出来たらって思いました。正直、煙草や薬で坂井とはよく喋っていましたけど、やっぱり周囲のご機嫌を窺いながら悪いことをしているっていう姿勢が好きになれなくて。片桐先生に薬が一度ばれて以来、坂井はずっとあの調子で片桐先生のご機嫌を窺っていたんです。いつ薬のことをばらされて左遷されるか解らない。そういうことだったんですよ。そんな時、あの事件が起きたんです。俺、殺すつもりなんてなかった。ちょっと鳥居先生に言って、若宮先生に講師のポストが行くようにならないかな。そんな話をしていただけなんです」
 そこで、圭太の気が大きくなってしまったのだという。俺が口をきいてやるからもっと薬を寄越せ。この雨で気分が滅入って仕方がない。そういう、冗談のようなものだった。もちろんこの時点で本気になっていたわけではない。ただ、その冗談に乗ってしまったのがいけなかった。
「それで調子に乗って吸っていたらあいつ、急にへらへらと笑いだして。あんなことになったのは初めてで、どうしていいか解らなかったんです。今、俺が何か問題を起こせば研究室の責任者である若宮先生に迷惑が掛かる。それだけではない。次の職を得るのに不利になるのではないか。そんなことを考えていました。その少し前に、たぶん誰もいなければ煙草を吸おうと思っていた坂井に悪口を言っているのを目撃されたのも、気持ちを追い詰めていました。朝、鳥居先生が注意にやって来たばかりなのに。そんなことが、頭をぐるぐる」
 言っているうちに当時のことを思い出したのだろう。駆はぶるっと身体を震わせる。
 そうしている間にも圭太はへらへらと笑い、今にも給湯室を出て行きそうだった。これはもう何とかして止めるしかない。そう夢中になっていたら、いつの間にか包丁を握っていた。そして無我夢中で刺していた。心臓を一突きしたのはたまたまだが、力一杯刺したために、ああいう具合に深々と刺さったのだった。気が動転した駆は抜こうとしたものの、それすら叶わないくらいに刺さっていた。
「次に困ったのが薬です。口に銜えたままの薬を何とかしないとと、鍋に水を汲んで消しました。吸い殻は総て自分の携帯灰皿に入れて持ち出して、久保の事件の前にこっそりと捨てました。携帯灰皿は、いつも給湯室で吸った時は吸い殻を処理しなければいけないんで、持ち歩いていました。どうして、そうなったのか。若宮先生、じゃなくてそちらの人が指摘したように、これは何の計画もなかったです」
 そこで駆は一度大きく息を吐き出した。一気に喋ったせいで酸欠になったのだろう。しかし今言わなければとすぐに口を開いた。
「次の久保のこともそう。別にあれ、薬の効果を試したわけじゃないです。これを吸ってもあんな風に変にならない。そういう保証が欲しくて久保に勧めていました。最悪ですよね」
 駆はそう言うと、ズボンのポケットから煙草の箱を取り出した。しかしこれこそ薬なのだ。紙に巻き、煙草状にしていつでも末得るようになっている。
「あのボールは、今から薬を使うっていうサインみたいなものだったんです。別に新薬が手に入ったとか、そういう意味合いはないです。あれを持って、俺たちはふざけて、今から宇宙に行くんだなんて言ってました。吸い始めたのは、単なるストレスだったんです。ここに来た当初、つまり若宮先生が来る前までは何だか上手くいかないことばかりで。そんな時に坂井に勧められました。今思えば、同じように気の弱い仲間が欲しかったのかもしれないですね。俺、あいつを恨んでいたのは自分を見ているようで嫌だったかもしれません」
 天翔のためにとどこかで言い訳して殺人まで犯した自分は、いつも雅之の出方を窺って自分の立ち位置を必死に守っていた恵介と何が違うのだろう。そう、恵介は胡麻を擂っていたというよりも雅之にいつか追い出されないかと不安だったというのが正確なところだ。
「その、久保君はどうして」
 反省する駆に、龍翔は思わず訊ねていた。それに天翔は止めておけと思わず袖を引っ張る。
「警察に任せておけばいいだろ。俺たちの役割はここまでだ」
「いえ。久保に関してはかなり焦りましたね。だって、この薬でおかしくならないという確証が欲しかっただけですよ。それなのに起こったことは真逆だった。実はこれ、いつも吸っているヤツと同じだったはずなんです。しかし、粗悪品になったのか幻覚作用が恐ろしく出やすくなっていた。久保は最初こそ普通でしたけど、何だか吸い足りないってあの土産物店の近くの自販機コーナーで吸っていたらおかしくなって」
 そう言ってぐしゃっと煙草の箱を握りつぶした。これとは決別しなくてはならないのだ。それはもっと早くに気づくべきことだった。
「そういうのは利益を得ようと混ぜ物をすることが多いというからね。大方、売っていた奴らがもっと稼ごうと考えて質を下げたんだろう」
 違法のものがそもそも品質保証されているはずがないのだ。それは違法薬物だけでなくコピー薬物でも言えることだ。ダイエットを主眼とした薬やバイアグラで問題になっているという。これは、昨日の夜のニュースでやっていた情報だ。大雨情報を見るために付けていたテレビが妙なところで役に立つ。
「そうですよね。これを信じたこと、それこそが馬鹿でした」
 龍翔の言葉が最後のダメ押しとなったかのように、がっくりと駆はその場に頽れた。そして、何をやっていたのかと求めるように視線が天体望遠鏡へと向く。ここで研究することが目標で、ここでずっと研究していたかったはずだというのに、自分が進んだのは破滅の道でしかなかった。どうして薬なんかに手を出したのか。今やっと後悔がやって来た。
「もういいようだな」
 そこに恭輔を伴った吉田がやれやれといった調子でやって来た。龍翔がここに駆を連れて来るまでにやって来て、天翔と潜んでおくように言ってあったのだ。
「トリックに関して、俺たちが見抜くまでには時間が掛かっただろうな。ドライアイスを使ったとなると痕跡は残っていない。ペットボトルが椅子のところに転がっているのも、被害者が飲んだものだとして流してしまうところだっただろう。さすがは日本で一番頭のいい大学の先生だ」
 吉田は感謝しつつも、渋々といった感じで龍翔に向けてそう嫌味を言う。しかし今後は絶対にこんなことはないからなと言いたいらしい。
「はあ。たまたまですよ。普段から頭で計算するのが仕事ですから。単なる仮定の積み重ねです」
 しかし龍翔にはそこが通じていない。普通に受け流し、しかも過程でしかないと言ってしまうほどだ。
そもそも龍翔は二度とこんな場面に遭遇することはないと考えている。何らかの事件に遭遇する確率なんて、宝くじに当たるより低いだろう。そう思えば龍翔の態度は当然だった。
「はあって、溜め息を吐きたいのはこっちだよ。ほら、立て。詳しくは署で聞く」
 吉田は恭輔を見つめて固まったままの駆の腕を引っ張った。そして、この場は緊急逮捕が成り立つからなと手錠を掛ける。まったく、学者には二度と関わり合いたくないものだと、内心毒吐いていた。
「先生」
「よく反省しろ。そして、何がしたいのかを考えるんだ」
 恭輔はそう諭すように言うだけで、責めることも怒ることもなかった。龍翔と話すうちに反省した。その事実を考慮したのだ。駆はそれに対しぺこりと頭を下げ、吉田とともに天文台室を後にした。最後に一度、天体望遠鏡へと目を向けたのはここに戻ってきたいとの気持ちがあることを示していた。
「何だかやるせないな」
 ゆっくりと去って行った駆の後ろ姿をじっと見つめていた天翔はそう呟く。悪かったのは彼らがこっそりやっていた薬物なのだ。誰かが誰かを恨んでの犯行ではなかった。それがどうしても、すっきりとした気分にならない。様々な理由が重なっていたことも、天翔の気持ちをすっきりされない要因だった。
「それにしても相変わらず君は説得力があるな。どういう人間でも、最後は君に気を許してしまう気がするよ」
 恭輔もどう感情を処理していいか解らなかったが、ただ一つ言えるのはこれだった。あの場で龍翔が冷静に事実だけを重ねていなければ、犯人である駆は自分がやったと認めなかっただろう。実際、龍翔は駆がやったとの直接的証拠を掴んだわけではない。
「そうですかね。彼は天翔が薬物を使用していないと知った段階でもう反省していましたよ。俺の無理な推理を受け入れられたのも、やっぱり天翔を思う気持ちがあったからです。ここでずっと研究したい。天翔と一緒ならばきっと変われる。そういう思いがあったんですよ。恐らく薬をしているのではとの疑いも、本気ではなかったのではないかと思いますね。俺が現れたことでの説得力は大きいでしょうけど、それでもやっていることを盾にどうにかしたいならば、もっと追及することを言っていたはずです。本当は、ずっと止めたかったんじゃないですかね。それがどういうわけか坂井殺害を考えるまで追い詰められてしまった。それが真相だと思います」
 なんだかんだと色々考えてはみたものの、どれも実際に会った駆とはかけ離れた想像だったと思うより他はない。やはり考えていることと実際に起こったことは別物だと、研究のようにはいかないなと痛感した。
「そうやってすぐに考えを変えられるから凄いんだよ。なあ、若宮」
 理由が天翔にあったと考えても、天翔の気持ちに負担にならないような言い方をする。その配慮を出来るのはなかなかのものだ。しかし同意を求められた天翔としては、複雑な心境であることは変わりない。ちょっとむすっとした顔をすると、駆も見つめていた天体望遠鏡へと目を向けていた。
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