狙撃銃は女神の懐

荒井文法

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第三章 組立

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 部屋に入ると、微かにタバコの匂いがした。
 玄関のドアは、事件発生時からずっと開いているようなので、一時間近く外気を入れていることになる。それにも関わらず、タバコの匂いが残っているということは、この部屋の住人は愛煙家なのだろう。警視庁に入庁した頃、警視庁のどの部屋も、こんな匂いがした。
 救急車で搬送された女性は、この部屋で倒れていたらしいが、もしも、この部屋の住人がその女性だとすれば、あまり女性らしくない生活をしていたようだ。タバコの匂いだけでなく、部屋の中のシンプルさも、女性らしくない生活を想像させる。
 シンプルな部屋なので、調べる箇所は少なそうだ。鑑識が到着するまでの間に、自分が調べたい箇所を調べ終えてしまうだろう。
 地面に財布が落ちている。財布の中身を調べると、お札は一枚も無い。運転免許証はあった。運転免許証には、町田恵、と記載されている。運転免許証の写真は女性のように見えるが、この部屋で倒れていた女性かどうかは分からない。玄関前で見張りをしている警察官に運転免許証を見せると、「はい、この人です」という返事があった。この警察官は、現場に最初に到着した警察官だ。救急車よりも早く到着したらしい。
 「倒れていた人の様子は?」私が質問した。
 「話しかけてみたのですが、うめき声のような返事をするのがやっと、という感じでした」
 「どんなケガだった?」
 「たぶん、左胸に一箇所だけだと思います。私が来たときには、下の階の方が止血していたので、実際に傷口を見てはいませんが……」
 左胸に一箇所と聞いて、嫌な予感が脳を支配する。
 あの犯人が、こんな見窄らしいアパートを標的にするはずがない、ただの偶然か、模倣犯だろう。そこまで一気に考えたが、嫌な予感はまったく薄まらない。外で光っているパトカーの赤い光のように、その存在を主張している。パトカーの光を見つめていると思考が停止してしまう気がしたので、部屋の中に戻り、調査を続けた。
 部屋の中で気になる箇所は、玄関のドアと、机の周辺くらいしかない。
 玄関のドアは、中央部分がやや凹み、蝶番が緩んでいる。また、ドアノブの動きに連動する爪の部分が拉げ、削れている。おそらく、体当たりで、力任せに、ドアを無理矢理開けたのだろう。
 机の上にはディスプレイが三台乗っていて、電源は入っているが、いずれも黒い画面のままだ。パソコン本体が置かれていたと思われる机の下には、ケーブルが散らばっている。この部屋の中で一番高価な物を盗んでいったと言われれば、それで納得してしまうくらい、この部屋の中はシンプルだ。
 机とパイプベッドの間には、赤い染みがある。
 これで、今の自分が調べられるところは調べ終わってしまった。鑑識はまだ到着しない。アパート付近の道路は車一台が通れるくらいの幅しかなく、マスコミ車両や野次馬に行く手を遮られて、到着が遅くなっているのかもしれない。
 止血していたという下の階の住人に話を聞きに行こうか、と考えていると、部屋の隅からメロディが流れてきた。メロディと同時に、振動音も聞こえてくる。着信音だろうか。音は、パイプベッドと壁の隙間から聞こえてくる。パイプベッドの下には収納ボックスがあるが、ベッドから独立しているため、簡単にパイプベッドを動かすことができた。パイプベッドを少しだけ動かし、壁との隙間を作り、腕を突っ込み、音の正体を拾い上げる。スマートフォンだった。
 スマートフォンの着信画面を見ると、少し驚いた。月本志朗と表示されている。同姓同名だろうか。とりあえず、電話に出ることにした。
 「もしもし」私が言うと、相手は数秒沈黙した。
 「……マチダの携帯電話でしょうか?」相手が言った。
 「はい、たぶんそうだと思います。ツクモトさんですか?」
 「はい、そうです。あなたは誰ですか?」
 「申し遅れました。申し訳ありません。私はリュウガイです。お久しぶりです」
 「え……リュウガイさん、ですか……?」
 「はい、リュウガイアキヒロです」
 「どうしてリュウガイさんが……?」
 今の状況をどこまで話すべきか迷った。ツクモトさんは恩人だが、王都放送の職員でもある。犯人である可能性もある。今の状況を伝えたいが、重要な情報の流出は絶対に避けたい。
 「……ツクモトさんは、恩人なので、少し無理して話します。まず始めにお伝えしなければならないのは、私は警察官だということです。なので、今から私が話すことは、どうか、口外しないで下さい。よろしくお願いします」
 数秒待ったが、ツクモトさんの反応は無かった。話を続ける。
 「マチダさんと思われる方は、何者かに襲われ、病院へ搬送されました」
 「襲われたって、ケガをしたんですか?」ツクモトさんの声が大きくなった。
 「はい」
 「大丈夫なんですか?」
 「私が現場に来た時にはすでに搬送されていましたので、ケガの詳細をお伝えすることが難しい状況です」
 「そんなに酷いんですか?」
 「すみません……本当に分からないのです……申し訳ありません」
 「……どこの病院に運ばれたのでしょうか?」
 「……青柳病院です」
 「ありがとうございます。無理を言って申し訳ありませんでした。今からその病院へ行きたいと思います。あの、マチダの家族には、もう連絡しましたか?」
 「いえ、これからです」
 「実は、マチダには母親くらいしか家族がいなくて、その母親も、普段ほとんど家にいなくて、連絡がとりづらいので、繰り返し電話をかけてあげてください。僕からも電話してみます。よろしくお願いします」
 「ありかとうございます。そうしてみます。ただ、ツクモトさんからのご連絡は、どうか、ご遠慮ください」
 「分かりました。すみません。それでは失礼します」
 言い終えるとすぐに、ツクモトさんは電話を切った。一刻も早く青柳病院へ行きたいのだろう。ただ、青柳病院には、すでに警察官が配備されている。おそらくツクモトさんは被害者に会えないだろう。そのことを伝えようかとも考えたが、今のツクモトさんには不要な情報だと勝手に判断した。私が何を言っても、ツクモトさんは青柳病院へ向かったはずだ。
 通話状態が終了したスマートフォンを眺める。まずは、ツクモトさんが話していた被害者の母親に電話をしようと考えていたが、スマートフォンの画面に表示されていた『バックアップ完了』の文字が少し気になり、その文字をタップする。表示されたデータを見たあと、すぐに電話をした。
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