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アロイス編

愛しいヴェンデル

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 夏以来の、バーチュ王国の宮殿に辿り着いた。そろそろ日が傾き始めた頃ぐらいで、夕焼けに映える白い宮殿にロルフ達は見入っていた。まるで、絵画のような光景が目の前に広がっていた。自分たちが見慣れた城と、ずいぶん違う。戦の時に壊された門は修繕されていて、より強固になっていた。

「とりあえず、荷物を運んで頂戴。今からあなたたちの部屋に案内するわ。それから、アロイスの部屋に案内するわね」
 宮殿から、兵士たちが出てきてそう多くはない荷物を運んでくれた。ヴェンデルガルト達は、宮殿の南の方に連れていかれた。彼女の部屋は少し向こうに木々が並ぶオアシスが見える、見晴らしがいい広い二部屋続きの部屋だ。その部屋の隣は、ビルギットとカリーナの為の部屋になった。本来なら、使用人が主人の横の部屋になることはない。三人が一緒の方がいいだろう、というツェーザルの配慮だった。
「ロルフの部屋はね、少し悩んだわ。本来夫以外の男性を、女主おんなあるじ近くの部屋に住まわせるのは良くないことだから。でも、あえてビルギットとカリーナの隣の部屋にするわ。あなたは、ここでもヴェンデルガルトちゃんの護衛担当だものね」
「有難うございます!」
 ロルフは、ヴェンデルガルトの護衛を自分に任せてくれるというツェーザルの言葉に、感謝を込めて深々と頭を下げた。そうして部屋が決まると、持ってきた少ない荷物を自分たちの部屋に並べた。

「じゃあ、夕食の前にアロイスに会いに行きましょ」
 忙しいはずなのに、ツェーザルは一日ヴェンデルガルト達に付き添ってくれる。荷物が片付いたのを確認して、待ち侘びて居るだろう再会を口にした。テオは、ヴェンデルガルトの部屋でお留守番をする。使用人が水の入った器を持ってきてくれたので、ご機嫌な様子でその水を飲んでいた。
「はい!」
 緊張した面持ちで、ヴェンデルガルトは頷いた。
「私たちは、ここでお待ちした方がよろしいでしょうか?」
 カリーナは行く気満々だった様子だったが、ビルギットは久しぶりに会う二人に遠慮の言葉を口にした。しかし、ヴェンデルガルトは彼女を安心させるように微笑んで見せた。
「私の家族を、アロイス様にちゃんと紹介したいわ。一緒に来てくれないかしら?」
「喜んで。行こう、ビルギット」
 ロルフにも促されて、ビルギットは安心したように頷く。

 アロイスの部屋は、そう離れていなかった。宮殿の作りも不思議なのか、ビルギット達は案内されながら辺りをきょろきょろと眺めた。
「アロイス、ヴェンデルガルトちゃんたちを連れて来たわ。入るわよ?」
 奥まった部屋に着くと、ツェーザルはノックをしてからそう声をかけた。部屋の中から「はい」と短い声が聞こえた。短くても、それはアロイスの声に間違いなかった。高鳴る胸を落ち着かせながら、ヴェンデルガルトはドアを開けて中に入るツェーザルの後に続いた。

 懐かしい部屋だった。何度か食事をしたり、お茶をして話をした部屋だった。ツェーザルとは少し違う、南の果実のような香油の香りがする。その部屋に置かれたベッドの上に、懐かしい龍の瞳を持つアロイスが横たわっていた。
「アロイス様!」
 彼の姿を見て、ヴェンデルガルトは思わずそのベッドに駆け寄った。少し瘦せたようだったが、アロイスはヴェンデルガルトが自分の名を呼ぶと愛おしそうな笑顔を浮かべた。駆け寄ってくる彼女を、ギュッと抱き締めた。
「ヴェンデル……夢じゃないよな? 本当に、帰ってきてくれたんだな?」
「夢ではないです。アロイス様の元に、帰ってきました! 私を花嫁にして下さると、約束してくれたあなたの元に」

 ヴェンデルガルトは、話したいことが沢山あった。しかし、口から出た言葉はそれだけだ。懐かしいアロイスの声と香りに、涙があふれて抱き着くしか出来なかった。
「そうか。俺も、お前と夫婦になる夢を諦めきれずにしぶとく生き延びた。有難う――俺の元に帰ってきてくれて」
 アロイスの頭に、バルシュミーデ皇国のジークハルト皇子の姿が浮かんだ。彼も彼女を愛していると、本能で感じていた。きっと目覚めなければ、ヴェンデルガルトは彼のものになっていただろう。

 しかし、彼なら諦めもついた。真面目で正義感が強そうな男だった。援軍が来る前に一緒に戦い、彼の誠実さを認めていた。剣の腕も、皇子でありながら素晴らしかった。だから他の誰でもなく、彼なら許せる――だけど、諦められなかった。
「ヴェンデル、顔を――よく見せてくれないか?」
 アロイスが抱き締める腕を緩くして、ヴェンデルガルトにそう言った。ヴェンデルガルトは彼の身体から離れると、正面から彼を見つめた。
 金の髪に、大きな金の瞳。愛くるしく、天使のような愛しい――利用する為として攫ったはずの彼女に、アロイスが本気で愛した唯一の女性だ。心を癒してくれた上に、戦では自分や兵の為にも健気に戦ってくれた。もう二度と、この手を放したくないとアロイスがギュッと彼女の手を握った。
「お帰り――愛おしい、俺のヴェンデル」
「アロイス様も――お帰りなさい」
 二人は見つめ合ってそう言い、優しく微笑み合った。

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