赤い車の少女

きーぼー

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第2章

護法先輩、推参

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シーン1

 鈍太郎「それから幽霊少女は毎晩、俺の部屋を訪ねて来るようになったんだ。俺があの少女を跳ねた赤い車を見つけたのかを確かめるために。えっ?どうして俺の家が判るのかって?俺がこの「呪紋」を付けている限り何処にいようと居場所が判るらしい。命だって簡単に奪えるそうだ。俺が学校を休んで赤い車を探し始めてから、もう10日以上になるけど犯人の車は全然見つからないし、そもそも警察が捜しても見つからないのにそう簡単に見つかるわけない。あいつ毎晩、俺の部屋に来るんだけど見つけられなかったと言う度に段々と不機嫌になっていくのが判るんだ。どうしよう美湖。俺このままだと近いうちに役立たずだと思われて殺される。ううっ、俺まだ死にたくないよ!」

鈍太郎から話を聞いた次の日の夜、わたし鈴木美湖は護法先輩と共に鈍太郎の自宅の彼の部屋の中にいた。
もちろん鈍太郎も一緒だ。
わたしと先輩がこんなに夜遅くに鈍太郎の部屋を訪ねたのにはもちろん理由がある。
それは毎夜、彼の部屋を訪れるという幽霊少女と対決するためだ。
相手をよく知らなければ対処のしようがないとの護法先輩の提案でとにかく一度、幽霊少女と会って見る事にしたのだ。
わたしはすごく怖かったけど。
鈍太郎の話を聞いたのは昨日の事だが今日になってわたしは思い切って学校で護法先輩に鈍太郎の事を相談してみたのだ。
鈍太郎の話はにわかには信じがたいものではあったがわたしは彼が嘘をついていないことについては確信があった。
子供の頃からの付き合いだからかあいつが嘘をつくと大体判るのだ。
それに左手の甲の不思議な模様の事もある。
あの紋章は明らかに何か尋常じゃない力によってつけられたものだ。
かといって話の内容が内容である。
親や学校そして警察に話してもまともに聞いてはくれないだろうという事はわたしにもわかっていた。
思い悩んだ挙句、わたしはオカ研の会長である護法先輩に助けを求めたのだ。
護法童司先輩は学校一、いやおそらくは日本一の秀才であり我が校の生徒会長。
なおかつ護法神社というとても古い格式ある神社の跡取り息子。
そして先輩以外はメンバー全員が「幽霊部員」だというオカルト科学研究会というおかしな同好会のリーダーでもあった。


シーン2

 鈍太郎から話を聞いた次の日の放課後、わたしは護法先輩に鈍太郎の事を相談する為に旧校舎にあるオカ研の部室に向かった。
そして一つの机に向かい合って座る護法先輩に対してわたしは鈍太郎から聞いた話を包み隠さずに伝えた。
護法先輩はわたしの話を真剣に聞いてくれていたがわたしが「呪紋」という単語を言った途端、先輩の顔色が変わった。
護法先輩「それはどんな紋様だった?」
わたしが紙に覚えている限り正確にその模様を描くと護法先輩はますます深刻な顔になった。
護法先輩「こ、これは」
わたしは心配になって聞いた。
美湖「先輩。この模様の事、知ってるんですか?教えて下さい」
護法先輩は最初わたしに話すべきかどうか迷っている様子であったがやはり情報を共有した方がいいと思ったのだろう。
この紋様について先輩が知っている事を教えてくれた。
なんとこの紋様はヨーロッパのイングランド地方に古代から存在する「オゥメン教団」というカルト教団がよく使用する紋章なのだという。
その教団は有名な魔術師や呪術師を数多く輩出しており、中には物言わぬ物体に生命を与えることができる者さえいたと言われているそうだ。
彼らはキリストの死後ちょうど2000年後に生まれるという闇の救世主を教祖として仰いでおり今も多くのメンバーを抱え世界中を暗躍しているのだ。
ということはその「闇の救世主」と呼ばれる人物はもうこの世に存在しているのだろうか?
美湖「先輩は今回の事件にその教団が関わっていると思いますか?」
護法先輩「いや、思わない」
護法先輩はかぶりを振って否定した。
護法先輩「こんな事件を起こしても彼らには何のメリットもない。もしかしたら間接的には関わっているかもしれないが。今回の事件はおそらくいくつかの偶然と不幸なアクシデントが重なって起こったものだと思う。とにかくー」
護法先輩は急にガタンと席から立ち上がると拳を握りしめ決意を秘めた口調で宣言した。
護法先輩「美湖君の幼馴染の白壁鈍太郎君が何らかの怪奇現象に巻き込まれているのはどうやら事実のようだ。ここは我がオカルト科学研究会の出番だ!他の会員にも召集をかける事にしよう!」
そして護法先輩はわたしに今夜一緒に鈍太郎の家に行き幽霊少女と会ってみようと提案してきたのだ。
美湖「えーっ!幽霊と会うんですか?」
やだなぁ。
護法先輩「怖いのは分かる。だから無理にとは言わないよ。でも君の話を聞く限り無闇に人を襲うタイプの凶暴な悪霊ではないようだ。もしかしたら話し合う余地があるかもしれない。僕は白壁君と話したことはないし君が仲立ちをしてくれると助かるんだが」
わたしはハァと吐息をついた。
美湖「ううっ、わかりました。しょうがないですね。行きます」
自分から相談しておいて護法先輩にだけ面倒事を押し付ける訳にはいかなかった。
護法先輩「よしっ、それじゃ決まりだ。早速、今晩一緒に白壁君の家に行こう。君の彼氏の為に頑張ろう!」
護法先輩がとんでもない事を言ってわたしに握手を求めてきた。
美湖「彼氏じゃありませんーっ!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
わたしの物凄い剣幕に護法先輩はびっくりした様子だった。
驚いた拍子にまた眼鏡が鼻からずり落ちている。
本当にサイズの合った眼鏡を買えばいいのにとわたしは思った。


シーン3

 わたしはその晩、鈍太郎の家に行くため護法先輩と待ち合わせの約束をした。
その時刻まで少し余裕があったのでわたしは一旦、家に帰り自室のパソコンで「オゥメン教団」について調べてみる事にした。
護法先輩は今回の事件は「オゥメン教団」とは無関係だと言っていたがわたしは少し気になっていたから。
ネットの情報にはもちろん有用なものもあるが結構いい加減なものも多い。
情報を取捨選択して正確に判断する事が大事だ。
鈍太郎はネットの情報を頭から信じ込んでるけど。
そんなこんなでわたしは「オゥメン教団」についてネット検索をしていたのだがー。
びっくりしてしまった。
やばい。
ヤバすぎる。
こいつら本物の悪魔だ。
ネットの情報だから鵜呑みには出来ないがフリーメーソンなんか目じゃない。
彼ら「オゥメン教団」は何世紀にも渡って歴史の闇で暗躍し何十万人も死んだ戦争や大虐殺を引き起こしたと言われていた。
「反キリストの闇の救世主」を教祖として仰ぐ彼らは、この世をサタンの君臨する地獄に変える事がその究極の目標なのだと言う。
彼らは魔術や妖術のエキスパートでありその開発のためには忌まわしい人体実験すら行っていたらしい。
んっ?なんだ13死徒って?
わたしはネット検索する内に段々と怖くなってしまった。
身体から冷や汗が吹き出して来る。
ふと、わたしの頭に一つの疑問が浮かんだ。
護法先輩は「オゥメン教団」は今回の幽霊騒ぎとは無関係だと言っていたが、もしかしたら亡くなったよしこちゃんの周りに教団の魔術師がいたという可能性は無いだろうか?
そして彼女の事故を利用して何かの目的の為にこの一連の「赤い車の少女」の事件を起こしているという可能性は?
そう彼女にとってごく近しい人物が。


シーン4

 その夜わたしと護法先輩は打ち合わせ通り鈍太郎の家を訪問した。
そして鈍太郎に今回、何故わたし達が彼を訪ねたかについて説明した。
鈍太郎は最初びっくりしていたが有名なオカ研の会長が力になってくれると聞いて嬉しがっていた。
わたし達は鈍太郎の部屋に泊まり込み、真夜中に鈍太郎を訪問して来るという幽霊少女を待ち受ける事にした。
本当の事を言う訳にもいかないので鈍太郎の親御さん達には鈍太郎に遅れている勉強を教えるため泊まり込みで勉強会を開くのだと言っておいた。
護法先輩の秀才ぶりを知っているのだろう、鈍太郎のお母さんはとても喜んでいた。
夜食を差し入れてくれると言ってくれたがさすがにそれは断った。
お母さんと幽霊がバッテングするとまずいもんね。
でもまぁ幽霊少女がやって来る時間までは暇だったから勉強はしたんだけど。
護法先輩はさすがに秀才なだけあって鈍太郎に解りやすく勉強を教えていた。
鈍太郎はちょっと嫌がってたけど。
そんなこんなで真夜中になり鈍太郎の家の他の家族はすでに就寝していた。
そしてわたし達三人は、件の幽霊少女がいつもそこに現れるという鈍太郎の部屋の大きな部屋窓の近くに陣取り、彼女が訪れるその瞬間をじっと待っていた。
ボーン
鈍太郎の部屋の時計の真夜中を告げる時報が鳴った。
ボーン
ううっ怖い。
ボーン
わたしは本当は幽霊とかお化けとかは苦手なのだ。
もちろん鈍太郎の部屋の電気はついていたがこんな真夜中過ぎに静まり返った家の中で窓辺近くの床に肩を寄せ合って座り全員で身じろぎもせずに窓ガラスの向こうの真っ黒な闇を見つめていると段々と恐怖がこみ上げて来る。
おまけにわたし達は今から本物の幽霊に会おうとしているのだ。
わたし一人だったらとても耐えられなかったろう。
わたしは隣に座っている護法先輩に悲鳴を上げてしがみつきたいという強い衝動に駆られたがなんとか我慢していた。
ちなみに鈍太郎には死んでもしがみつきたくなかった。
そして時刻が真夜中を少し過ぎた頃ー。
ついに彼女は現れたのだ。
幽霊少女が。
ガラガラガラッ!!
誰も触っていないのに突然、鈍太郎の部屋の窓がいきなり音を立てて開いた。
外からの冷たい風が部屋の中に吹き込んで来る。
そして大きく開かれた窓の外の空中には彼女がいた。
暗い夜空を背にして幽霊少女が鈍太郎の部屋の窓の外に浮かんでいたのだ。


シーン5

 本物だ。
本物の幽霊だ。
わたしは思わず絶叫しそうになって慌てて両手で自分の口を塞いだ。
隣を見ると鈍太郎は怯えきって体を震わせながら正座していた。
なるべく幽霊少女とは視線を合わせないようにしている。
護法先輩はと言うとまったく動揺した様子がなかった。
床上にあぐらをかいて座りながら腕を組み幽霊少女をじっと観察している。
この人の神経はスチール製なのか?
それともオカルトを研究している関係で「幽霊」とは何度も遭遇しているのだろうか?
開かれた窓の外で空中からわたし達を冷たい視線で見下ろしていた幽霊少女はやがてその視線の先を部屋の隅に怯えてうずくまる鈍太郎の方へと向けた。
幽霊少女の怜悧な声が夜の闇に響く。
幽霊少女「鈍太郎あなたチクッたの?誰にも言うなって私言ったよね」
怯えきって幽霊少女に必死に弁明しようとする鈍太郎。
鈍太郎「ちっ、違うんですう!!こいつらは俺の手下!そう手下なんですうっ!!例の赤い車を捜すのを手伝わせようと思いましてね。へへへへ!!!」
美湖「・・・先輩そろそろ帰りましょうか」
すくっと立ち上がって護法先輩に声をかけるわたし。
誰が手下だ。
護法先輩「そうだな。夜も遅いし」
先輩もわたしに話を合わせ立ち上がって部屋を出ようとする。
鈍太郎「わああっ!!お願い帰らないでぇーっ!!」
美湖「きゃっ!!」
こいつわたし達が帰ろうとするのを見て後ろからわたしの太腿に抱きつきやがった。
ズガッ!!!
すかさず鈍太郎の顔に蹴りを入れるわたし。
鈍太郎「きゅうっ!!」
わたしの蹴りを顔面に受けた鈍太郎は不様に大股を広げてひっくり返る。
窓の外で宙に浮きながらわたし達を冷徹な視線で見下ろしていた幽霊少女はそんな鈍太郎の姿を見て吐き捨てるように言った。
幽霊少女「鈍太郎、あなたって本当、ゴミのような男ねっ!」
鈍太郎「ううううーっ」
苦痛と屈辱に身悶えして床を転げ回る鈍太郎。
駄目だこいつ幽霊にまでディスられてる。
幽霊少女「ふうっ」
鈍太郎のあまりの醜態に毒気を抜かれたか幽霊少女は窓の外の虚空で大きな溜息をついた。
そして何を思ったか闇夜に浮かんだその身をスーッと落下させ窓枠からわたしたちがいる部屋の中に侵入するとそのままグライダーみたいに宙を横移動して隅の方に置かれた鈍太郎のベッドの上にちょこんと座った。
幽霊少女「ちょっと鈍太郎。あなたのベッド臭いわね。ちゃんとシーツ洗ってるの?」
鈍太郎「う、うるせぇ!シ、シーツなんか三年にいっぺん洗えばいいんだよ!」
恐怖に震えながら精一杯の虚勢を張る鈍太郎。
うわぁ。
わたしは鈍太郎の不潔さに呆れた。
だが同時にわたしはベッドに座る幽霊少女の可憐さに目を奪われていた。
さっきは怖くてまともに見れなかったがこうして明るい電灯の下で見ると本当に可愛い少女だ。
鈍太郎のベッドで足を伸ばし座る姿はまるでお人形のようだった。
信じられないほど目鼻立ちが整っている。
年齢は10歳前後だろうか。
そういえば椎名先生の娘さんのよしこちゃんもそのくらいの年齢だった。
やはり先生の娘なのだろうか。
ウェーブがかかった黒い髪につぶらな黒い瞳そして長いまつ毛、思春期前の少女のきゃしゃな身体をイギリス式の古風な黒いドレスで覆っている。
特徴的なのは彼女の右目の下に泣きボクロがあることだった。
それは彼女の完璧な容姿のただ一つの瑕疵と言えたがそれさえも彼女の魅力をさらに引き立たせているように思えた。
幽霊少女は醜態をさらす鈍太郎の姿を、彼のベッドの上からしばしの間、憐れみの表情で見つめていたが、やがてその視線の先を、わたしと護法先輩の方へと移した。
幽霊少女「それで鈍太郎の手下じゃないのなら誰なの?あなた達?」
護法先輩が幽霊少女に答えた。
護法先輩「僕は護法童司。白壁君の学校の生徒会長だ。彼を助けるためにここへ来た」
幽霊少女「ふうん。そうなの」
幽霊少女と護法先輩の視線がぶつかる。
バチッ!!
その瞬間、二人の間に見えない火花が飛び散った様にわたしには思えた。
お互いを値踏みするように見つめ合っている。
なんだろう?
まるで剣の達人同士が間合いを計っているようなこの緊張感は?
幽霊少女は護法先輩を鋭い目で長い間じっと見つめていたがふいに視線を逸らすと今度はわたしの方をチラ見して言った。
幽霊少女「ところでこの女は誰なの?言っとくけどヒロインの座は渡さないわよ」
お前は悪役だろうが!!!
思わず幽霊に大声でツッコミそうになるのを必死に我慢するわたし。
醜い女の戦いが始まるとでも思ったのか護法先輩がすぐに口を挟んできた。
護法先輩「まず君にはいくつか確認しておきたい。君は椎名先生の娘さんなのか?」
幽霊少女「椎名先生?ああっ!お父さんの事ね」
ベッドの上でゆったりと足を伸ばしながら幽霊少女が答える。
やっぱり椎名先生の娘なのか。
護法先輩「君は自分を跳ねた赤い車を捜しているんだね。復讐をする為に」
護法先輩がさらに彼女に尋ねる。
その瞬間、幽霊少女の態度はがらりと一変し憎しみで激しく顔を歪めると怒りのこもった口調で先輩の質問に答える。
幽霊少女「そう、私は自分を跳ねたあの赤い車の運転手を探しているの。絶対に許さないっ!あいつは私から全てを奪った!!八つ裂きにしても飽き足らないっ!」
幽霊少女の美しい顔立ちにそのネガティブな恨みの表情はいかにも不釣り合いだった。
わたしは何だかとても悲しくなってしまった。
隣を見ると鈍太郎もどこか悲しげな様子で自分のベッドの上に座る幽霊少女の方をじっと見つめている。
わたしこいつのこんな表情を見るのはもしかして初めてかも。
何故だか軽い嫉妬のような気持ちが胸の奥からこみ上げてきてわたしはすぐにその気持ちを自分自身で否定した。
一方、護法先輩と言えば床上であぐらを組みながらベッドの上の幽霊少女を真剣な眼差しで見ていたがやがてゆっくりとした口調で彼女に語りかけた。
護法先輩「僕はさっき白壁君を助けるためにこの家に来たと言ったね。実は僕は君の事も助けたいと思っている」
幽霊少女が首を傾げた。
幽霊少女「どういう事?」
護法先輩が話を続ける。
護法先輩「君はこの世に恨みを残してしまった幽霊だ。このまま現世をさまよえばいつか本物の悪霊になってしまう。なんとか早く成仏させてあげたい。それには君の赤い車に対する怨念を晴らす事が必要だ」
幽霊少女がウンウンと頷く。
護法先輩「僕と僕の仲間ならおそらく君を跳ねた車を見つけ出せると思う。子供を跳ねておいてそのまま逃げるなんて僕にも許さない気持ちはあるしね。君のために件の赤い車を見つけよう。ただしその代わり二つの条件を守る約束をして欲しい」
幽霊少女「条件って、何?」
訝しげに幽霊少女が尋ねる。
護法先輩が指折り数えながら幽霊少女にその条件を告げた。
護法先輩「まず白壁君の呪紋を解くこと」
幽霊少女がコクリと頷いた。
護法先輩「そしてその赤い車の運転手、つまり犯人の生命を絶対に奪わないこと」
その途端に幽霊少女が怒りのツッコミを入れる。
幽霊少女「なんでや念っ!!!」
・・・なんか、もう、あんまり怖くないなこの話。
幽霊少女「それじゃ捜す意味がないっ!!あなた一体何考えてるの!?」
激昂し怒りに燃えた目で護法先輩を睨みつける幽霊少女。
護法先輩はそんな幽霊少女の怒りを受け止めつつ諭すような口調で彼女に語りかける。
護法先輩「僕はさっきこのままだと君は悪霊になると言ったね。もしも君が自由意思で自分を跳ねた犯人を殺した場合、例えその相手が悪人であったとしても、まぁ轢き逃げなんてするんだから恐らくそうなんだろうが、その時にも君は恐ろしい悪霊になってしまうかもしれないんだ」
幽霊少女「私が悪霊にー」
護法先輩「そう無差別で人を襲うような恐ろしい怪物にね。僕は君にそんな存在になって欲しくない。それにいくら相手が悪人だからといって殺人に手を貸す訳にもいかない。僕は必ずその犯人を捕まえて君の前に連れて来る。そして起こした事故について心から謝罪させる。その上で警察に自首して罪を償わせるようにする。どうかそれで納得してくれないか。白壁君を解放し成仏して清らかな魂のまま天に帰るんだ」
護法先輩は真摯な表情で幽霊少女に訴えた。
先輩の本当に幽霊少女を悪霊にしたくないという真剣な気持ちが果たして彼女には伝わったのだろうか?
幽霊少女は複雑な表情で護法先輩の話を聞いていたが徐々に顔をうつむかせて何やら考え込んでいる様子であった。
長い沈黙が続いたがやがて幽霊少女はその顔を上げ護法先輩に向かって言った。
幽霊少女「わかったわ。確かにこのままじゃラチがあかないしね。あなたの言うことを聞くわ。その条件で成仏する。犯人を殺したりは絶対にしない」
でも成仏ってそんなに簡単にできるのだろうか?
いくら幽霊だからって。
まぁ確かに精神エネルギーだけで存在している状態だから結局は自分の意思次第なのかもしれないけど。 
幽霊少女の言葉を聞いて護法先輩はホッとした様子だったが更に彼女に念を押した。
護法先輩「ありがとう。それから相手を傷付けたり痛めつけたりするのも駄目だよ。勢いあまって殺してしまうかもしれないからね」
幽霊少女「わかった。あなたの言うとおりにするわ。まぁ確かにあなたって鈍太郎の100万倍くらいの能力はありそうだしね」
幽霊少女が鈍太郎の方をチラリと見た。
鈍太郎「ううううっ。そこまで言わなくてもー」
鈍太郎が不満げな声を漏らす。
何故かムキになっている。
こいつ本当、プライドだけは高いな。
幽霊少女はそんな鈍太郎の様子を見てクスリと笑った。
この娘は笑うとまさしく天使だ。
たとえそれが悪戯っぽい微笑みであっても。
ずっと笑っていればいいのに。
ともあれ、そんな風に楽しげに口元に笑みを浮かべる彼女の姿を目の当たりにして、わたしの胸の内にあった「幽霊」に対する恐怖心や警戒心が、多少は薄らいだのは確かだった。
まぁ、やっぱりまだ怖いけどー。
鈍太郎のベッドの上にいる幽霊少女と、その周りを囲むみたいに床上に座るわたし達の間に張り詰めていた、ピリピリした緊張感や、室内に立ち込めていた何だか重い空気も、いつしかやわらぎ消え失せている。
幽霊少女は鈍太郎の落ち込んでる様子が余程面白かったのか彼のベッドの上で暫くクスクスと笑っていたがやがてそのベッドの傍らで床上にあぐらをかいて座る護法先輩の方を向いて言った。
幽霊少女「確か護法とか言ったわね。私の捜している赤い車だけど別にわざわざ捕まえる必要はないわ。その車を特定してくれればそれでいい。後は私の結界に犯人を引き摺り込んで私の自由にするから。あっ!もちろん殺したり傷付けたりはしないわよ」
護法先輩が答える。
護法先輩「わかった。そうしよう」
護法先輩は腕を組み鋭い視線で幽霊少女を見ていた。
幽霊少女「そういえばー」 
幽霊少女は何故か慌てて取り繕うような口調で話を続けた。
幽霊少女「私が結界を張ると必ず雨が降るの。これってやっぱり交通事故の被害者達の恨みの涙が雨となって降っているのかしら」
護法先輩が少し低い声で答えた。
護法先輩「君の愚行を悲しんでいるのかもね」
その言葉を聞いた幽霊少女は一瞬ハッとなり護法先輩を睨み付けたがすぐにプイッと拗ねたように横を向いてしまった。

[第3章に続く]

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