赤い車の少女

きーぼー

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[まくあい]

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シーン1

 「ああ、疲れた」
俺は棒のようになった足に鞭打って赤い自転車を引きながらすっかり暗くなった住宅地の道路をトボトボと歩いていた。
家路につくために。
俺の名前は白壁鈍太郎。
一見どこにでもいる平凡な中学生男子だが実は秘められた特別な力を持つ(たぶん)男だ。
そんな俺だが最近、大変困った事態に陥っていた。
実は女の子の幽霊に取り憑かれてしまったのだ。
その幽霊は約三カ月前に車の轢き逃げにあって命を落とした少女の霊らしく自分を跳ねた赤い乗用車を探してこの町を彷徨っているのだという。
俺はひょんな事からその幽霊少女の下僕となり彼女を跳ねた車の犯人探しを手伝わされているのだ。
彼女の指示で学校も休み自転車で町中を駆け巡り手製のチラシを配って轢き逃げ犯に関する情報提供を呼びかける日々。
そんな毎日がもう半月以上も続いていた。
だが、もちろんそう簡単に有力な情報など集まるはずもない。
そんな訳で俺は今日も大した成果がなかった事を毎晩部屋を訪ねて来るあいつにどう言い訳しようかと思い悩みつつ家路についていた。
朝から自転車で走り回ったせいで全身は筋肉痛となり最早、自転車のサドルにまたがる力も無い。
自転車を引っ張ってゆっくり歩くのが精一杯なほど俺は疲れきっていた。
俺がこんなに頑張るのは左手に付けられた「呪紋」という魔法の紋章によって幽霊少女に生死与奪の権利を握られているからだ。
彼女によると例え地球の反対側にいたとしても俺の命を奪う事ができるという。
だからあの幽霊少女の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
なんとかあいつを跳ねた車を見つけ出して俺が役に立つ所を見せないと。
そうすれば、あいつも俺の事を見直すに違いない。
フフッ楽しみだぜっ。
・・・とにかく今日は疲れた、早く家に帰って寝よう。
自転車を引きつつそんな事を考えながら歩いていた俺はようやく自分の家の門の前までたどり着いた。
裏庭に自転車を止め余ったチラシを抱えて家の中に入る俺。
玄関口に乱暴に靴を脱ぎ捨ててフラフラと家の廊下を歩いていると案の定、台所の入り口に母さんが待ち構えていた。
仁王立ちになって腰に手をやり俺の事を無言で睨んでいる。
明らかに腹を立てている様子だったが面倒臭かったので俺はそれに気付かない振りをして母さんに声をかける。
鈍太郎「母ちゃん、メシ」
無言で台所のテーブルを指差す母さん。
そこには俺の分の夕食がナプキンを掛けられ用意されていた。
母さんと妹の鋭子はもう食事を済ませたらしい。
親父は今日も帰りが遅いのか。
母さんと目を合わせないようにしてそそくさとテーブルの席に着き食べ始める俺。
今日は俺の好きな手作りハンバーグとミートボールか、有り難い。
母さんはテーブルの横で腕を組みながら飯をガツガツと食べる俺の姿をしばらく無言で見ていたが、やがて予想通りガミガミと小言を言い始めた。
白壁ママ「ちょっと、鈍ちゃん。あんた毎日何処へ行ってるの?近所でも評判よ。交差点で100円でも拾ったの?」
鈍太郎「ちょっと訳があるんだよ。放って置いてくれよ」
本当の事を言う訳にもいかないので俺は適当に誤魔化そうとしたが母さんは更に追求してくる。
白壁ママ「そういう訳にもいかないでしょう!?勉強はどうするの?もうっ学校まで休んで!!」
俺は母さんの小言をしばらく我慢して聞いていたが身体の疲れもあってついつい声を荒げて言い返してしまう。
鈍太郎「うっせーなっ!!関係ないだろっ!!!」
その言葉を聞いた母さんは目をつり上げて俺に怒鳴り返す。
白壁ママ「親に対してその口の聞き方は何っ!?この不良息子っ!!後で父さんにも叱ってもらいます!!」
母さんはそう怒鳴ると肩をいからせて台所から出て行ってしまった。
鈍太郎「フゥッー」
俺は激おこの母さんの背中を見送ると大きな溜息をついた。
そして食事の残りを済ませ食器を水につけると台所を出て二階にある自分の部屋へと向かった。


シーン2

 二階へと続く狭い階段をギシギシと鳴らして昇りながら俺は考える。
(母さんには悪かったけど本当の事を言う訳にもいかないしなぁ。こんな変な事件に巻き込みたくはないし)
今回の事件に大人を巻き込んでもろくな事にはならないのは俺にも分かってた。
あの幽霊少女を怒らせるだけだろう。
もしかして誰かに危害を加えてしまうかも。
超自然的な能力を持つ幽霊少女に対抗できるのは俺の知る限りちょっと前に美湖と一緒に家に来てくれたあの先輩ぐらいだろう。
(でも、俺あの先輩の事あんまり知らないしなー。とにかく自分でなんとかしないと)
俺はそんな事を考えながらギシギシ鳴る階段を登り切って自分の部屋のある二階にたどり着いた。
妹の部屋(お兄ちゃん立ち入り禁止)の前を通りその奥にある自分の部屋へと歩き出す。
時刻は既に例の幽霊少女が現れる時間帯になっている。
(もう部屋にいるかもな。俺の報告を聞くために今や遅しと待ち受けているのかも)
見馴れた自宅の通路の筈なのに幽霊少女が既に部屋にいるかもしれないと思うと一歩進むごとに恐怖感が増してくる。
そして俺は自室の扉の前に立ちドアの取っ手を握るとゴクリと唾を飲み込みゆっくりと部屋の扉を開けた。


シーン3

 ガチャリ
幽霊少女「おかえり」
俺が自室のドアを開けると同時に幽霊少女の声が俺の耳に届いた。
部屋の中を見ると電気はつけっぱなしになっておりそして幽霊少女が俺のベッドでうつ伏せになりながらテレビを見ていた。
テレビの画面には俺の持っているDVDのアニメが映っており幽霊少女は傍らに置いたポテチを食べながらベッドに寝転がってそのアニメを見ている。
彼女は俺に背を向けてベッドに寝ておりアニメに夢中なのか俺が部屋に入っても声はかけてきたもののこちらの方を振り返りもしない。
俺は幽霊少女のその姿を見たとたん張り詰めていた気持ちが一気にガクンと緩むのを感じた。
思わず幽霊少女に文句を言う俺。
鈍太郎「何やってんだよ、お前!?母さん達にみつかるだろっ!」
幽霊少女の目はアニメの画像に釘付けになっている。
彼女はベッドにうつ伏せの状態で俺に背を向けており俺が文句を言ってもこちらを振り返らずにテレビを見つめたままである。
幽霊少女「大丈夫よ。目に見えない結界を張ってるから。誰かが部屋に近づいて来たらすぐに解るわ。それより今日はどうだった?赤い車の手がかりは何か見つかった?」
幽霊少女のその言葉を聞くと俺は顔をうつむかせ少しどもりながら答えた。
鈍太郎「い、いや何も。今日もダ、ダメだったよ」
幽霊少女「そうー」
ベッドの上の幽霊少女は相変わらずテレビに視線を向けたままであったがうつ伏せになった背中からもガッカリしているのが見て取れた。
くそっ。今に見てろ。
俺は自分が落ち込んでるのを誤魔化すように彼女に話しかける。
鈍太郎「でもベッドでポテチなんて食うなよ。シーツが汚れるだろ。まぁ俺もたまにやるけど。っていうか太るぞ?」
幽霊少女はテレビの画面から目を離さずポテチをパリパリと食べながら我関せずと言った口調で答える。
幽霊少女「大丈夫。私は幽体だから本当に咀嚼してる訳じゃないの。エネルギーに分解して吸収してるだけ。不必要なエネルギーは適当に放出してるから。太ったりはしないわよ」
鈍太郎「へーっ」
俺は便利な身体だなと思ったがもう一つ気になった事を聞いてみた。
鈍太郎「それよりお前、今夜は赤い車を捜しに行かないのか?俺と交代して夜はお前が捜す約束だろ」
俺のその言葉を聞いた幽霊少女は寝転びながらも初めてこちらに振り向き首だけを俺の方に向けて言った。
幽霊少女「まぁ今夜はやめておくわ。アニメの続きも見たいし。それにー」
幽霊少女は俺のクタクタになった様子を目にしたからか少し眉をひそめて話し続ける。
幽霊少女「あなたも少し休んだら?だいぶ疲れているみたいだし。明日は休んでいいわよ。あの赤い車は多分あの護法とかいう男に任せておけば見つかると思うしね」
鈍太郎「護法先輩?」
俺が驚いて言い返すと幽霊少女はベッドに寝ながらこちらに向けている顔をコクリとうなずかせる。
幽霊少女「あの男、そこいらの魔術師よりもよっぽど強い力を持っていると思う。おそらく、そういう特殊な家系に生まれたんじゃないかしら。とにかくー」
鈍太郎「で、でもー!」
護法先輩の名前を聞いた俺は何故かムキになって幽霊少女に反論してしまう。
鈍太郎「そりゃ、護法先輩はすごい人なんだろうけど。俺だって気持ちでは負けてない。お、俺だってー」
幽霊少女「?」
寝転んだ姿勢のまま不思議そうに首をかしげる幽霊少女。
彼女のつぶらな瞳で見つめられ俺は何故かあたふたと慌ててあらぬ事を口走ってしまう。
鈍太郎「お、俺には特別な力があるんだー。な、何か特別なものすごい力がー」
幽霊少女が軽く頭を振る。
幽霊少女「あなたには特別な力なんて何も無い。確かにちょっと変わってるけど。普通の男の子よ。まぁ、それでいいんじゃない?」
何がそれでいいのか分からなかったがそれだけ言うとベッドの上の幽霊少女は再び俺に背を向けてしまった。
そして再びアニメ観賞を始める。
幽霊少女は俺のベッドにうつ伏せになり顎に手を当てて足をバタバタさせながら楽しそうにアニメを見ていた。
幽霊少女「このアニメ、本当に面白いわね。この幽霊少女、いったい最後はどうなるのかしら」
鈍太郎「知るかよ」
俺は投げやりにそう言うと疲れきってその場にへたり込んだ。

 [幕間  終]
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