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イチャモメ編
Hot Chocolate 〜はじめてのバレンタイン〜
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「でもでもとらちゃんだって楽しんじゃったんでしょ~!?」
「おまえの寄越したもんは関係ねぇんだよ!」
所属レーベルの事務所内の会議室で、大河はマーカーペンを握りながら、隣で同じ作業を繰り返していた結斗に声を上げた。
ふたりはグループのファンクラブ会員に送られるバースデーカードに、それぞれのサインを入れている。
仕事の空き時間に大河が事務所へ立ち寄ると、ちょうど結斗が先に作業をしていた。
ひとりで寂しかったとかなんとか、また適当なことを言いながら大河を隣に座らせたので、並んできゅっきゅとペンを走らせている。
月毎に誕生日を迎える会員にプレゼントするためのカードはおよそ数百枚。
黙々とひとりで作業するのは確かに骨が折れる。
雑談でも交わしながらでなければやっていられないとは言え、閉め切った会議室で他に人がいなくとも、結斗から切り出された話に大河は笑えなかった。
先日ルカが、誕生日プレゼントだと結斗に言われて、黒のガーターベルトとそれに付随する下着とストッキングを贈られたのだ。
用途はひとつしかない。ルカは律儀にそれをはいて、大河に見せた。
ルカの誕生日を祝うために大河が用意したシチュエーションも相まって、扇状的な姿に煽られ、熱い夜を過ごしたことは事実である。
結斗がルカに余計な入れ知恵をすることは、それが初めてだったというわけでもない。
いい加減にしろと大河が何度叱っても結斗は懲りず、次の策を練り始めているのだった。
純粋な気持ちで贈るだけならまだしも、悪びれもせずに、どうだった!? と感想まで求めてくるあたり、反省など微塵もしていないと見える。
ルカとの関係を良く思ってくれるのはありがたいが、さすがにふたりの情交については放っておいて欲しい。
「え~とらちゃんああいうの好きそうなのに~! るかちゃんに似合うと思って、ぼく一生懸命選んだんだよ」
「あぁ?」
「えっ、どうしたの、こわいよとらちゃん」
怒気を含んだ大河の声に、結斗は笑顔を引きつらせて身構えた。
おまえがおれの何を知ってるんだ、と言いたい気持ちもあったが、大河の感情を燃やしたのはそこではない。
思わずがたりと椅子を引き、ぐいと結斗の胸ぐらを掴んだ。
「想像したのか? あいつがあれをはいてるとこを?」
結斗の寄越したものを身につけ、大河を誘ったルカの姿が頭にちらつく。
どんなルカを思い描いたというのだ。
想像だけだとしても、ルカを勝手に穢されて気分が悪い。
「いやっ、それは、やだなあとらちゃん、暴力反対!!」
「おまえもう二度とルカに変なもん渡すんじゃねぇぞ!」
色欲をくすぐる下着を身につけたルカへの反応を面白がられているだけならば、大河もここまで腹を立てなかっただろう。
自分のことならまだ諦めがついても、ルカが毒牙にかかるのなら見過ごせない。
大河が真剣に怒れば、ごめんごめん、と結斗も慌てて手を合わせて謝って見せた。
「次はバレンタインだなって考えてたんだけどなー。あっ、じゃあさ、とらちゃんが好きなの選んで、るかちゃんにプレゼントするのはどう?」
「はあ?」
まだ気のおさまらない大河は、結斗の提案に顔を歪める。
不穏な空気をごまかすように、結斗は明るく取り繕った。
「ほらほら、とらちゃんはどんなのが好きなのかな~?」
結斗がスマートフォンを取り出し、すいすいと操作して大河に画面を見せる。
そこには今までにルカへ寄越したような、布地の薄い下着が並んでいた。
女向けのフリルレースがあしらわれたトップスや、それもうただの紐だろ、と言いたくなるショーツ。
メンズ用のモデルは、鍛え上げられた肉体に面積の狭い下着をはいてポーズを決めている。
「なんか……全然ピンとこねぇ……」
「るかちゃんならこういうのも可愛いくなーい?」
想像するなと怒ったというのに、結斗はまったく懲りていない。
大河は呆れながら、結斗の指差す画面に目をやった。
総レースのホルターネックで背中をオープンにしたデザインの布は、肌を透けて見せる黒のシフォンジョーゼットが上品ながらも妖艶に思わせる、ベビードールという名の衣類だった。
大河は脳裏でつい、ルカの白い裸体がそれを着用しているところを思い浮かべてしまう。
剥き出しのサイドから前に手を突っ込んで、胸を揉みしだくのは悪くない。
悪くはないけれども、だ。
表示されている薄布のどれでも、ルカが身につけるのなら興奮する気がした。
つまり大河の欲の対象はルカ自身であって、オプションの有無は大した問題ではない。
風呂上がりにバスローブだけを羽織ったからだは優艶でうつくしく、普段の衣服を脱がして現れるグレーの下着も似合いだと思うのは、本人が素材やブランドにこだわっていることを知っているからだ。
「やっぱおれはいつものでいいわ……それに、あいつもこんなもんより駄菓子の詰め合わせでもやる方が喜ぶだろ」
「そこはさすがにもうちょっといいチョコレートをあげようよ」
結斗がそう言うので、今度はバレンタインデーの本命用チョコレート、なるものをふたりで物色する。それが軽く息抜きにもなって、作業の続きは捗った。
数週間後、バレンタイン当日。
仕事を終えて住宅街の洋館に到着した大河を珍しく玄関で迎えたのは、わかりやすく甘味に浮ついたルカだった。
「待ち兼ねたぞ!」
「待ってたのはおれじゃなくてこいつだろ」
大河が持ち上げた大きな紙袋には、現場で差し入れにもらった菓子が詰まっている。
当然だと言うようにルカはそれを受け取って、満足げな笑みを浮かべた。
この時期になると毎年こうして現場からの土産をルカに狙われているのだが、今年は特に最初から大河の貰った菓子は自分の物だと思っていた節がある。
現場で貰う義理とはいえ、そこに嫉妬心でも燃やしていればかわいいものなのだけど、ルカの様子はただ単純に大量の甘味を味わえることに心躍らせているように見える。
そういう奴だとわかっているが、多少は複雑な気分になりながら、大河はもう片方の手に持った小さな紙袋を見やった。
今までもバレンタインに因んだ仕事でチョコレート作ると奪われることはあったが、最初からルカへと渡すために用意するのは初めてだ。
「それだけでいいのか?」
「なんだ。まだ隠し持っているのならおとなしく渡してもらおうか」
「ん」
催促されるまま、この日のために自身で購入したチョコレートを差し出す。
なんとなく照れくさくて、無愛想になってしまった。
大河から紙袋を受け取ると、ルカはひと目でそれが特別に用意された物と知れた様子で、きれいに瞳を細めた。
「上出来だ」
邪気のない笑顔に、どきりと胸が高鳴る。
無事にチョコレートを渡し終えた大河は、相手がルカとは言え、緊張するもんだな、とほっと安堵して気が抜けた。
大河が渡したものはただの甘い菓子ではない。
それに詰まっているのはルカへの想いだ。
微笑みはそれを素直に喜んでいる証なのだろう。
結斗の助言を聞いたことに意味はあったと、だいたい余計なことしかしないがそれなりにふたりの恋路を真剣に応援しているつもりの仲間に、少しは感謝をする気にもなる。
意気揚々と二階への階段をあがるルカを追い、大河はリビングでソファにぼすんと腰をおろした。
仕事での身体的な疲労より、ルカにチョコレートを渡すというミッションが達成された解放感で体を伸ばす。
だらりとソファにもたれていた大河の目の前に、ずい、と綺麗にラッピングされた箱が唐突に差し出された。
気が抜けている大河には、ルカが甘味を寄越すなんて珍しいこともあるもんだ、という思考が咄嗟に浮かぶ。
「分け前でもくれんのかよ」
「違うわ馬鹿者」
せっかく上機嫌だった顔を、ルカは一瞬でむっと歪めた。
もしかしてルカも自分のためにチョコレートを用意していたのか、と気づくと、大河はがばりと身を起こして箱を手に取った。
それは光沢のないシックな黒の包装紙でラッピングされている。
ブランドのロゴなども何もない。
「作ったのか……!?」
「私の手を煩わせたんだからな、存分に感謝するといい」
想定外の展開すぎて、大河の頭に衝撃が走る。
得意げに胸を張るルカは、瑞菜にチョコレートの作り方を教わるという真音に誘われて、バレンタインに向けた菓子作りの会に参戦したらしい。
自分に渡すためのチョコレートをルカが手作りした、という事実がにわかには信じられなくて、まじまじと箱を見つめてしまう。
けれどこれは現実で、隣に座ったルカは、言葉を失うほど胸を詰まらせる大河の反応を観察していた。
大河が用意した既製品のチョコレートも決して安いものではないけれど、手間と時間と想いが掛けられたであろう手製のそれは、何よりも価値があるように感じられた。
「おれも来年はなんか作りてぇな……」
漠然とルカに負けた気分になって、純粋に喜ぶ心の片隅で対抗意識が自然に芽生えた。
「お前は毎日でも作ればいいのに」
「おまえは甘いもんを食いてぇだけじゃねぇか」
反射的に言い返すと、ルカはにこりとわざとらしく笑んで、大河に体をすり寄せる。
「一年中いつでもあなたの愛を感じたいのです」
甘えた声色を作り、しとやかな振りをして愛の証をねだるルカに、物は言いようだなと感心した。
ルカが甘味を要求することはいつものことだし、手料理を喜ばれると悪い気はしない。
「毎日欲しいって?」
「いただけるのなら日ごと夜ごとに」
まるでいつでも触れて欲しいのだと言うように、ルカは大河のふところに身を寄せた。
大河はくねる腰に手を回しながら近づく唇をキスで塞ぎ、愛を与える方法はチョコレートだけではないのだと、重ねた体温でルカに教える。
ちゅっちゅと触れるだけの口づけを繰り返し、薄く開いたくちに舌を差し入れてキスを深めた。
くちゅくちゅと唾液の絡む音が立つほど互いの舌を味わう。
紅潮していくルカの頬と、潤み始める瞳に視覚も刺激され、大河の芯に熱が燻り始めた。
抱き寄せたからだをゆっくりとソファに押し倒すと、キスの合間にふっと微かにルカが口元を綻ばせる。
「寝室まで待てませんか?」
「待たねーよ」
強く求めてやればルカはいっそう気を良くして、シャツの裾をまくる大河の手に身を任せた。
首筋に口づけながら、ボタンをはずして胸元にもキスを落とす。
スラックスのベルトをバックルから抜くまではおとなしくしていたルカが、前立てのジッパーをおろそうとする大河の指にそっと手を重ねて制止した。
「あの、」
「ん?」
何かまずかったかと顔を上げると、ルカは視線を逸らしておずおずと口ごもる。
「バレンタインだから、と期待なさっていたら申し訳ないのですが……今日は、この下に何もないので……落胆なさらないでくださいね……」
このところ記念日やら何やらと大河を楽しませていたからか、今夜はそれがないのだと先に申告するルカに、思わずふっと笑ってしまった。
気恥ずかしそうにしていたルカが、むうっと膨れるから余計にかわいい。
「いや、結斗に何もするなよっておれが言ったからな」
特別なことなどなくて構わないと安心させるように大河がやさしくスラックスを脱がすと、予告通りに見慣れた下着があらわになった。
いつも大河を揶揄うための策を勝手に授けてくる参謀が珍しく首を突っ込んでこなかった理由に、ルカは内心で納得する。
「……自分で調達しようかとも思ったのですよ。でも、どんなものが喜んでいただけるのか、ひとりではよくわからなくて」
大河が結斗に見せられたような画像を見て、ルカも同じく頭を悩ませ、辟易したのだろう。
そして何が良いのか不安なまま選んだとしたら、大河の反応が芳しくなかったときに結斗へ責任を押しつけることもできないからと諦めた。
けれど大河は、用意をしようと試みたと聞いただけで、急速に高ぶる熱を隠せない。
他の男にはかされたものなら腹も立つけれど、ルカが自らで大河のために、いやらしくからだを魅せる下着を見定めるのだ。
どんなものを見繕い、身に纏って誘いかけてくれるのかと想像するだけで、劣情が官能的な愉悦を期待する。
「……次は、一緒に選ぶか」
欲望がだだ漏れになって思わず言葉にしてしまった大河の呟きは、ルカの胸をじわりとくすぐった。
嬉しさを噛み殺しながらこくん、と頷く仕草に、大河もまた熱を上げる。
着せたいものを、見せたいものをふたりで選ぶ機会を心待ちにして火照るからだで、今夜もたっぷり注ぐ愛を飲みほして。
「おまえの寄越したもんは関係ねぇんだよ!」
所属レーベルの事務所内の会議室で、大河はマーカーペンを握りながら、隣で同じ作業を繰り返していた結斗に声を上げた。
ふたりはグループのファンクラブ会員に送られるバースデーカードに、それぞれのサインを入れている。
仕事の空き時間に大河が事務所へ立ち寄ると、ちょうど結斗が先に作業をしていた。
ひとりで寂しかったとかなんとか、また適当なことを言いながら大河を隣に座らせたので、並んできゅっきゅとペンを走らせている。
月毎に誕生日を迎える会員にプレゼントするためのカードはおよそ数百枚。
黙々とひとりで作業するのは確かに骨が折れる。
雑談でも交わしながらでなければやっていられないとは言え、閉め切った会議室で他に人がいなくとも、結斗から切り出された話に大河は笑えなかった。
先日ルカが、誕生日プレゼントだと結斗に言われて、黒のガーターベルトとそれに付随する下着とストッキングを贈られたのだ。
用途はひとつしかない。ルカは律儀にそれをはいて、大河に見せた。
ルカの誕生日を祝うために大河が用意したシチュエーションも相まって、扇状的な姿に煽られ、熱い夜を過ごしたことは事実である。
結斗がルカに余計な入れ知恵をすることは、それが初めてだったというわけでもない。
いい加減にしろと大河が何度叱っても結斗は懲りず、次の策を練り始めているのだった。
純粋な気持ちで贈るだけならまだしも、悪びれもせずに、どうだった!? と感想まで求めてくるあたり、反省など微塵もしていないと見える。
ルカとの関係を良く思ってくれるのはありがたいが、さすがにふたりの情交については放っておいて欲しい。
「え~とらちゃんああいうの好きそうなのに~! るかちゃんに似合うと思って、ぼく一生懸命選んだんだよ」
「あぁ?」
「えっ、どうしたの、こわいよとらちゃん」
怒気を含んだ大河の声に、結斗は笑顔を引きつらせて身構えた。
おまえがおれの何を知ってるんだ、と言いたい気持ちもあったが、大河の感情を燃やしたのはそこではない。
思わずがたりと椅子を引き、ぐいと結斗の胸ぐらを掴んだ。
「想像したのか? あいつがあれをはいてるとこを?」
結斗の寄越したものを身につけ、大河を誘ったルカの姿が頭にちらつく。
どんなルカを思い描いたというのだ。
想像だけだとしても、ルカを勝手に穢されて気分が悪い。
「いやっ、それは、やだなあとらちゃん、暴力反対!!」
「おまえもう二度とルカに変なもん渡すんじゃねぇぞ!」
色欲をくすぐる下着を身につけたルカへの反応を面白がられているだけならば、大河もここまで腹を立てなかっただろう。
自分のことならまだ諦めがついても、ルカが毒牙にかかるのなら見過ごせない。
大河が真剣に怒れば、ごめんごめん、と結斗も慌てて手を合わせて謝って見せた。
「次はバレンタインだなって考えてたんだけどなー。あっ、じゃあさ、とらちゃんが好きなの選んで、るかちゃんにプレゼントするのはどう?」
「はあ?」
まだ気のおさまらない大河は、結斗の提案に顔を歪める。
不穏な空気をごまかすように、結斗は明るく取り繕った。
「ほらほら、とらちゃんはどんなのが好きなのかな~?」
結斗がスマートフォンを取り出し、すいすいと操作して大河に画面を見せる。
そこには今までにルカへ寄越したような、布地の薄い下着が並んでいた。
女向けのフリルレースがあしらわれたトップスや、それもうただの紐だろ、と言いたくなるショーツ。
メンズ用のモデルは、鍛え上げられた肉体に面積の狭い下着をはいてポーズを決めている。
「なんか……全然ピンとこねぇ……」
「るかちゃんならこういうのも可愛いくなーい?」
想像するなと怒ったというのに、結斗はまったく懲りていない。
大河は呆れながら、結斗の指差す画面に目をやった。
総レースのホルターネックで背中をオープンにしたデザインの布は、肌を透けて見せる黒のシフォンジョーゼットが上品ながらも妖艶に思わせる、ベビードールという名の衣類だった。
大河は脳裏でつい、ルカの白い裸体がそれを着用しているところを思い浮かべてしまう。
剥き出しのサイドから前に手を突っ込んで、胸を揉みしだくのは悪くない。
悪くはないけれども、だ。
表示されている薄布のどれでも、ルカが身につけるのなら興奮する気がした。
つまり大河の欲の対象はルカ自身であって、オプションの有無は大した問題ではない。
風呂上がりにバスローブだけを羽織ったからだは優艶でうつくしく、普段の衣服を脱がして現れるグレーの下着も似合いだと思うのは、本人が素材やブランドにこだわっていることを知っているからだ。
「やっぱおれはいつものでいいわ……それに、あいつもこんなもんより駄菓子の詰め合わせでもやる方が喜ぶだろ」
「そこはさすがにもうちょっといいチョコレートをあげようよ」
結斗がそう言うので、今度はバレンタインデーの本命用チョコレート、なるものをふたりで物色する。それが軽く息抜きにもなって、作業の続きは捗った。
数週間後、バレンタイン当日。
仕事を終えて住宅街の洋館に到着した大河を珍しく玄関で迎えたのは、わかりやすく甘味に浮ついたルカだった。
「待ち兼ねたぞ!」
「待ってたのはおれじゃなくてこいつだろ」
大河が持ち上げた大きな紙袋には、現場で差し入れにもらった菓子が詰まっている。
当然だと言うようにルカはそれを受け取って、満足げな笑みを浮かべた。
この時期になると毎年こうして現場からの土産をルカに狙われているのだが、今年は特に最初から大河の貰った菓子は自分の物だと思っていた節がある。
現場で貰う義理とはいえ、そこに嫉妬心でも燃やしていればかわいいものなのだけど、ルカの様子はただ単純に大量の甘味を味わえることに心躍らせているように見える。
そういう奴だとわかっているが、多少は複雑な気分になりながら、大河はもう片方の手に持った小さな紙袋を見やった。
今までもバレンタインに因んだ仕事でチョコレート作ると奪われることはあったが、最初からルカへと渡すために用意するのは初めてだ。
「それだけでいいのか?」
「なんだ。まだ隠し持っているのならおとなしく渡してもらおうか」
「ん」
催促されるまま、この日のために自身で購入したチョコレートを差し出す。
なんとなく照れくさくて、無愛想になってしまった。
大河から紙袋を受け取ると、ルカはひと目でそれが特別に用意された物と知れた様子で、きれいに瞳を細めた。
「上出来だ」
邪気のない笑顔に、どきりと胸が高鳴る。
無事にチョコレートを渡し終えた大河は、相手がルカとは言え、緊張するもんだな、とほっと安堵して気が抜けた。
大河が渡したものはただの甘い菓子ではない。
それに詰まっているのはルカへの想いだ。
微笑みはそれを素直に喜んでいる証なのだろう。
結斗の助言を聞いたことに意味はあったと、だいたい余計なことしかしないがそれなりにふたりの恋路を真剣に応援しているつもりの仲間に、少しは感謝をする気にもなる。
意気揚々と二階への階段をあがるルカを追い、大河はリビングでソファにぼすんと腰をおろした。
仕事での身体的な疲労より、ルカにチョコレートを渡すというミッションが達成された解放感で体を伸ばす。
だらりとソファにもたれていた大河の目の前に、ずい、と綺麗にラッピングされた箱が唐突に差し出された。
気が抜けている大河には、ルカが甘味を寄越すなんて珍しいこともあるもんだ、という思考が咄嗟に浮かぶ。
「分け前でもくれんのかよ」
「違うわ馬鹿者」
せっかく上機嫌だった顔を、ルカは一瞬でむっと歪めた。
もしかしてルカも自分のためにチョコレートを用意していたのか、と気づくと、大河はがばりと身を起こして箱を手に取った。
それは光沢のないシックな黒の包装紙でラッピングされている。
ブランドのロゴなども何もない。
「作ったのか……!?」
「私の手を煩わせたんだからな、存分に感謝するといい」
想定外の展開すぎて、大河の頭に衝撃が走る。
得意げに胸を張るルカは、瑞菜にチョコレートの作り方を教わるという真音に誘われて、バレンタインに向けた菓子作りの会に参戦したらしい。
自分に渡すためのチョコレートをルカが手作りした、という事実がにわかには信じられなくて、まじまじと箱を見つめてしまう。
けれどこれは現実で、隣に座ったルカは、言葉を失うほど胸を詰まらせる大河の反応を観察していた。
大河が用意した既製品のチョコレートも決して安いものではないけれど、手間と時間と想いが掛けられたであろう手製のそれは、何よりも価値があるように感じられた。
「おれも来年はなんか作りてぇな……」
漠然とルカに負けた気分になって、純粋に喜ぶ心の片隅で対抗意識が自然に芽生えた。
「お前は毎日でも作ればいいのに」
「おまえは甘いもんを食いてぇだけじゃねぇか」
反射的に言い返すと、ルカはにこりとわざとらしく笑んで、大河に体をすり寄せる。
「一年中いつでもあなたの愛を感じたいのです」
甘えた声色を作り、しとやかな振りをして愛の証をねだるルカに、物は言いようだなと感心した。
ルカが甘味を要求することはいつものことだし、手料理を喜ばれると悪い気はしない。
「毎日欲しいって?」
「いただけるのなら日ごと夜ごとに」
まるでいつでも触れて欲しいのだと言うように、ルカは大河のふところに身を寄せた。
大河はくねる腰に手を回しながら近づく唇をキスで塞ぎ、愛を与える方法はチョコレートだけではないのだと、重ねた体温でルカに教える。
ちゅっちゅと触れるだけの口づけを繰り返し、薄く開いたくちに舌を差し入れてキスを深めた。
くちゅくちゅと唾液の絡む音が立つほど互いの舌を味わう。
紅潮していくルカの頬と、潤み始める瞳に視覚も刺激され、大河の芯に熱が燻り始めた。
抱き寄せたからだをゆっくりとソファに押し倒すと、キスの合間にふっと微かにルカが口元を綻ばせる。
「寝室まで待てませんか?」
「待たねーよ」
強く求めてやればルカはいっそう気を良くして、シャツの裾をまくる大河の手に身を任せた。
首筋に口づけながら、ボタンをはずして胸元にもキスを落とす。
スラックスのベルトをバックルから抜くまではおとなしくしていたルカが、前立てのジッパーをおろそうとする大河の指にそっと手を重ねて制止した。
「あの、」
「ん?」
何かまずかったかと顔を上げると、ルカは視線を逸らしておずおずと口ごもる。
「バレンタインだから、と期待なさっていたら申し訳ないのですが……今日は、この下に何もないので……落胆なさらないでくださいね……」
このところ記念日やら何やらと大河を楽しませていたからか、今夜はそれがないのだと先に申告するルカに、思わずふっと笑ってしまった。
気恥ずかしそうにしていたルカが、むうっと膨れるから余計にかわいい。
「いや、結斗に何もするなよっておれが言ったからな」
特別なことなどなくて構わないと安心させるように大河がやさしくスラックスを脱がすと、予告通りに見慣れた下着があらわになった。
いつも大河を揶揄うための策を勝手に授けてくる参謀が珍しく首を突っ込んでこなかった理由に、ルカは内心で納得する。
「……自分で調達しようかとも思ったのですよ。でも、どんなものが喜んでいただけるのか、ひとりではよくわからなくて」
大河が結斗に見せられたような画像を見て、ルカも同じく頭を悩ませ、辟易したのだろう。
そして何が良いのか不安なまま選んだとしたら、大河の反応が芳しくなかったときに結斗へ責任を押しつけることもできないからと諦めた。
けれど大河は、用意をしようと試みたと聞いただけで、急速に高ぶる熱を隠せない。
他の男にはかされたものなら腹も立つけれど、ルカが自らで大河のために、いやらしくからだを魅せる下着を見定めるのだ。
どんなものを見繕い、身に纏って誘いかけてくれるのかと想像するだけで、劣情が官能的な愉悦を期待する。
「……次は、一緒に選ぶか」
欲望がだだ漏れになって思わず言葉にしてしまった大河の呟きは、ルカの胸をじわりとくすぐった。
嬉しさを噛み殺しながらこくん、と頷く仕草に、大河もまた熱を上げる。
着せたいものを、見せたいものをふたりで選ぶ機会を心待ちにして火照るからだで、今夜もたっぷり注ぐ愛を飲みほして。
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