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第5話 人の顔見て失神するな!
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「あなたたちこそヴィストラールの言葉を聞かなかったんですか! 入学のあいさつで言っていたはずですよ。ここアルカミア魔法学校では誰もが平等だと。貴族だからって威張り散らさないでください!」
「うっせぇよ! 俺たちは三年だ」
「……うぅ」
栗毛のボブカットが特徴的な女子生徒が、ガラの悪そうな男たちに絡まれている。壁際に追い詰められた彼女は、怯えた小動物のように喉を鳴らした。
ちなみに彼女が口にしたヴィストラールとは、アルカミア魔法学校の校長の名だ。
制服の胸に刻まれた白いラインが一本であることから、一年生であることが窺える。
対する男子生徒は紫のラインが三本、三年生だ。三人組なのだが、なぜか一人濡れていた。
面倒事にはできるだけ関わりたくないなと思いながらその場を通り過ぎようとしたのだが、よくよく絡まれている女子生徒の顔を見てみると。
「!?」
あれは攻略キャラの一人、ティティス・メイヤーではないか。
そういえば主人公アレスとティティスの出会いのきっかけは、彼女が上級生に奴隷のような扱いを受けていたところを、アレスが下心全開で助けたことがきっかけだったと記憶している。
つまり、これは彼女が上級生にひどい扱いを受けるようになるための過程、前日譚だと考えられる。
ゲーム本編で見ることのできなかったシーンをこうして見ることになるとは、何とも感慨深いものだ。
「でも、待てよ」
なら、今俺がこれを止めたらどうなるのだろう。
ティティスは奴隷のようなひどい扱いを受けることもなく、アレスには本来起きるはずだった攻略キャラのイベントが起きなくなるということか?
といっても【恋と魔法とクライシス】には攻略可能なキャラが数百人いて、そのすべてとイベントを発生させる必要はない。
自分のお気に入りキャラとだけフラグを立て、自分だけの夢のハーレムを築いて遊ぶのが本来の楽しみ方なのだ。
しかし、ティティスがハーレムに加わっていなければ、発生しないイベントや仲間などもいたはず。
憎きアレスのハーレム計画をぶち壊してやるためにも、ここはティティスフラグを俺がへし折っておいてやろう。
「すまん。ちょっと道を尋ねたいんだが?」
「あぁん? んっだぁてめぇ今取り込んでんのが見てわかんっ………」
俺の顔を見た途端、絡んでいた男子生徒たちは言葉を詰まらせた。
糞を踏みつけたような何とも言えない表情をしている。
無理もない。
昨今神童の鳴りはすっかり影を潜めてしまった俺だが、公爵家の人間であることは変わりない。学年は違えどゾンビ公爵の不名誉な通り名は全学年に轟いていると自負している。
「なんでゾンビ野郎がいんだよ」
「俺が知るかよ。つーかこいつ二年だろ? なんで未だに校舎で迷ってんだよ!」
「いくら時間と曜日によって内部構造が変化するっつっても、さすがに覚えるだろ!」
「せっかく一年をモノにしてやろうと思ってたのに、とんだ邪魔が入ったぜ」
コソコソしてるけど、無駄な性能地獄耳のせいで全部聞こえていたりする。便利そうで実はすごく不便、というか不愉快な能力である。
元がエロゲなのでこういう野蛮な連中も一定数いたりする。
「魔法剣の教室ってこっちであっていたか?」
俺は「よいしょ」と髪をオールバック風に持ち上げつつ、お化けも泣いて逃げ出すゾンビ面で「あぁん?」ってな具合にメンチを切ってやった。
したらば、上級生たちは街で噂の殺人鬼と鉢合わせてしまったかのように青ざめて、そのまま走り去ってしまった。
やはりこの顔は不本意ながら迫力満点らしい。
「ひぃっ!?」
「え………」
仔鹿のようにガクガクと震えながら尻もちをついたティティスは、上級生たちに絡まれていた方がまだマシだったのでは? そう思ってしまうくらい、顔面蒼白になっていた。
「あっ!? ……なんと失礼なやつだ!」
人の顔見て泡吹いて失神するとは、けしからん。
「少しは落ち着いたか?」
「こっ、こっちから先は来ちゃダメですからね! 立ち入り禁止、進入不可なんですから!」
「失礼なやつだな」
一階の食堂――風が心地いいテラス席に運んでやった神対応な俺に対し、この言い草だ。
まるで病原菌のような扱いに、多少ムッとしてしまう。
上級生に難癖つけられていたところを助けてやったというのに、まったく以て恩知らずなやつである。
「飲まないのか? アールグレイはベルガモットの柑橘系フレーバーを付けたものだから、多少はムカつきがスッとするぞ?」
「せっかくだから飲みますよ、無料ですし。パイセンは紅茶、詳しいんですね」
「パイセンって……。まぁ、嗜む程度だがな。なにより紅茶は貴族にとっては欠かせないものだろ?」
エロゲとハッピーターンに午後ティー、この三種の神器さえあれば、十代の頃なら丸一日は余裕で引きこもれた。優雅なエロゲライフには欠かせない。(前世の話だが)
「ティティスは貴族ではなくて平民です! そんなどうでもいい紅茶の知識なんて知らないですよ! ……あっ!?」
言ったあとにしまったって顔して、もじもじチラチラこちらを窺う。きっと俺がゾンビ公爵だってことを思い出してしまったのだろう。
「それはそうか。一理あるな。紅茶を飲みながら紅茶の話で盛り上がるというのも、たしかに変な話ではある。口に合うか合わないか、それさえ知れればそれで良いのだからな」
「は、はい! わかってるじゃないですか!」
「で、美味いか?」
「嫌いじゃないです」
「素直じゃないやつだな」
両手でカップを持ちあげ、小動物のようにちびちび飲む。貴族社会ならマイナス一万点だが、個人的には可愛いと思うので問題ない。むしろホッとする。
「それより、お前なんで絡まれてたんだ?」
「お前じゃなくてティティスです! 呼ぶならちゃんと名前で呼んでください」
「………」
自己紹介されなくても知ってるんだけど、などということを言ったら不審がられるだろう。
「な、なんです? 特別に呼ぶことを許してあげたんですから、もう少し喜んだらどうです?」
すごくしょんぼりしてしまった。
表情の豊かなやつだ。
「で、ティティスはなんで絡まれてたんだ」
名前を呼ぶとパッと顔をほころばせ、またすぐにしゅんと萎れる。忙しないやつだ。
「その……」
ティティスはテーブルの下でスカートをギュッと握りしめ、若干頬を桜色に染めてはムスッとしかめっ面を作った。
見方によってはトイレを我慢している幼女のようにも見える。
「練習してたらぶつかってしまったんですよ、悪いですかッ!」
「練習って……なんの?」
「水魔法ですよ! 二年生にもなってそんなこともわからないんですか?」
「いや、分かるわけないだろ! 俺はエスパーではないのだぞ!」
しかしなぜ校内で、それも廊下で水魔法の練習をしているのだろうと不思議に思っていると、ティティスが溜息混じりに語りはじめた。
「ティティスはですね、アルカミア魔法学校に入学したら、はじめて覚える魔法は絶対に水魔法にしようって決めていたんです」
「なんで水魔法なんだ? 何かこだわりでも?」
「知らないんですか? ティティスが小さい頃に川で溺れたこと」
いや、俺はお前の親戚のおじさんではないからお前が幼少期に川で溺れたことなど知るはずもない! むしろ知っていたら怖いだろ!
と、一応心のなかでツッコんでおくことにする。
「あのとき水の精霊さんに助けてもらったんです。だからティティスは一番最初に覚える魔法は絶対に水魔法だって心に決めていたんです! 変えろと言われても変えませんよ」
「言わないから心配するな。精霊に対する感謝の気持ちとは良い心がけだな」
「でも……できなかったんですよ」
「なにが?」
「パイセンはバカなんですか? 一年生がはじめて水魔法の授業でやることなんてひとつだけです! あっ………怒りました?」
熱くなってテーブルに手をついて公爵家の人間をバカ呼ばわり。
また泡吹いて倒れられても困るから、そんなにコロコロとカメレオンのように顔色を変えないでくれ。心配になる。
「もうバカでもアホでも好きに呼べばいい。というか、そんなことで俺はいちいち怒ったりはしない」
「………不思議です。評判と全然違うんですね。怖がって損したじゃないですか」
「ん、なんか言ったか?」
「べ、別になにも言ってませんよ!」
ま、地獄耳なので全部聞こえてるんだけどな。危うく何気ない一言に胸キュンするところだった。
この体……女性に対する免疫なさすぎだろ! つくづく主人公のアレスとは正反対だなと思う。
「俺は色々あって一年の頃はあまり授業に出てなかったから、その辺の事情に疎くてな」
「ああ、そういうことですか。理解しました」
理解ある彼女はそういうと、琥珀色の液体が入ったカップを両手でそっと包み込む素振りをする。
何やら集中していらっしゃる。
「………」
「……………」
一体何をやっているんだろう?
もうかれこれ一分ほど、ティティスはじーっと水晶玉のようにティーカップに手を当てては、憎き親の仇を睨みつけるかのように紅茶を注視。
すると、変化が訪れた。
カップの水面がボコボコと沸騰したみたいに泡立ちはじめた。次の瞬間、無重力のなかにあるかのように、液体は凹凸を作りながら宙に浮く。
「おっ、うまいうまい! やるじゃないか」
「話しかけないでくださいッ!」
かなり集中しているようで、怒られてしまった。
魔法の基本は魔力操作にある。精霊に力を借りて無から水を生み出す以前に、魔力であらゆるものを操れなければ魔法は使えない。
そのためにも、魔法使いにとって魔力操作は避けて通れない。
魔力円環――直接物体に触れずに物を浮かしたりするだけではなく、そもそも触れることができぬものを集め・留め・操る。
この基本ができなければ風を一点に集める風の刃も、光を集めて手元を照らす光玉も執行不可。
基礎となる魔力操作を覚えるためにも、ティティスが行っている水を用いた魔力円環は誰もが通る道。ちなみに水の他に、土で行うこともある。
ガタンッ! 凹凸感のある琥珀色の液体を浮かせながら、ティティスは立ち上がる。そのままグッと眉間に力を込めた状態で歩きはじめた。
紅茶を飲みながらその光景をぼんやり眺めていると、前方不注意から男子生徒にぶつかった。
「なるほど。ああやって上級生に水をかけてしまったところを絡まれたということか」
散々怒鳴られ怒られ罵られたティティスが、泣きそうな顔で席に戻ってくる。
「一部の生徒は球体を作れていたんですよ。なのに、なのにティティスは綺麗な球体を作れないんです! 座ってる時はまだ少しマシだと思うんですけど、他のことに気を取られると途端にグチャグチャになってしまうんです」
「綺麗な球体を作れていた生徒の大半は貴族だったんじゃないのか?」
「………」
俺の問に黙り込む。どうやら図星のようだ。
魔法は血筋だ。
精霊は高貴な血を好み、魔力の性質は親から子へと代々受け継がれていく。
平民でありながらアルカミア魔法学校に入学を認められたのだから、ティティスにも魔法の才はある――が、血筋と代々受け継がれてきた性質が相手では、学びはじめたばかりの彼女では到底太刀打ちできない。
「なら、平民だからあきらめろって言うんですか! パイセンはパイセンのくせに無責任です! 薄情者です!」
「なんで俺のせいになっているんだよ」
「ティティスは一日も早く一流の魔法使いにならなきゃいけないんです!」
感情的なティティスに落ち着くように声をかけ、俺は残りの紅茶を飲み干した。
「よし、ならちょっとついて来い」
ソーサーにカップを置いて、俺は立ち上がった。
「うっせぇよ! 俺たちは三年だ」
「……うぅ」
栗毛のボブカットが特徴的な女子生徒が、ガラの悪そうな男たちに絡まれている。壁際に追い詰められた彼女は、怯えた小動物のように喉を鳴らした。
ちなみに彼女が口にしたヴィストラールとは、アルカミア魔法学校の校長の名だ。
制服の胸に刻まれた白いラインが一本であることから、一年生であることが窺える。
対する男子生徒は紫のラインが三本、三年生だ。三人組なのだが、なぜか一人濡れていた。
面倒事にはできるだけ関わりたくないなと思いながらその場を通り過ぎようとしたのだが、よくよく絡まれている女子生徒の顔を見てみると。
「!?」
あれは攻略キャラの一人、ティティス・メイヤーではないか。
そういえば主人公アレスとティティスの出会いのきっかけは、彼女が上級生に奴隷のような扱いを受けていたところを、アレスが下心全開で助けたことがきっかけだったと記憶している。
つまり、これは彼女が上級生にひどい扱いを受けるようになるための過程、前日譚だと考えられる。
ゲーム本編で見ることのできなかったシーンをこうして見ることになるとは、何とも感慨深いものだ。
「でも、待てよ」
なら、今俺がこれを止めたらどうなるのだろう。
ティティスは奴隷のようなひどい扱いを受けることもなく、アレスには本来起きるはずだった攻略キャラのイベントが起きなくなるということか?
といっても【恋と魔法とクライシス】には攻略可能なキャラが数百人いて、そのすべてとイベントを発生させる必要はない。
自分のお気に入りキャラとだけフラグを立て、自分だけの夢のハーレムを築いて遊ぶのが本来の楽しみ方なのだ。
しかし、ティティスがハーレムに加わっていなければ、発生しないイベントや仲間などもいたはず。
憎きアレスのハーレム計画をぶち壊してやるためにも、ここはティティスフラグを俺がへし折っておいてやろう。
「すまん。ちょっと道を尋ねたいんだが?」
「あぁん? んっだぁてめぇ今取り込んでんのが見てわかんっ………」
俺の顔を見た途端、絡んでいた男子生徒たちは言葉を詰まらせた。
糞を踏みつけたような何とも言えない表情をしている。
無理もない。
昨今神童の鳴りはすっかり影を潜めてしまった俺だが、公爵家の人間であることは変わりない。学年は違えどゾンビ公爵の不名誉な通り名は全学年に轟いていると自負している。
「なんでゾンビ野郎がいんだよ」
「俺が知るかよ。つーかこいつ二年だろ? なんで未だに校舎で迷ってんだよ!」
「いくら時間と曜日によって内部構造が変化するっつっても、さすがに覚えるだろ!」
「せっかく一年をモノにしてやろうと思ってたのに、とんだ邪魔が入ったぜ」
コソコソしてるけど、無駄な性能地獄耳のせいで全部聞こえていたりする。便利そうで実はすごく不便、というか不愉快な能力である。
元がエロゲなのでこういう野蛮な連中も一定数いたりする。
「魔法剣の教室ってこっちであっていたか?」
俺は「よいしょ」と髪をオールバック風に持ち上げつつ、お化けも泣いて逃げ出すゾンビ面で「あぁん?」ってな具合にメンチを切ってやった。
したらば、上級生たちは街で噂の殺人鬼と鉢合わせてしまったかのように青ざめて、そのまま走り去ってしまった。
やはりこの顔は不本意ながら迫力満点らしい。
「ひぃっ!?」
「え………」
仔鹿のようにガクガクと震えながら尻もちをついたティティスは、上級生たちに絡まれていた方がまだマシだったのでは? そう思ってしまうくらい、顔面蒼白になっていた。
「あっ!? ……なんと失礼なやつだ!」
人の顔見て泡吹いて失神するとは、けしからん。
「少しは落ち着いたか?」
「こっ、こっちから先は来ちゃダメですからね! 立ち入り禁止、進入不可なんですから!」
「失礼なやつだな」
一階の食堂――風が心地いいテラス席に運んでやった神対応な俺に対し、この言い草だ。
まるで病原菌のような扱いに、多少ムッとしてしまう。
上級生に難癖つけられていたところを助けてやったというのに、まったく以て恩知らずなやつである。
「飲まないのか? アールグレイはベルガモットの柑橘系フレーバーを付けたものだから、多少はムカつきがスッとするぞ?」
「せっかくだから飲みますよ、無料ですし。パイセンは紅茶、詳しいんですね」
「パイセンって……。まぁ、嗜む程度だがな。なにより紅茶は貴族にとっては欠かせないものだろ?」
エロゲとハッピーターンに午後ティー、この三種の神器さえあれば、十代の頃なら丸一日は余裕で引きこもれた。優雅なエロゲライフには欠かせない。(前世の話だが)
「ティティスは貴族ではなくて平民です! そんなどうでもいい紅茶の知識なんて知らないですよ! ……あっ!?」
言ったあとにしまったって顔して、もじもじチラチラこちらを窺う。きっと俺がゾンビ公爵だってことを思い出してしまったのだろう。
「それはそうか。一理あるな。紅茶を飲みながら紅茶の話で盛り上がるというのも、たしかに変な話ではある。口に合うか合わないか、それさえ知れればそれで良いのだからな」
「は、はい! わかってるじゃないですか!」
「で、美味いか?」
「嫌いじゃないです」
「素直じゃないやつだな」
両手でカップを持ちあげ、小動物のようにちびちび飲む。貴族社会ならマイナス一万点だが、個人的には可愛いと思うので問題ない。むしろホッとする。
「それより、お前なんで絡まれてたんだ?」
「お前じゃなくてティティスです! 呼ぶならちゃんと名前で呼んでください」
「………」
自己紹介されなくても知ってるんだけど、などということを言ったら不審がられるだろう。
「な、なんです? 特別に呼ぶことを許してあげたんですから、もう少し喜んだらどうです?」
すごくしょんぼりしてしまった。
表情の豊かなやつだ。
「で、ティティスはなんで絡まれてたんだ」
名前を呼ぶとパッと顔をほころばせ、またすぐにしゅんと萎れる。忙しないやつだ。
「その……」
ティティスはテーブルの下でスカートをギュッと握りしめ、若干頬を桜色に染めてはムスッとしかめっ面を作った。
見方によってはトイレを我慢している幼女のようにも見える。
「練習してたらぶつかってしまったんですよ、悪いですかッ!」
「練習って……なんの?」
「水魔法ですよ! 二年生にもなってそんなこともわからないんですか?」
「いや、分かるわけないだろ! 俺はエスパーではないのだぞ!」
しかしなぜ校内で、それも廊下で水魔法の練習をしているのだろうと不思議に思っていると、ティティスが溜息混じりに語りはじめた。
「ティティスはですね、アルカミア魔法学校に入学したら、はじめて覚える魔法は絶対に水魔法にしようって決めていたんです」
「なんで水魔法なんだ? 何かこだわりでも?」
「知らないんですか? ティティスが小さい頃に川で溺れたこと」
いや、俺はお前の親戚のおじさんではないからお前が幼少期に川で溺れたことなど知るはずもない! むしろ知っていたら怖いだろ!
と、一応心のなかでツッコんでおくことにする。
「あのとき水の精霊さんに助けてもらったんです。だからティティスは一番最初に覚える魔法は絶対に水魔法だって心に決めていたんです! 変えろと言われても変えませんよ」
「言わないから心配するな。精霊に対する感謝の気持ちとは良い心がけだな」
「でも……できなかったんですよ」
「なにが?」
「パイセンはバカなんですか? 一年生がはじめて水魔法の授業でやることなんてひとつだけです! あっ………怒りました?」
熱くなってテーブルに手をついて公爵家の人間をバカ呼ばわり。
また泡吹いて倒れられても困るから、そんなにコロコロとカメレオンのように顔色を変えないでくれ。心配になる。
「もうバカでもアホでも好きに呼べばいい。というか、そんなことで俺はいちいち怒ったりはしない」
「………不思議です。評判と全然違うんですね。怖がって損したじゃないですか」
「ん、なんか言ったか?」
「べ、別になにも言ってませんよ!」
ま、地獄耳なので全部聞こえてるんだけどな。危うく何気ない一言に胸キュンするところだった。
この体……女性に対する免疫なさすぎだろ! つくづく主人公のアレスとは正反対だなと思う。
「俺は色々あって一年の頃はあまり授業に出てなかったから、その辺の事情に疎くてな」
「ああ、そういうことですか。理解しました」
理解ある彼女はそういうと、琥珀色の液体が入ったカップを両手でそっと包み込む素振りをする。
何やら集中していらっしゃる。
「………」
「……………」
一体何をやっているんだろう?
もうかれこれ一分ほど、ティティスはじーっと水晶玉のようにティーカップに手を当てては、憎き親の仇を睨みつけるかのように紅茶を注視。
すると、変化が訪れた。
カップの水面がボコボコと沸騰したみたいに泡立ちはじめた。次の瞬間、無重力のなかにあるかのように、液体は凹凸を作りながら宙に浮く。
「おっ、うまいうまい! やるじゃないか」
「話しかけないでくださいッ!」
かなり集中しているようで、怒られてしまった。
魔法の基本は魔力操作にある。精霊に力を借りて無から水を生み出す以前に、魔力であらゆるものを操れなければ魔法は使えない。
そのためにも、魔法使いにとって魔力操作は避けて通れない。
魔力円環――直接物体に触れずに物を浮かしたりするだけではなく、そもそも触れることができぬものを集め・留め・操る。
この基本ができなければ風を一点に集める風の刃も、光を集めて手元を照らす光玉も執行不可。
基礎となる魔力操作を覚えるためにも、ティティスが行っている水を用いた魔力円環は誰もが通る道。ちなみに水の他に、土で行うこともある。
ガタンッ! 凹凸感のある琥珀色の液体を浮かせながら、ティティスは立ち上がる。そのままグッと眉間に力を込めた状態で歩きはじめた。
紅茶を飲みながらその光景をぼんやり眺めていると、前方不注意から男子生徒にぶつかった。
「なるほど。ああやって上級生に水をかけてしまったところを絡まれたということか」
散々怒鳴られ怒られ罵られたティティスが、泣きそうな顔で席に戻ってくる。
「一部の生徒は球体を作れていたんですよ。なのに、なのにティティスは綺麗な球体を作れないんです! 座ってる時はまだ少しマシだと思うんですけど、他のことに気を取られると途端にグチャグチャになってしまうんです」
「綺麗な球体を作れていた生徒の大半は貴族だったんじゃないのか?」
「………」
俺の問に黙り込む。どうやら図星のようだ。
魔法は血筋だ。
精霊は高貴な血を好み、魔力の性質は親から子へと代々受け継がれていく。
平民でありながらアルカミア魔法学校に入学を認められたのだから、ティティスにも魔法の才はある――が、血筋と代々受け継がれてきた性質が相手では、学びはじめたばかりの彼女では到底太刀打ちできない。
「なら、平民だからあきらめろって言うんですか! パイセンはパイセンのくせに無責任です! 薄情者です!」
「なんで俺のせいになっているんだよ」
「ティティスは一日も早く一流の魔法使いにならなきゃいけないんです!」
感情的なティティスに落ち着くように声をかけ、俺は残りの紅茶を飲み干した。
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ソーサーにカップを置いて、俺は立ち上がった。
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