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第3部 呪いの館 それぞれの未来へ

怜の場合 5

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 母親だという人に話を聞くと、1年半前に病気で倒れて、手術してからずっと意識がなかったそうだ。

『キミの魂が弱ってたから、それを中心に癒したんだ。その後身体も癒した。完治するのに時間がかかったんだ』
「そうなんだ。治してくれてありがとう」

 怜の中にもう1人の人格があった。

 名をレイと名乗った。

 本名はもっと長いけど、愛称で構わないと言ってきた。

 レイは呪いまじなという術で、怜の治癒力や抵抗力を上げて病気が完治するのを手伝ってくれたらしい。

 そして体力が落ちない様に、時々家族の目を盗んで身体を動かしたくれたそうだ。

 怜にとってレイはもう1人の自分だった。だが、家族にとってはそうでない。

 1人会話する姿に、怜は記憶を失ったあげく、更に人格が分裂したと思われてしまった。

 怜の記憶を戻すキッカケに仲のいい勇輝達に連絡を取るべきか、家族は悩んだ。

 しかし病気で長い間眠り続け、目が覚めたら記憶を失い、精神的に病んだ姿ーと家族は思っているーを、勇輝達に知らせるのは、お互いの為にも忍びなかった。
 
 それにより怜の消息は勇輝達に届く事は無かったのだった。



『記憶を取り戻したくない?どうして』
「うまく言えないけど怖いんだ」

 部屋で勉強を終え、怜は寝る準備をしていた。

 準備しながら鏡で見た自分の姿は、10代後半の男の姿だった。

 こんな姿だったろうか。覚えていない。

 レイ曰く、身長をとても気にしていたから、時々成長する術もかけてくれたらしい。

 今の怜は180cmを超える背丈だった。

 目覚めて数ヶ月。状況も落ち着いてきたので、今では近くの学校に通い出した。

 家族の反応から、人前ではレイと直接会話する事は避けた。そうする事で一旦落ち着いたと家族に思わせたのだ。

 なのに一向に怜の記憶は戻る様子がない。

『怖い?』
「何かを望んだら今ある物を失ってしまいそうで」

 レイが息を飲む気配がした。

 それは真実だった。

 今回再会を誓って眠りにつき、病気が治った彼は、大切な人達の記憶を失っていた。

 怜は何かを望めば、何かを失う。
 ずっとそんな人生を歩んできた。

『もうボクがついてるから大丈夫』
「え?何が?」
『キミは本当の願いを望んで叶えていいんだ。ボクが叶えるのを手伝うから。その為にボクはココにいる』

 あの時、怜と同化する前に父から授けられた一族の秘術。

 それは、対象者に幸運や健康など様々な恵みを与える呪いまじなだ。

 レイの魂が持つ残りの時間。
 残りの力をカレの為に。 
 あの時、彷徨う運命だった自分を救ってくれた時にそう決めていた。

 その気持ちに背中を押される様に、怜が呟いた。ずっと言えなかった不安な気持ち。

「…誰か大切な人達がいる気がするんだ」
『そうだね』
「思い出したいのに、今の自分が消える様で怖いんだ」

 思い出すことで今の自分が無くなるかもしれない。

 他にも何か嫌な事が起きるんじゃないか。
 記憶は無くてもこれまでの彼の人生が、何かを願う事を不安にさせていた。

『大丈夫。前も今もキミはキミだ。カレらはきっと待ってくれてる。覚悟が決まったら、机の引き出しを開けて』

 机の引き出し。

 怜が目覚めてから、一度も開けていない。
 怜は無意識に。レイはあえて。開けるのを避けていた。

「レイは…僕が今の僕じゃなくなっても側にいてくれる?」
『もちろん。ボクは既にキミの一部だ』
「なんかプロポーズみたい」

 ははっと笑って机に向かった。

 1人じゃないなら向き合える気がする。

 昔、レイの様に寄り添ってくれる人がいた気がする。

 思い出せるなら、思い出したい。

 覚悟を決めて机の引き出しを開けた。

 中には腕時計が入っていた。

 なんとなく見覚えがあるそれを手に取る。

 決して新品ではないが、大きな傷もなく大事に使用されていた事がわかる。

「これ…プレゼント」

 そうだ。大事な人達からもらった誕生日プレゼント。そして、レイが欲しがってたから、今度は自分がプレゼントして…。

「…華…勇輝」

 一気に記憶が溢れてくる。

 あんなにも大事な人達を自分は何故、忘れていられたのか。記憶の本流に流されて、怜はそのまま気を失った。

 この後、家族に発見されまた大騒ぎとなり、病気の後遺症かと病院に運び込まれる事になった。

 そして、次に目を覚ました時。怜は完全に記憶を取り戻していた。

 華や勇輝と再会するのは、それから更に数ヶ月後の事だった。
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