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「勝者キャスベル!」
判定が決まった瞬間、国一番の競技会場は大盛り上がりだった。
多くの屈強な男達を倒して頂点に君臨したのが、美しくて若い女性だったからだ。
機能性を重視したシンプルな防具に、左右の長さが異なる双剣。それを仕舞うと、彼女は頭の上で結んだ髪を軽く払って立ち上がった。
足元には敗戦した大男が転がっていた。
観客達が総立ちでキャスベルを讃える。
キャスベルが判定員の元へ歩き出すと、今度は一転して観客から悲鳴が上がった。
彼女に倒された筈の大男が急に立ち上がり、背後から彼女に向けて大斧を振り上げたのだ。
「馬鹿め!油断したなぁ!」
「……」
相手の男に言葉を返すことも無く、キャスベルは瞬時に身体を低く屈める。
そしてー。
その長い足で男の足元を素早く蹴り払った。それは最小限の動きにして、的確に男のバランスを崩す一撃。
「な、なんだ…!?」
足元を蹴られた大男は、驚いた表情のままバランスを崩し、そのままー。
ズドォーン!
激しい音を立てて、斧ごと仰向けに倒れた。
辺りに砂ぼこりが舞う。そして、頭を強く打ちつけたせいか、大男は今度こそその動きを止めたのだった。
キャスベルのあまりにも素早い動きに観客達も何が起こったか分からず、しばし茫然とし…。
次の瞬間、その日1番の大歓声が上がった。
観客の興奮の渦が競技場を包み込む。
その大歓声の中、判定員がキャスベルの手を掲げて改めて勝利宣言をした。
多くの観客。多くの声援。
その興奮のるつぼに包まれながら、キャスはよく晴れた渡った青空を見上げていた。
「…師匠、とうとうやりましたよ」
冒険者として最高の栄誉。大陸一の強者である証。
とうとう彼女はそれを手に入れたのだ。
キャスは誇らしい気持ちで、とうの昔に逝ってしまった育ての親に思いを馳せた。
大男さえ倒す最強の女冒険者キャスベル。
元々『美人だが鉄面皮の女冒険者』として有名だった彼女が。
大陸中にその名を轟かせた試合となった。
◇◇◇
「さすが私のキャス!男なんて目じゃないわ!」
大会が終わり、宿屋への帰り道。
キャスベルこと、キャスの横で楽しそうにはしゃいでるのは、仲間のエルフのレースだった。緑の髪に緑の目でとても愛らしい顔立ちをしている。
「キャスには人間の男では物足りないだろう。いつでも俺の番にしてやるぞ」
そう言ってフォッフォッフォッと、豪快に笑ったのは獣人のブラハだ。彼は熊の獣人で一際身体がデカい。
そんなブラハのフサフサの頭には、手の平サイズの小さな妖精が乗っていた。北の妖精タルタルだ。
『明日からは北だね!』
ブラハの頭の上で、タルタルは楽しそうに背中の羽をパタパタとさせた。
北の妖精は数はとても多いが、身体が実体化し、更に人と会話できるのは高位に属する妖精だけだ。
タルタルは見た目は小さな手の平サイズだったが、充分戦力になるキャスのパーティー仲間だった。
可愛い仲間の様子に、キャスも僅かに微笑む。
「北で動物が凶暴になっている、という噂が気になるからな」
この世界は食物の実りが豊かで、気候も穏やかだ。普段、動物が凶暴になって人間の土地を襲うなど、聞いた事が無い。
しかも、その場所が北なら尚のこと放っておけない。
北。
それはこの世界ではある種のキーワードだ。
世が荒れる時。ソレは北から現れるとされているからだ。
例え噂でも、放っておける様な軽い話でない。
キャス達が宿屋に向かっている時だった。予想もしない事件が起きた。
ガシャーン ドンッ
往来を行くキャス達のすぐ近くに、ガタイの良い男が派手に吹っ飛んで来た。
男は道に投げ出され、うぅ、と唸って身悶えている。どうやら近くの建物から投げ飛ばされて来た様だった。
それらしき建物から、今度は別の男が出て来た。
薄い色合いの茶髪に豊かな巻毛。スラリとした体躯にタレ目が特徴的な美しい男だった。
シャツが胸元から引き裂かれて、引き締まった胸や腹があられも無く晒されていた。
周囲の者達の視線を虜にするかの様に、巻毛の男は髪をかき上げながら、投げ出された男を罵った。
「いきなり手を出す貴方が悪いんですよ」
集まっていた群衆からは感嘆のため息が聞かれた。それほどに引き締まった上半身を晒した男は、見た目も仕草も目を惹いた。
そしてー。
ヒソヒソと、今度は軽蔑した様に道路で倒れている男を噂し始める。
これはどう見ても、この投げ出された男が美しい男を襲って返り討ちにあった、としか思えない。そんな状況だった。
「ふ、ふざけるな!お前が俺の女に手を出すからだろ!」
「合意の上です。仕方ないでしょ。貴方より私の方が良い男ですから」
え?
予想外な展開に、周囲の見物人も固まる。
どうやら被害者は道路の男で、美しい男は加害者だった様だ。
「この野郎…」
「やりますか?返り討ちにしてあげましょう」
投げ飛ばされた男と、投げ飛ばした男が道の真ん中で向かい合う。一触即発だった。
そんな2人の眼前に、2つの剣が音も無く突きつけられた。
「そこまでにして下さい」
「…っ!?」
「いつの間に…」
キャスだった。己の双剣を交差させ、男2人に突きつけ2人を牽制した。
「ここは往来です。喧嘩なら他の場所で」
「…分かった」
「……」
被害者の男が了承したのを聞いてキャスは剣を仕舞った。
すると加害者の男がいきなりキャスの腕を掴んで、自分に引き寄せた。
急な事で男の胸に抱きつく様な格好になってしまったキャスが慌てて男の胸に手を置く。
服がはだけた男の胸は鍛えられた胸筋がしっかりついていた。キャスの手の平からそれが伝わってくる。
しかも何だか…良い香りがした。
「……」
「今日の優勝者ですね。私のとこに来ませんか?……え?」
男がキャスの顔を覗き込んで絶句した。
彼女は「表情筋の死んだ鉄の女」。もちろん男もその通り名は知っていた。彼女は有名な冒険者だからだ。
なのに今、自分の腕の中にいる彼女は予想に反して顔中どころか、首や耳まで真っ赤になっていた。
人違い?いや、あの双剣の素早い扱いは彼女で間違い無い筈。
そこで男は、あっ、と気づいた。
「違います!口説いてる訳じゃありません!私の事は知ってるでしょう!?」
「………知らないっ」
たっぷり数秒置いてから、キャスは男を睨んだ。目尻に羞恥による涙を浮かべて。
170cm近いキャスでも180cmを超える男の前では、相手を見上げるしか無かった。
顔を赤くして睨んでくるキャスの表情に、男が息を呑んだ。
あ、と思った瞬間。男は宙に舞った。
キャスに投げられたと気づいた時には、地面に激しく投げ落とされていた。
「ぐっ!」
「お前なんか知らない!」
「ま、待って…」
そのままキャスは踵を返すと、男を振り向く事なく、見物人達の中に消えた。
「…まさかこの私が…不覚」
後には、間抜けな姿で地面に横たわる男と。それを微妙な表情で見つめる被害者の男と、群衆だけが残ったのだった。
これが。
後に大いなる運命に翻弄される2人の出会いだった。
判定が決まった瞬間、国一番の競技会場は大盛り上がりだった。
多くの屈強な男達を倒して頂点に君臨したのが、美しくて若い女性だったからだ。
機能性を重視したシンプルな防具に、左右の長さが異なる双剣。それを仕舞うと、彼女は頭の上で結んだ髪を軽く払って立ち上がった。
足元には敗戦した大男が転がっていた。
観客達が総立ちでキャスベルを讃える。
キャスベルが判定員の元へ歩き出すと、今度は一転して観客から悲鳴が上がった。
彼女に倒された筈の大男が急に立ち上がり、背後から彼女に向けて大斧を振り上げたのだ。
「馬鹿め!油断したなぁ!」
「……」
相手の男に言葉を返すことも無く、キャスベルは瞬時に身体を低く屈める。
そしてー。
その長い足で男の足元を素早く蹴り払った。それは最小限の動きにして、的確に男のバランスを崩す一撃。
「な、なんだ…!?」
足元を蹴られた大男は、驚いた表情のままバランスを崩し、そのままー。
ズドォーン!
激しい音を立てて、斧ごと仰向けに倒れた。
辺りに砂ぼこりが舞う。そして、頭を強く打ちつけたせいか、大男は今度こそその動きを止めたのだった。
キャスベルのあまりにも素早い動きに観客達も何が起こったか分からず、しばし茫然とし…。
次の瞬間、その日1番の大歓声が上がった。
観客の興奮の渦が競技場を包み込む。
その大歓声の中、判定員がキャスベルの手を掲げて改めて勝利宣言をした。
多くの観客。多くの声援。
その興奮のるつぼに包まれながら、キャスはよく晴れた渡った青空を見上げていた。
「…師匠、とうとうやりましたよ」
冒険者として最高の栄誉。大陸一の強者である証。
とうとう彼女はそれを手に入れたのだ。
キャスは誇らしい気持ちで、とうの昔に逝ってしまった育ての親に思いを馳せた。
大男さえ倒す最強の女冒険者キャスベル。
元々『美人だが鉄面皮の女冒険者』として有名だった彼女が。
大陸中にその名を轟かせた試合となった。
◇◇◇
「さすが私のキャス!男なんて目じゃないわ!」
大会が終わり、宿屋への帰り道。
キャスベルこと、キャスの横で楽しそうにはしゃいでるのは、仲間のエルフのレースだった。緑の髪に緑の目でとても愛らしい顔立ちをしている。
「キャスには人間の男では物足りないだろう。いつでも俺の番にしてやるぞ」
そう言ってフォッフォッフォッと、豪快に笑ったのは獣人のブラハだ。彼は熊の獣人で一際身体がデカい。
そんなブラハのフサフサの頭には、手の平サイズの小さな妖精が乗っていた。北の妖精タルタルだ。
『明日からは北だね!』
ブラハの頭の上で、タルタルは楽しそうに背中の羽をパタパタとさせた。
北の妖精は数はとても多いが、身体が実体化し、更に人と会話できるのは高位に属する妖精だけだ。
タルタルは見た目は小さな手の平サイズだったが、充分戦力になるキャスのパーティー仲間だった。
可愛い仲間の様子に、キャスも僅かに微笑む。
「北で動物が凶暴になっている、という噂が気になるからな」
この世界は食物の実りが豊かで、気候も穏やかだ。普段、動物が凶暴になって人間の土地を襲うなど、聞いた事が無い。
しかも、その場所が北なら尚のこと放っておけない。
北。
それはこの世界ではある種のキーワードだ。
世が荒れる時。ソレは北から現れるとされているからだ。
例え噂でも、放っておける様な軽い話でない。
キャス達が宿屋に向かっている時だった。予想もしない事件が起きた。
ガシャーン ドンッ
往来を行くキャス達のすぐ近くに、ガタイの良い男が派手に吹っ飛んで来た。
男は道に投げ出され、うぅ、と唸って身悶えている。どうやら近くの建物から投げ飛ばされて来た様だった。
それらしき建物から、今度は別の男が出て来た。
薄い色合いの茶髪に豊かな巻毛。スラリとした体躯にタレ目が特徴的な美しい男だった。
シャツが胸元から引き裂かれて、引き締まった胸や腹があられも無く晒されていた。
周囲の者達の視線を虜にするかの様に、巻毛の男は髪をかき上げながら、投げ出された男を罵った。
「いきなり手を出す貴方が悪いんですよ」
集まっていた群衆からは感嘆のため息が聞かれた。それほどに引き締まった上半身を晒した男は、見た目も仕草も目を惹いた。
そしてー。
ヒソヒソと、今度は軽蔑した様に道路で倒れている男を噂し始める。
これはどう見ても、この投げ出された男が美しい男を襲って返り討ちにあった、としか思えない。そんな状況だった。
「ふ、ふざけるな!お前が俺の女に手を出すからだろ!」
「合意の上です。仕方ないでしょ。貴方より私の方が良い男ですから」
え?
予想外な展開に、周囲の見物人も固まる。
どうやら被害者は道路の男で、美しい男は加害者だった様だ。
「この野郎…」
「やりますか?返り討ちにしてあげましょう」
投げ飛ばされた男と、投げ飛ばした男が道の真ん中で向かい合う。一触即発だった。
そんな2人の眼前に、2つの剣が音も無く突きつけられた。
「そこまでにして下さい」
「…っ!?」
「いつの間に…」
キャスだった。己の双剣を交差させ、男2人に突きつけ2人を牽制した。
「ここは往来です。喧嘩なら他の場所で」
「…分かった」
「……」
被害者の男が了承したのを聞いてキャスは剣を仕舞った。
すると加害者の男がいきなりキャスの腕を掴んで、自分に引き寄せた。
急な事で男の胸に抱きつく様な格好になってしまったキャスが慌てて男の胸に手を置く。
服がはだけた男の胸は鍛えられた胸筋がしっかりついていた。キャスの手の平からそれが伝わってくる。
しかも何だか…良い香りがした。
「……」
「今日の優勝者ですね。私のとこに来ませんか?……え?」
男がキャスの顔を覗き込んで絶句した。
彼女は「表情筋の死んだ鉄の女」。もちろん男もその通り名は知っていた。彼女は有名な冒険者だからだ。
なのに今、自分の腕の中にいる彼女は予想に反して顔中どころか、首や耳まで真っ赤になっていた。
人違い?いや、あの双剣の素早い扱いは彼女で間違い無い筈。
そこで男は、あっ、と気づいた。
「違います!口説いてる訳じゃありません!私の事は知ってるでしょう!?」
「………知らないっ」
たっぷり数秒置いてから、キャスは男を睨んだ。目尻に羞恥による涙を浮かべて。
170cm近いキャスでも180cmを超える男の前では、相手を見上げるしか無かった。
顔を赤くして睨んでくるキャスの表情に、男が息を呑んだ。
あ、と思った瞬間。男は宙に舞った。
キャスに投げられたと気づいた時には、地面に激しく投げ落とされていた。
「ぐっ!」
「お前なんか知らない!」
「ま、待って…」
そのままキャスは踵を返すと、男を振り向く事なく、見物人達の中に消えた。
「…まさかこの私が…不覚」
後には、間抜けな姿で地面に横たわる男と。それを微妙な表情で見つめる被害者の男と、群衆だけが残ったのだった。
これが。
後に大いなる運命に翻弄される2人の出会いだった。
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