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女神に愛されし世界フラウティア・フィリア。
この世界は主に5つの大陸と種族で構成されている。
北は妖精。東は獣。南はエルフ。西は鳥。中央は人間。
女神の力を継ぐと言われている人間の王族が中心になり、他種族と協力し合ってこの世界は平和を保っている。
大きな気候変動や災害も無ければ、飢餓や旱魃も無い恵まれた世界だった。
こんな平和な世界でも多少の争いや面倒ごとはある。主にそれを解決するのが、この世界の冒険者の仕事だ。
◇◇◇
翌朝。キャス達パーティーは、北方面に向かう馬車に揺られていた。
安全で壮大な草原を縦断する、のんびりした旅だ。
これから暖かい季節になるが、北方面はまだ涼しい。その為か北へ向かう者は少なかった。乗り合わせがいない快適な旅だ。
ドドドドッ…!
草原に砂煙りを上げ、馬車を追い抜く集団がいた。
ベージュ色の布に茶色の縁取りをした制服に身を包んだ男達だった。
「王国騎士団…!」
キャスが珍しく頬を紅潮させ、興奮した様に馬車から身を乗り出す。
数頭の馬が駆け抜け、瞬く間に姿が見えなくなった。
「キャスは本当に騎士団が好きね」
レースの言葉にキャスは目をキラキラさせる。
「彼らは強者の集まりだからな!」
そう。直接王族に仕える王国騎士団は身分問わず実力のある者しかなれない。純粋に力に憧れる者にとっては、彼らは憧れの対象だ。
「あの光の勇者様も代々騎士団から現れたと言うし」
「何?キャスは光の勇者みたいな男性が好みなの?」
「あぁ!いつか手合わせしてみたい!」
「ええ~?そっち!?」
レースとキャスのやり取りに、タンタンは呆れ、ブラハが爆笑した。
『キャスって本当に筋肉馬鹿だよね』
「グッ…フォフォフォ!それがキャスの良いところだ!」
楽しそうな笑い声をあげて馬車は北へ走り続けた。
北大陸に入る手前で日が暮れた為、キャス達は途中の村で一晩を過ごすことになった。
村で宿を探していると…。
バンッ ドンッ
大きな音と同時に、キャス達のすぐ近くにガタイの良い男が派手に吹っ飛んで来た。
民家の中から投げ飛ばされた様で扉ごと吹き飛んでいた。
「何なの!?危ないじゃない!」
『またこの展開?』
レースが怒りキャスの後ろに隠れ、タンタンはブラハの後頭部に身を隠した。
投げ出された男は冒険者だったらしく、即座に身を起こすと剣を構えた。
家から今度は別の男が出て来た。
見覚えのある薄い色あいの茶髪に、豊かな巻毛。スラリとした体躯に、相変わらずタレ目が特徴的な美しい男だった。
今回は上半身は裸でズボンだけを身に纏っていて、前回以上に均整のとれた肉体が惜しげもなく晒されていた。
「しつこい貴方が悪いんですよ。今夜の相手は私だと言ったでしょ?」
優雅な仕草で豊かな髪をかきあげる。男の良い草から、キャス達は何となく話の流れを汲み取った。
「俺が最初に声をかけたんだ!なのに後から…」
「仕方ないでしょ。貴方より私の方が良い男ですから」
巻毛の男がフッと、相手を馬鹿にした様に笑った。
それを見てキャス達は「やっぱり!」と巻毛の男が加害者である事を確信した。
「だいたい…ん?」
巻毛の男がキャス達に気づいた。
「貴女は…まさかこんな所で会えるとは!」
「……」
嬉しそうな男に比べ、キャスは苦虫を潰した様な迷惑そうな表情を浮かべた。
「この間は私の事を知らないと言いましたね?私の顔を知らないと」
ツカツカと男がキャスの前にやって来た。
「っ…知らない」
「なら、これならどうですか」
男が自分の胸元を指さして見せた。
男は上半身裸なので、キャスの目の前には均整の取れた肉体美しか無かった。
…なんだか胸の鼓動が早くなる気がした。
「どうです?こんなにつけてるのは私くらいです」
「……」
こんなに?何を?
不思議に思いながらも、よくよくその上半身を見れば。男の胸のあちこちに赤い斑点がついていた。
それが何かを理解する前にキャスの視界が遮られる。遮ったのはレースだ。
「うちの純粋なキャスに何て物を見せるのよ!」
レースがキャスの目を後ろから塞ぎ、「もう行くわよ!」とキャスをその場から連れ出した。
「ちょ、待ちなさ…あ、しまった!今は裸だった!」
慌てる男に、ブラハは大笑いし、タンタンは心底軽蔑した視線を向けた。
「グッフォフォフォ!愉快な奴だ」
『……変態』
「う…」
キャス達パーティーが立ち去った後。
後には変態扱いされた美形の男と、呆れた顔でそれを見つめる冒険者の男だけが残ったのだった。
宿屋は生憎満杯だった。王国騎士団が団体で泊まった為に空きが無くなったらしい。
「野宿なんて久しぶりだわ」
不満を述べながらもレースは村のすぐ側にテントを用意した。エルフは普段から旅をする事が多いので、こういう準備は得意だ。
「ありがとうレース」
「いいのよ。それにしても何なのかしらね、あの男」
「…さあ」
キャスは焚き火を起こした。
先ほどの男の裸体や匂いが頭から離れない。きっと顔が赤いのは炎のせいだけでは無いはずだ。
結局、赤い斑点が何かはわからなかった。
「夜はまだ寒いな」
中央の土地と言っても北寄りなので夜は寒い。暖を取るのに火は必須だ。キャスは少し多めに薪をくべた。
『騎士団が何でこんなとこにいるの?』
「さっき聞き込みに行ったが、例の北の件を調べに来たらしい」
『…そんな大きな問題なのかな』
ブラハの言葉に、タンタンは見るからに落ち込んだ。そんな小さな妖精にキャスが声をかけた。手の平に花を乗せて。
「タンタン。ご飯だ」
『あ!花の蜜!』
ピュンとタンタンが飛んで来た。さっきの落ち込んだ顔はどこかへ行ってしまった。
『今日は北の花だ!』
嬉しそうに花に顔を突っ込むタンタンに、他のメンバーが笑う。彼のあどけなさはパーティーの癒しだ。
プハッと顔を上げたタンタンは、顔中に花粉がついていた。それをキャスが優しく指で落としてあげる。
「タンタン。北に帰るのは久しぶりか?」
『うん』
「じゃあ妖精王様にも会って行くか?」
キャスの言葉にタンタンが目を輝かせた。
『いいの!?』
「勿論だ」
妖精王とは北の地を治め、全ての妖精の頂点に立つ者。彼の発する聖気というエネルギーが花に宿り妖精が生まれるという。言ってみれば全ての妖精にとっての父であり母である存在だった。
そんな彼は定期的に永い眠りにつく。つい最近、彼が目覚めたという噂は大陸全土を駆け巡った有名な話だ。
「妖精王様って、とても美形なんでしょう?楽しみだわ!」
「…よく知ってるな」
「キャスは興味無さすぎよ!人間の生命は短いんだから!もっと恋に積極的になるべきよ!」
レースがキャスの鼻を指さして説教をして来た。毎度のパターンだ。
「相手がいなければオレがキャスの番になってやるぞ」
「ブラハが私より強くなったらな」
「グッフォフォフォ!こりゃ難しいな」
ブラハがキャスにフラれる。これもまた毎度のパターンだ。
『えへへ。楽しみだな』
タンタンが楽しい雰囲気に笑った。
彼の気持ちが明るくなったのを確認して、キャスはタンタンをブラハの頭に乗せて上げた。フカフカの毛並みは彼にとっての最高の寝床だ。
暫くすると、ブラハの頭からクークーと可愛い寝息が聞こえてきた。
「…どう思う?」
レースの言葉に誰もツッコミを入れない。今3人が疑問にしている事は1つだ。
「北というのが気になるな」
ブラハの言葉に2人も頷く。
世が荒れる時、ソレは必ず北から現れると言われている。
この世界に生きる者なら皆が知っている共通認識だった。
「タンタンに心配させたくない。ハッキリした事が分かるまで下手な憶測は控えよう」
その為にキャスは先程タンタンの気を逸らしたのだ。
リーダーの言葉にレースもブラハも頷いた。
この世界は主に5つの大陸と種族で構成されている。
北は妖精。東は獣。南はエルフ。西は鳥。中央は人間。
女神の力を継ぐと言われている人間の王族が中心になり、他種族と協力し合ってこの世界は平和を保っている。
大きな気候変動や災害も無ければ、飢餓や旱魃も無い恵まれた世界だった。
こんな平和な世界でも多少の争いや面倒ごとはある。主にそれを解決するのが、この世界の冒険者の仕事だ。
◇◇◇
翌朝。キャス達パーティーは、北方面に向かう馬車に揺られていた。
安全で壮大な草原を縦断する、のんびりした旅だ。
これから暖かい季節になるが、北方面はまだ涼しい。その為か北へ向かう者は少なかった。乗り合わせがいない快適な旅だ。
ドドドドッ…!
草原に砂煙りを上げ、馬車を追い抜く集団がいた。
ベージュ色の布に茶色の縁取りをした制服に身を包んだ男達だった。
「王国騎士団…!」
キャスが珍しく頬を紅潮させ、興奮した様に馬車から身を乗り出す。
数頭の馬が駆け抜け、瞬く間に姿が見えなくなった。
「キャスは本当に騎士団が好きね」
レースの言葉にキャスは目をキラキラさせる。
「彼らは強者の集まりだからな!」
そう。直接王族に仕える王国騎士団は身分問わず実力のある者しかなれない。純粋に力に憧れる者にとっては、彼らは憧れの対象だ。
「あの光の勇者様も代々騎士団から現れたと言うし」
「何?キャスは光の勇者みたいな男性が好みなの?」
「あぁ!いつか手合わせしてみたい!」
「ええ~?そっち!?」
レースとキャスのやり取りに、タンタンは呆れ、ブラハが爆笑した。
『キャスって本当に筋肉馬鹿だよね』
「グッ…フォフォフォ!それがキャスの良いところだ!」
楽しそうな笑い声をあげて馬車は北へ走り続けた。
北大陸に入る手前で日が暮れた為、キャス達は途中の村で一晩を過ごすことになった。
村で宿を探していると…。
バンッ ドンッ
大きな音と同時に、キャス達のすぐ近くにガタイの良い男が派手に吹っ飛んで来た。
民家の中から投げ飛ばされた様で扉ごと吹き飛んでいた。
「何なの!?危ないじゃない!」
『またこの展開?』
レースが怒りキャスの後ろに隠れ、タンタンはブラハの後頭部に身を隠した。
投げ出された男は冒険者だったらしく、即座に身を起こすと剣を構えた。
家から今度は別の男が出て来た。
見覚えのある薄い色あいの茶髪に、豊かな巻毛。スラリとした体躯に、相変わらずタレ目が特徴的な美しい男だった。
今回は上半身は裸でズボンだけを身に纏っていて、前回以上に均整のとれた肉体が惜しげもなく晒されていた。
「しつこい貴方が悪いんですよ。今夜の相手は私だと言ったでしょ?」
優雅な仕草で豊かな髪をかきあげる。男の良い草から、キャス達は何となく話の流れを汲み取った。
「俺が最初に声をかけたんだ!なのに後から…」
「仕方ないでしょ。貴方より私の方が良い男ですから」
巻毛の男がフッと、相手を馬鹿にした様に笑った。
それを見てキャス達は「やっぱり!」と巻毛の男が加害者である事を確信した。
「だいたい…ん?」
巻毛の男がキャス達に気づいた。
「貴女は…まさかこんな所で会えるとは!」
「……」
嬉しそうな男に比べ、キャスは苦虫を潰した様な迷惑そうな表情を浮かべた。
「この間は私の事を知らないと言いましたね?私の顔を知らないと」
ツカツカと男がキャスの前にやって来た。
「っ…知らない」
「なら、これならどうですか」
男が自分の胸元を指さして見せた。
男は上半身裸なので、キャスの目の前には均整の取れた肉体美しか無かった。
…なんだか胸の鼓動が早くなる気がした。
「どうです?こんなにつけてるのは私くらいです」
「……」
こんなに?何を?
不思議に思いながらも、よくよくその上半身を見れば。男の胸のあちこちに赤い斑点がついていた。
それが何かを理解する前にキャスの視界が遮られる。遮ったのはレースだ。
「うちの純粋なキャスに何て物を見せるのよ!」
レースがキャスの目を後ろから塞ぎ、「もう行くわよ!」とキャスをその場から連れ出した。
「ちょ、待ちなさ…あ、しまった!今は裸だった!」
慌てる男に、ブラハは大笑いし、タンタンは心底軽蔑した視線を向けた。
「グッフォフォフォ!愉快な奴だ」
『……変態』
「う…」
キャス達パーティーが立ち去った後。
後には変態扱いされた美形の男と、呆れた顔でそれを見つめる冒険者の男だけが残ったのだった。
宿屋は生憎満杯だった。王国騎士団が団体で泊まった為に空きが無くなったらしい。
「野宿なんて久しぶりだわ」
不満を述べながらもレースは村のすぐ側にテントを用意した。エルフは普段から旅をする事が多いので、こういう準備は得意だ。
「ありがとうレース」
「いいのよ。それにしても何なのかしらね、あの男」
「…さあ」
キャスは焚き火を起こした。
先ほどの男の裸体や匂いが頭から離れない。きっと顔が赤いのは炎のせいだけでは無いはずだ。
結局、赤い斑点が何かはわからなかった。
「夜はまだ寒いな」
中央の土地と言っても北寄りなので夜は寒い。暖を取るのに火は必須だ。キャスは少し多めに薪をくべた。
『騎士団が何でこんなとこにいるの?』
「さっき聞き込みに行ったが、例の北の件を調べに来たらしい」
『…そんな大きな問題なのかな』
ブラハの言葉に、タンタンは見るからに落ち込んだ。そんな小さな妖精にキャスが声をかけた。手の平に花を乗せて。
「タンタン。ご飯だ」
『あ!花の蜜!』
ピュンとタンタンが飛んで来た。さっきの落ち込んだ顔はどこかへ行ってしまった。
『今日は北の花だ!』
嬉しそうに花に顔を突っ込むタンタンに、他のメンバーが笑う。彼のあどけなさはパーティーの癒しだ。
プハッと顔を上げたタンタンは、顔中に花粉がついていた。それをキャスが優しく指で落としてあげる。
「タンタン。北に帰るのは久しぶりか?」
『うん』
「じゃあ妖精王様にも会って行くか?」
キャスの言葉にタンタンが目を輝かせた。
『いいの!?』
「勿論だ」
妖精王とは北の地を治め、全ての妖精の頂点に立つ者。彼の発する聖気というエネルギーが花に宿り妖精が生まれるという。言ってみれば全ての妖精にとっての父であり母である存在だった。
そんな彼は定期的に永い眠りにつく。つい最近、彼が目覚めたという噂は大陸全土を駆け巡った有名な話だ。
「妖精王様って、とても美形なんでしょう?楽しみだわ!」
「…よく知ってるな」
「キャスは興味無さすぎよ!人間の生命は短いんだから!もっと恋に積極的になるべきよ!」
レースがキャスの鼻を指さして説教をして来た。毎度のパターンだ。
「相手がいなければオレがキャスの番になってやるぞ」
「ブラハが私より強くなったらな」
「グッフォフォフォ!こりゃ難しいな」
ブラハがキャスにフラれる。これもまた毎度のパターンだ。
『えへへ。楽しみだな』
タンタンが楽しい雰囲気に笑った。
彼の気持ちが明るくなったのを確認して、キャスはタンタンをブラハの頭に乗せて上げた。フカフカの毛並みは彼にとっての最高の寝床だ。
暫くすると、ブラハの頭からクークーと可愛い寝息が聞こえてきた。
「…どう思う?」
レースの言葉に誰もツッコミを入れない。今3人が疑問にしている事は1つだ。
「北というのが気になるな」
ブラハの言葉に2人も頷く。
世が荒れる時、ソレは必ず北から現れると言われている。
この世界に生きる者なら皆が知っている共通認識だった。
「タンタンに心配させたくない。ハッキリした事が分かるまで下手な憶測は控えよう」
その為にキャスは先程タンタンの気を逸らしたのだ。
リーダーの言葉にレースもブラハも頷いた。
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