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『キャスまで行っちゃうの?』

 パーティー解散を聞いたタンタンは大泣きした。まさか一夜にして、1人は結婚で。もう1人は引退で。もう1人は出世で。

 目まぐるしい状況の変化にタンタンはついていけない。妖精には結婚も、引退も、出世も無い。だからメンバーの状況が理解できなかった。

「タンタン」

 胸が苦しくなったキャスは、タンタンの頭を優しく撫でた。

「約束する。暫くは難しいと思うが、落ち着いてお休みが貰えたら真っ先に会いにくる」
『本当?』
「あぁ。私もタンタンに会いたい」
『約束だよ!』

 ぎゅーとタンタンがキャスの頬に抱きついてスリスリしてきた。この可愛らしさに会えなくなると思うと辛い。

「団長!」

 部下に呼ばれてラリエスは、ハッと振り向いた。

「何ですか?」
「妖精王がお待ちですよ」
「コホン。そうでしたね」

 思わずキャスとタンタンのやり取りが可愛らしくて魅入ってしまった。

 務めを果たす為、ラリエスは妖精王の待つ部屋に入った。

 今日は王の遣いでやって来た。まずは役目を果たさねば。

「其方が勇者の末裔か」
「いかにも。ラリエスと申します」

 挨拶もそこそこにラリエスは用件を伝えた。内容は、北で起きた異変を聞きたいから王城へ登城する様に、という物だった。

「…わかった。ただ今夜新しい妖精が誕生する。それが落ち着く1週間後にこちらを立とう。其方らも今日は泊まっていくがいい」
「承知致しました」

 すんなり承諾を得られた為、北での用件は終わった。



 副団長と共に部屋を出てみれば、何やら外が騒がしがった。

 楽しそうに騒いでいる声がする。

 表に出てみれば、キャスと団員の1人が対峙していた。それを他の団員が囲んで歓声を上げてる所だった。

 一体何が?と思った矢先に、キャスが動いた。

 迫るキャスに、団員が慌てて剣を振り下ろす。それをキャスが己の剣で弾き、団員の手から剣が弾け飛んだ。

 そのまま隙を与えずもう片方の剣で、キャスは団員に迫る。団員が後方に顔を逸らしてかわした瞬間。キャスは団員の足を払った。そのまま団員はバランスを崩し無様に尻餅をついた。

「くそ!まだまだ…」

 その時、キャスが弾き飛ばして上空を舞っていた団員の剣が地面に突き刺さった。キャスはそれを取ると、無言で団員の顔に突きつけた。

「………参った」

 キャスの圧勝に大歓声が上がった。一様に団員達がキャスを誉め称える。そんな中でもキャスはずっと無表情だった。

「さすが大会優勝者。良い人材を確保出来ましたね」
「そうですね」

 副団長の言葉にラリエスも同意する。

 王女の護衛に腕の立つ女性を探していたが、彼女ほどの適任はいないだろう。見た所、真面目で表情の変化も乏しい。城で知った秘密も守る事が出来そうだ…。

 ラリエスが冷静にキャスの人柄を分析していた矢先。

「ところで何で試合なんかしてたんだ」
「あぁ副団長、それがですね!」
「彼女、美人じゃないですか!それで付き合ってる奴がいるか聞いたんですよ!そしたら…」

 自分より強い男にしか興味無い。

 これが腕自慢の騎士団の男達に火をつけた。次々と男達がキャスに挑むなか、バンバン倒され、さっきの団員が最後だったらしい。

「それは心強いな」
「ハッハッハッ!これで後は副団長と団長くらいですね」
「そうだな、じゃあ俺も挑んでみるか…団長?」

 副団長は側のラリエスを見てギョッとした。普段見ない様な不機嫌そうな顔をしていたからだ。

「どうかしましたか?」
「…何でもないです」

 その時、城から熊の獣人ブラハが出て来た。それに気づいたキャスがブラハに駆け寄る。

 二、三にさん言葉を交わして、2人は抱擁した。気のせいかキャスの瞳が潤んでいる様にも見える。

 相変わらず表情の変化は乏しいが、彼女の弱さが垣間見える瞬間だった。

「あんな表情もするんだな」
「誰だよ表情筋が死んでるなんて噂した奴」

 意外な彼女の一面に団員一同が心を鷲掴みにされた時ー。

「だ、団長?」

 ラリエスの不機嫌は頂点に達し。

「全員今から訓練します。しごきますから覚悟して下さいね」
「ええー!」

 本来はこの後は非番になる筈の予定が、地獄の訓練日になったのだった。



 私は何故こうも彼女が気になるのか。

 団員を訓練しながらも、ラリエスの目線は自然と彼女を追っていた。

 今後、彼女もこの騎士団の一員になると決まった為、一緒に訓練に参加しているのだ。

 ラリエスのしごきは厳しい。騎士団の中でも有名だ。

 どんどん団員がダウンしていく中、最後まで残っていたのは副団長とまさかのキャスだけだった。

 彼女は男達に比べて体力が多いというより、力の加減が上手い。本当に叩き上げの実践で培ってきた実力なのが分かる。

 しなやかな動きに、時折り、服の間から見える健康的な脚。本能的な野性の美しさを感じさせるその動きが、ラリエスの視線を奪う。

「彼女は即戦力ですね」
「…そうですね。んんっ」

 気づけばラリエスの側に副団長がいた。
 
 見惚れていたとバレるのが恥ずかしくて、ラリエスは軽く咳払いした。

「長年冒険者としてやって来た筈なのに、すれて無い感じが好ましいです。守りたくなる…」

 副団長の言葉に、彼に視線をやれば。ラリエス同様に彼の視線もキャスに釘付けだった。

 守りたくなる。

 その言葉には同感だ。きっとひたすら強さだけを追い求めて、世の中に疎い感じが男心をくすぐる。

「彼女の様な人は、きっと結婚前提で付き合えると思うんです」
「……そう、ですね」

 副団長は基本、女遊びはしない。真面目で王国騎士団の副団長という肩書き。結婚相手としても申し分無いだろう。

 対してラリエスは女遊びが激しい事で有名だ。何ならその現場をキャスに2回は目撃されている。

 しかもラリエスは、ある事情から結婚相手を好きに選べない。

 分かっている。彼女は自分が興味を持つには純粋すぎる。

「…そろそろ終わりましょう」
「はい!よし。お前ら訓練は終わりだ!」

 複雑な気持ちを抱えたまま、ラリエスはキャスから逃げる様に先に城へ戻った。



◇◇◇



 この世界には昔から固く守られてきた不文律がある。

『魔王の封印が出来る光の封印。それを絶やさぬ為、光の聖女と光の勇者は結ばれなければならない』

 光の聖女とは当代の王女。
 光の勇者とは当代で1番強い人間の男性。

 もし魔王が復活した場合、勇者の末裔であるラリエスは光の勇者の最候補だ。すなわち王女の結婚相手の最候補でもある。

 もし王女が結婚適齢期を過ぎても魔王が復活しなければ、あるいは本当に好きな相手と添い遂げられるかもしれない。

 でもそれは絶対では無い。

 だからラリエスは、いつも相手の女に本気にはならない。本気になってはいけないー。



 なのにー。



 やってしまった。もう後戻りは出来ない。
 ラリエスは顔には出さず、内面焦っていた。

 ラリエスが押し倒した腕の中には、キャスがいた。ラリエスの剣を受け止め切れず、ボロボロなったドレス。所々布が切れて、普段日に焼けない部分の白い肌がさらされている。

 珍しく防具をつけてない胸は、胸元の谷間から形の良さを主張していたし。倒れた拍子にまくり上がったスカートから、引き締まった美しい脚が伸びていた。

 妖精が誕生する瞬間に生まれた白い光が、辺り一杯に浮遊し、月の無い闇夜を幻想的にしていた。

 そのフワフワと浮遊する光達が、2人を優しく照らし出す。光に晒されたキャスのあられもない姿があまりにも魅力的で。ラリエスの喉が鳴った。
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