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稽古の後、城で夕食を取った騎士団は自由時間となった。
妖精王が『真夜中に妖精が誕生する瞬間が見れる』と教えてくれたが、その時間に現れたのはキャスとラリエスだけだった。
ラリエスのしごきで団員はダウンしていたし。
副団長は興味が無いからと、早々に寝てしまっていたし。
タンタンに至っては、他の妖精達と先に花畑に行ってしまったらしい。
そうして素直に真夜中にのこのこやって来たのが、キャスとラリエスだけだったという訳だ。
「武装していると怖がるかもしれぬ。危険は無いのでその姿で行くが良い」
妖精王が人差し指をクルンとすると、2人の衣装が変わった。
キャスは彼女に良く似合う青色のワンピースに。ラリエスは彼に似合う焦茶をベースとした服に変わっていた。腰に携えていた剣も見当たらない。
「城に戻れば解ける魔法だ。楽しんでくるが良い」
そう言って妖精王は奥の部屋へ消えて行った。
突然の事で、目をパチクリしてるキャスにラリエスが手を差し出した。
「お相手頂けますか?キャスベル嬢」
そう言って微笑むラリエスは、とてもスマートでカッコ良かった。
やっぱり女の扱いに慣れてるんだな。何故だか少し複雑な気持ちになる。それを不思議に思いながら、キャスはラリエスの手を取った。
◇◇◇
城の周辺の花畑は、幻想的な光に包まれていた。
丸みを帯びた花びらを袋状に閉じた花々が、うっすらと光を放っていた。青や赤や黄のお花の中に生まれたての妖精がいて、それが光を放っているらしい。
「綺麗だな」
初めての光景に、うっとりとキャスが呟いた。そんなキャスをラリエスがチラリと一瞥し、同じ様に幻想的な光景に目を向けた。
風が吹いた。花が揺れて、そこからフワフワと幾つもの白い光が舞い上がって行く。
生命の誕生。初めて目にする光景に、気づけばキャスの瞳から涙が溢れた。
「貴女は感動屋でもあるんですね」
ラリエスがハンカチでキャスの涙を拭った。
「こんな美しい光景は初めて見た」
「私もです」
2人並んで、しばし目の前の幻想的な光景を眺める。
風が吹く度に、吹き上げられた花から光が飛び出して、辺りを浮遊する。気づけば花畑一帯に美しい白い光が溢れていた。
「キャスベルは…どうしてそんなに強さにこだわるんですか?」
ずっと気になっていた事をラリエスは尋ねた。こちらを向いたキャスを見つめる。
「金、名誉、権力。他にも自分の欲を満足させる物はあるでしょう?例えば私は全部持ってますけど」
茶化した様に言うラリエスに、キャスは興味を無くした様に花々に視線を戻した。
「強さは自分次第だから」
「え?」
「金や名誉、権力は時に不自由だ。だけど純粋な強さは自分を自由にしてくれる。そんな気がするから」
「……」
「貴方はそう感じないか?」
金や名誉、権力は時に不自由。
その通りだ。
勇者の末裔という名誉。王国騎士団団長という権力。それらはラリエスを光り輝かせると共に、その自由を縛る。
「……もし貴女がそれらに縛られたなら、貴女はどうしますか?」
「縛られた事が無いからわからない。だけど…」
少し思案してキャスは言った。
「縛った者達を返り討ちにするかな」
「く……はっはっはっ!返り討ちとは!物騒ですね!」
キャスの言葉は長年押し込めていたラリエスの願望を揺り動かした。ずっと望みながらも、見ないフリをしていたその願いを。
返り討ちに出来たらどれだけ爽快だろうか!ラリエスの未来を縛る全てを!己の手で!
その時に。
彼女が側にいたら。
きっと最高の未来だろう。
自分の願望に気づいたラリエスは、もう自分で止められなかった。
「キャスベル」
ラリエスがキャスを引き寄せた。いきなりの事で、ぽふ、とキャスがラリエスの腕に収まった。
「貴女が欲しい」
「な、なにを」
「貴女の言う通りです。私は多くの物に縛られている。それらを跳ね除ける覚悟が欲しい」
「……」
「今から貴女に勝負を挑みます。勝ったら私の物になって欲しい」
ラリエスがキャスの顎を取って上を向かせた。真っ赤になったキャスの顔が可愛いくて、今すぐ自分の物にしてしまいたい。
「貴女は私には勝てない。今から全力で貴女を潰します」
「なっ…」
あまりの言い草に、キャスが表情を強張らせる。彼女だってこれまで死ぬほどの思いで鍛錬してきた。ラリエスの言葉が彼女のプライドを傷つけ、怒りに火をつけた。
それでいい。本気になってかかってこい。
それを今から徹底的に潰して。
誰が強者かを分からせてやる。
ラリエスの口角が愉快そうに上がった。
「…どうですか?私の強さが分かりました?」
「卑怯じゃないのか」
勝負はラリエスの圧勝だった。
戦う武器を持たないキャスに、ラリエスは風魔法で作った刃で攻撃を仕掛けた。魔法を使える人間はほんの一握りだ。それだけでラリエスはキャスを上回っていた。
さらにそこで体術でも圧倒的な差を見せつけた。キャスの攻撃を受け流しては、おちょくる様に抱きしめたり、掴んだ手に口づけたりしてきた。
怒りと羞恥で冷静さが揺らいだ所で、あろうことか地面の砂をキャスに浴びせ目潰しをして。彼女の得意とする足払いでキャスを転倒させたのだった。
そして屈辱的な事に、そのまま押し倒されたのだ。服もプライドもボロボロだった。
「卑怯?ならず者や荒くれ者はいつ襲って来るか分かりませんよ?ならこれも油断した貴女が悪い」
「……」
キャスが悔しそうに口をつぐんで、顔を横に背けた。ラリエスの事はやはり卑怯だと思うが、自分が油断したのは否めない。
「知ってますか?本当の強さとは力や技だけでは無いんですよ?」
するり、とラリエスがキャスの頬を撫でた。ぞくり、と背中を何かが駆け抜け、初めての感覚にキャスの身体がビクリとした。
その感覚を無理やり抑えて、キャスはラリエスを見上げた。ラリエスの言った『本当の強さ』それがキャスの興味をひいた。
「知りたいですか?」
こくんと頷く。自分が手も足も出ない人の言う本当の強さが気になった。
ラリエスが顔を近づけてくる。あやうく唇が触れそう程に近づき、そのままキャスの耳元で囁いた。
「卑怯でもいいんです。勝つ為なら砂でも相手の技でも何でも使えばいい」
そう言ってラリエスは耳元から離れ、キャスを見下ろして微笑んだ。
その笑顔が堂々としているのに、なんだか泣きそうにも見えてー。
もう…キャスはラリエスを、卑怯者とは言えなかった。
勝つ為なら卑怯者にもなれる覚悟。
揺るぎない勝利への執念。
それを彼から感じ取ったからだ。
周囲から絶対的な強者である事を強いられ、血の滲む努力をして来た果ての。彼なりの真実。
それに気づくと、甘ったるく見えた彼の表情が今夜は違って見えた。余裕そうに見えていた表情にどこか焦りも見て取れる。
「団長、焦ってる?」
「焦ってますよ」
「どうして?」
「こんなに欲しいと思った女性は初めてで、どうしていいか分からないんです」
ラリエスの言葉にキャスは言葉に詰まる。
これまで腕っぷしで言い寄る相手を薙ぎ倒して来たので、こんな甘い口説き文句に慣れていなかった。
「私の物になってキャスベル…キャス」
「でも、貴方は光の勇者候補なのだろう?なら相手は…」
ラリエスの人差し指がソッとキャスの口を止めた。それ以上は聞きたくないという様に。
「魔王が復活したら私は勇者になるかもしれません。でも貴女だけだ」
「な、に、を…」
「私は貴女しかいらない」
キャスの長い髪を手に取り愛おしそうに口づけた。
「私が私を縛る全てを返り討ちにする。その力を、覚悟を私に授けるのは貴女だ」
薄い色素の瞳がキャスを見つめる。今までと違う真剣な視線に、キャスの胸は高鳴った。
ラリエスの顔がゆっくり下りてくる。
その強さを見せつけられた今、断る理由は無かった。
幼い頃から決めていた。いつか異性と恋をするなら圧倒的に自分より強い相手とだと。
師匠。ここまで強い相手ならいいですよね?
ラリエスの口づけを受け入れる為、キャスは目を閉じた。
妖精王が『真夜中に妖精が誕生する瞬間が見れる』と教えてくれたが、その時間に現れたのはキャスとラリエスだけだった。
ラリエスのしごきで団員はダウンしていたし。
副団長は興味が無いからと、早々に寝てしまっていたし。
タンタンに至っては、他の妖精達と先に花畑に行ってしまったらしい。
そうして素直に真夜中にのこのこやって来たのが、キャスとラリエスだけだったという訳だ。
「武装していると怖がるかもしれぬ。危険は無いのでその姿で行くが良い」
妖精王が人差し指をクルンとすると、2人の衣装が変わった。
キャスは彼女に良く似合う青色のワンピースに。ラリエスは彼に似合う焦茶をベースとした服に変わっていた。腰に携えていた剣も見当たらない。
「城に戻れば解ける魔法だ。楽しんでくるが良い」
そう言って妖精王は奥の部屋へ消えて行った。
突然の事で、目をパチクリしてるキャスにラリエスが手を差し出した。
「お相手頂けますか?キャスベル嬢」
そう言って微笑むラリエスは、とてもスマートでカッコ良かった。
やっぱり女の扱いに慣れてるんだな。何故だか少し複雑な気持ちになる。それを不思議に思いながら、キャスはラリエスの手を取った。
◇◇◇
城の周辺の花畑は、幻想的な光に包まれていた。
丸みを帯びた花びらを袋状に閉じた花々が、うっすらと光を放っていた。青や赤や黄のお花の中に生まれたての妖精がいて、それが光を放っているらしい。
「綺麗だな」
初めての光景に、うっとりとキャスが呟いた。そんなキャスをラリエスがチラリと一瞥し、同じ様に幻想的な光景に目を向けた。
風が吹いた。花が揺れて、そこからフワフワと幾つもの白い光が舞い上がって行く。
生命の誕生。初めて目にする光景に、気づけばキャスの瞳から涙が溢れた。
「貴女は感動屋でもあるんですね」
ラリエスがハンカチでキャスの涙を拭った。
「こんな美しい光景は初めて見た」
「私もです」
2人並んで、しばし目の前の幻想的な光景を眺める。
風が吹く度に、吹き上げられた花から光が飛び出して、辺りを浮遊する。気づけば花畑一帯に美しい白い光が溢れていた。
「キャスベルは…どうしてそんなに強さにこだわるんですか?」
ずっと気になっていた事をラリエスは尋ねた。こちらを向いたキャスを見つめる。
「金、名誉、権力。他にも自分の欲を満足させる物はあるでしょう?例えば私は全部持ってますけど」
茶化した様に言うラリエスに、キャスは興味を無くした様に花々に視線を戻した。
「強さは自分次第だから」
「え?」
「金や名誉、権力は時に不自由だ。だけど純粋な強さは自分を自由にしてくれる。そんな気がするから」
「……」
「貴方はそう感じないか?」
金や名誉、権力は時に不自由。
その通りだ。
勇者の末裔という名誉。王国騎士団団長という権力。それらはラリエスを光り輝かせると共に、その自由を縛る。
「……もし貴女がそれらに縛られたなら、貴女はどうしますか?」
「縛られた事が無いからわからない。だけど…」
少し思案してキャスは言った。
「縛った者達を返り討ちにするかな」
「く……はっはっはっ!返り討ちとは!物騒ですね!」
キャスの言葉は長年押し込めていたラリエスの願望を揺り動かした。ずっと望みながらも、見ないフリをしていたその願いを。
返り討ちに出来たらどれだけ爽快だろうか!ラリエスの未来を縛る全てを!己の手で!
その時に。
彼女が側にいたら。
きっと最高の未来だろう。
自分の願望に気づいたラリエスは、もう自分で止められなかった。
「キャスベル」
ラリエスがキャスを引き寄せた。いきなりの事で、ぽふ、とキャスがラリエスの腕に収まった。
「貴女が欲しい」
「な、なにを」
「貴女の言う通りです。私は多くの物に縛られている。それらを跳ね除ける覚悟が欲しい」
「……」
「今から貴女に勝負を挑みます。勝ったら私の物になって欲しい」
ラリエスがキャスの顎を取って上を向かせた。真っ赤になったキャスの顔が可愛いくて、今すぐ自分の物にしてしまいたい。
「貴女は私には勝てない。今から全力で貴女を潰します」
「なっ…」
あまりの言い草に、キャスが表情を強張らせる。彼女だってこれまで死ぬほどの思いで鍛錬してきた。ラリエスの言葉が彼女のプライドを傷つけ、怒りに火をつけた。
それでいい。本気になってかかってこい。
それを今から徹底的に潰して。
誰が強者かを分からせてやる。
ラリエスの口角が愉快そうに上がった。
「…どうですか?私の強さが分かりました?」
「卑怯じゃないのか」
勝負はラリエスの圧勝だった。
戦う武器を持たないキャスに、ラリエスは風魔法で作った刃で攻撃を仕掛けた。魔法を使える人間はほんの一握りだ。それだけでラリエスはキャスを上回っていた。
さらにそこで体術でも圧倒的な差を見せつけた。キャスの攻撃を受け流しては、おちょくる様に抱きしめたり、掴んだ手に口づけたりしてきた。
怒りと羞恥で冷静さが揺らいだ所で、あろうことか地面の砂をキャスに浴びせ目潰しをして。彼女の得意とする足払いでキャスを転倒させたのだった。
そして屈辱的な事に、そのまま押し倒されたのだ。服もプライドもボロボロだった。
「卑怯?ならず者や荒くれ者はいつ襲って来るか分かりませんよ?ならこれも油断した貴女が悪い」
「……」
キャスが悔しそうに口をつぐんで、顔を横に背けた。ラリエスの事はやはり卑怯だと思うが、自分が油断したのは否めない。
「知ってますか?本当の強さとは力や技だけでは無いんですよ?」
するり、とラリエスがキャスの頬を撫でた。ぞくり、と背中を何かが駆け抜け、初めての感覚にキャスの身体がビクリとした。
その感覚を無理やり抑えて、キャスはラリエスを見上げた。ラリエスの言った『本当の強さ』それがキャスの興味をひいた。
「知りたいですか?」
こくんと頷く。自分が手も足も出ない人の言う本当の強さが気になった。
ラリエスが顔を近づけてくる。あやうく唇が触れそう程に近づき、そのままキャスの耳元で囁いた。
「卑怯でもいいんです。勝つ為なら砂でも相手の技でも何でも使えばいい」
そう言ってラリエスは耳元から離れ、キャスを見下ろして微笑んだ。
その笑顔が堂々としているのに、なんだか泣きそうにも見えてー。
もう…キャスはラリエスを、卑怯者とは言えなかった。
勝つ為なら卑怯者にもなれる覚悟。
揺るぎない勝利への執念。
それを彼から感じ取ったからだ。
周囲から絶対的な強者である事を強いられ、血の滲む努力をして来た果ての。彼なりの真実。
それに気づくと、甘ったるく見えた彼の表情が今夜は違って見えた。余裕そうに見えていた表情にどこか焦りも見て取れる。
「団長、焦ってる?」
「焦ってますよ」
「どうして?」
「こんなに欲しいと思った女性は初めてで、どうしていいか分からないんです」
ラリエスの言葉にキャスは言葉に詰まる。
これまで腕っぷしで言い寄る相手を薙ぎ倒して来たので、こんな甘い口説き文句に慣れていなかった。
「私の物になってキャスベル…キャス」
「でも、貴方は光の勇者候補なのだろう?なら相手は…」
ラリエスの人差し指がソッとキャスの口を止めた。それ以上は聞きたくないという様に。
「魔王が復活したら私は勇者になるかもしれません。でも貴女だけだ」
「な、に、を…」
「私は貴女しかいらない」
キャスの長い髪を手に取り愛おしそうに口づけた。
「私が私を縛る全てを返り討ちにする。その力を、覚悟を私に授けるのは貴女だ」
薄い色素の瞳がキャスを見つめる。今までと違う真剣な視線に、キャスの胸は高鳴った。
ラリエスの顔がゆっくり下りてくる。
その強さを見せつけられた今、断る理由は無かった。
幼い頃から決めていた。いつか異性と恋をするなら圧倒的に自分より強い相手とだと。
師匠。ここまで強い相手ならいいですよね?
ラリエスの口づけを受け入れる為、キャスは目を閉じた。
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