森で出会った狼に懐かれたので一緒に暮らしていたら実は獣人だったらしい〜俺のハッピーもふもふライフ〜

実琴

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本編

13.もう二度と呼ばれないと思っていた(sideシルバー)

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屋敷を出てから数年後、俺はとある国境を越えるために森の中を歩いていた。ここでは人間の姿よりも狼の姿の方が何かと都合が良い為、久しぶりに獣型の魔法を使っていた。

しかし森に入って2日目。
なるべく早く森を抜けたかった俺は獣型時のスタミナ量に頼ってほぼ休みなく歩き続けていた。それも二日間一度も獣型を解くこともなく、だ。

獣型になるのは実に二年ぶりだった。
人間社会に溶け込むのなら、わざわざ獣型になる機会も必要もなかったからだ。
だからこそ、俺は忘れていた。獣型を常に保ち続けるのにかなりの魔力を消費するということを。

数年前は毎日常用していたからこそ、消費の感覚にも慣れていたが、この数年のブランクは俺の想像以上に大きいものだった。

突然現れた大型魔獣に応戦するために走り出した瞬間、魔力がゴッソリと一気に抜けていく感覚が俺を襲った。血の気が引き、くらりと目が回った隙を魔獣が見逃すはずが無かった。

「グゥ……ッ!!」

魔獣の鋭い爪が横腹を裂き、激しい痛みに顔を顰める。すぐさま喉仏に噛みつき致命傷を負わせて魔獣を倒すことは出来たが、腹からはとめどなく血が溢れてくる。

クソッ、かなり深く抉られた。
しかも最悪なことに、今夜は満月だった。
魔力のコントロールが上手くいかず、獣型が解けなくなっている。それなのに、魔力はどんどん削られていくばかりで、この絶望的な状況に流石の俺も死を覚悟した。

とにかくこれ以上魔獣に襲われないよう身を隠せる場所に移動して、ほとんど気を失うように茂みに崩れ落ちた。

そうしてどれくらいの時間が経ったか、夜が明け、昼になっても俺は元の姿に戻れていなかった。出血量が多すぎるのか魔力はまだ回復できていない。
これが満月と被っていなければ、ここまで面倒くさい事態にはならなかったのにつくづくあの時油断していた己に腹が立つ。

その時、人間の気配を察知した。
マズイ。これがもし魔獣討伐の人間だったとしたら、獣型の今の俺の姿では魔獣と勘違いされて殺されてしまう可能性が高い。正直、今ここで襲われてしまったら応戦できる気がしない。

なるべく気配を消そうとするが、血が足りずフラついたせいで物音を立ててしまった。

その瞬間、茂みの向こうで息を呑む音が聞こえてきた。気付かれた。舌打ちしたい気持ちで、力を振り絞って立ち上がる。

向こうは明らかに怯えた匂いをさせていた。
ということは戦闘経験はゼロに近い可能性が高い。それならば、一か八か姿を見せて怯えさせ、向こうから立ち去ってもらった方が早いと思ったからだ。

そうして、茂みを掻き分けた先で出会した男はやはり大した武器も持たず、明らかに材料調達に来た平民の装いだった。どうやら俺は賭けに勝ったらしい。

低く唸り、一歩近づけば泣きそうな顔で青ざめ、ジリジリと後退していく。
あと少しだ。早くこの場から立ち去ってくれ。

だがしかし、俺の身体は既に限界を迎えていたらしい。グラリと目の前が歪み、視界がブラックアウトしていく。

ああ。俺の人生もここまでか。
人の姿に化けれたところで結局最期は獣の姿で死んでいく。なんとも俺にお似合いな無様な最期だ。

そう思っていたのに。
何故か俺は一命を取り留めていて、さらにはあんなに深かった腹の傷がもう塞がっていた。それに治療を施されたのか消毒液の匂いが鼻に付く。辺りを見渡してみても誰もいない。

獣人はもともと自然治癒能力が高い影響で治癒魔法を使える者はほとんどいない。獣人社会においての医者もそのほとんどが人間だ。
そして俺も全属性に適応しているとはいえ治癒魔法だけは使えなかったので、この腹の傷を治してくれたのは、恐らく先ほど出会った男なのだろう。

「なんで……」

あのままさっさと逃げればよかったんだ。
向こうからすれば俺は瀕死の魔獣紛いな上に、治療中いつ意識が戻って牙を剥いてくるかも分からない状況だっただろうに。
こんな死にかけの獣、見捨てて立ち去るのが至って普通の反応だ。一体どれだけお人好しな人間なのだろう。

傷が塞がったおかげで自己治癒も僅かにだが進んだらしく、なんとかフラつかずに立ち上がることができた。

このまま傷が癒えて魔力が戻ったら森を越えよう。そう思っていたのに、気がついたら俺の足は消毒液の匂いがする方向へと歩き出していた。

俺が気を失ってからそんなに時間が経っていなかったのか難なく匂いを辿ることができた。
そうしてたどり着いた先ではペルの実を次々とカゴへ放り込んでいる男の姿があった。それを物陰から観察していると、男は満足したのか足早に森を下っていく。

その後を気付かれないように追いかければ、森の麓にあるこじんまりとした一軒家の中へと入っていった。どうやらここが男の家のようだ。
そっと近づき窓から家の中を覗くと、男は収穫したペルの実の中身を取り出しては何やら糸を紡いでいた。かなり集中しているようでこちらの視線には気付かない。

なんの変哲もない、平凡な男だ。
その正体に満足してその場を去ったのに、あれから数日後。何故か俺はまた男の家に来ていた。

(……何をしてるんだ俺は)

怪我ならもうとっくに治ったし、魔力も回復している。わざわざ獣型にならなくてもいいというのに、今日も俺は狼の姿で男の家を訪れていた。

前回と同じように窓からこっそり中を覗けば、あんなに大量にあったペルの実が半分以下にまで減り、その代わりに男の周りに謎の物体が量産されていた。多分あれを作るためにペルの実を収穫したのだろうが、あのペースではあっという間になくなるんじゃないか?と心配になってしまった。

お節介なのは承知の上で、ペルの実を男の家に届けた。あの時怪我を治療してくれた礼の意味も込められている。どうやら男はペルの実が大量に必要な仕事を生業としているようだったので、そうやって何度かペルの実を玄関の前に置くという完全に自己満足な行為を繰り返していた。

そんなある日のこと。
いつものように男が寝静まった頃を見計らってペルの実を持ってきた俺は、玄関の前に置かれた肉を見て思わず固まってしまった。

(何だこれは。罠か?)

辺りを警戒してみると向こうの茂みに男の気配を捉えた。敵意はないようだが、もしやこれはペルの実の礼のつもりなのだろうか。
チラリと横目で伺えば、期待したような目でこちらを見つめているのが分かり、目の前の皿に視線を落とす。

匂いを嗅いでも毒の類は盛られていないようだったので、厚意を無碍にするのもアレかと思い、肉を咥えて森へと戻ると明らかに残念そうな気配を感じた。

どうやら目の前で食べて欲しかったみたいだが、食事と睡眠は特に隙が出来やすい状況だ。流石にそれを晒せるほど、まだ気を許したわけじゃない。

その日から何故か、肉とペルの実の物々交換のような不思議なやりとりが習慣となっていた。

何で俺はこんなことを続けているんだろう。
本来であれば傷が癒えた時点で森を抜け国境を超えているつもりだったのだ。当初の予定から大幅にズレている。

それを何だかんだと「ここまで続いたら辞めどきを見失ったし」などと苦しい言い訳をしてこの森に留まっている理由は、本能的に考えないようにしていた。

その答えに辿り着いたが最後。
俺はきっと、母の遺言に再び期待してしまうと分かっていたからだろう。

だけどそんな小さな抵抗は既に意味が無かったと思い知る。

彼のそばにいるのは心地いい。
獣人にとって本来の獣の姿を他人に見せるのは苦痛でしかないと言われているが、昔からずっと人型になれず獣型を晒し続けていた俺にとっては今更そこまで気になることでもなかった。
最初は恐々と俺に触れていた男の手を受け入れ擦り寄れば、それまで緊張で凝り固まった肩から力が抜け、優しい手つきで俺を撫でてくれた。その温かさは、母のものとよく似ていて、あまりにも優しく気持ちが良くて離れ難くなってしまった。

彼なら俺を受け入れてくれるんじゃないか。
気が付いたら俺は山を降りていく彼の後を追いかけていた。


*******



「名前を決めようと思います」

半ば無理矢理押しかける形でケイトの家で住むようになってから暫くして、突然ケイトにそう宣言された。

名前か。別に何でもいい。
既に俺はブランシャールの名を捨てた身だ。いっその事全ての過去を清算する意味でも、新たに名付けられた方が返って良いのかもしれない。そんな軽い気持ちでケイトの次の言葉を待っていた。なのに。

「シルバーとかどう?」

それは、かつて唯一俺を愛してくれた母が、何度も呼んでくれた特別な愛称。
あの優しい響きで呼ばれることはもう二度とないのだと、母を失ってからずっと諦めていた名前だった。

それをまるでなんて事ないようにあっさりと呼んだケイトは、あの時の俺がどんな気持ちでその名前を噛み締めていたかなんて、知る由もないのだろう。

「シルバー」

うんと優しい慈愛に満ちた声で何度も呼ばれるたびに不覚にも泣いてしまいそうだったなんて、ケイトは知らない。

ケイトは狼の姿の俺をそのまま受け入れてくれる変わり者のお人好し人間だ。そもそも俺のことは獣人ではなくただの狼だと勘違いしているようで、そのままと言うには些か疑問ではあるのだが。それでも俺にとっては、母以外で純粋に俺を受け入れ愛してくれたのはケイトが初めてだったんだ。優しい掌で頬を撫でてくれたのも、抱きしめてくれたのも全部、ケイトが初めて。

「きっとこの世界のどこかに、そのままの貴方を愛してくれる人が必ずいるから」


……うん。見つけたよ、お母様。
シルバーとかつての愛称で呼んでくれて、いつだって俺の為にとめどなく愛情を注いでくれる、お人好しで、ちょっと馬鹿で、そして誰よりも優しい。


世界で一番、愛おしい人。

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