森で出会った狼に懐かれたので一緒に暮らしていたら実は獣人だったらしい〜俺のハッピーもふもふライフ〜

実琴

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本編

14.満月の夜に(sideシルバー)

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満月の日は朝から身体が重くなる。
じわじわと身体の中でモヤが燻っている感覚になると、月の魔力によって本能を呼び起こされている合図だ。これまでは夜は魔獣狩り等で魔力を発散させれば何事もなく収まった。

しかし今回は違った。
とにかくケイトに触れたくて甘やかしてほしくてくっ付きたい欲が絶えない。ほんの少しでも離れるのが嫌で後をついて回ったりしていたからか、ケイトからは体調不良を疑われて心配させてしまった。

ケイトの膝枕で微睡みながらも、少しずつ嫌な予感が高まっていく。
最初はただそばにいて頭を撫でてもらって、それだけでも充分満足していたはずなのに、段々とそれだけでは足りなくなってきた。

もっと色んなところに触れたい。
身体中舐めてケイトの甘い声が聴きたい。
うなじを噛んで俺だけのものにして、そして体の奥深くまで自身を埋め込んで思いっきり突き上げたい。

喉が渇く。
欲望が抑えきれなくなる。
こんな感覚は初めてだった。
これが、愛しい者が側にいる時の獣人の性欲なのだと初めて気が付いた。こんなにも俺だけの唯一の番にしたくて堪らなくなるなんて思わなかった。

番えなくても、どんな形でも側にいられたらそれでいいと思っていた。でもそれはただの綺麗事だった。こうして本能が浮き彫りになると、ケイトへの独占欲で頭が狂いそうになる。

だけどケイトは俺をただの狼だと思っている。
そう思っているからこそ側に居てくれるとしたら、本当は獣人なんだとバレたらもうこうして側には居られないかもしれない。
そう思うと正体を明かす勇気は湧いてこなかった。でも、このまま他の奴に盗られるくらいならいっそのこと……。

あぁダメだ。理性を保て。
俺は決してケイトを傷つけたい訳じゃないんだ。これ以上ケイトのそばにいると本能のままに貪ってしまう。

ふと見遣った窓の外には茜色の空が広がっていた。じきに夜が来る。どちらにせよ、夜になったら獣型を保てなくなるから日が暮れたら夜の間だけ森で身を隠すつもりだったのだ。
少し早いが森へ向かおうと玄関に向かうと、ケイトが心配そうに俺を引き留めてくるが、こればっかりは叶えてやれそうにないのでケイトを家の中へと鼻先で押し込んだ。

「早く帰ってこいよ」

そんな不安そうな顔をするな。
また朝がくればすぐに戻ってくる。
そうすれば、お前が望んでやまない可愛い狼とまたこれまで通りの日常を送れるようになるんだから。

今すぐ人化してケイトに襲いかかりたい欲を残り僅かな理性をかき集めて必死に振り切る。
そうして森に着いたと同時に、獣化を解き人の姿へと戻る。

そうして一心不乱に魔獣を狩って、狩って、狩りまくって。身の内で暴れるケイトへの欲望を必死で掻き消す。

どれくらいの時間が経ったか。
すっかり日も沈み、満月が夜の森を淡く照らし始めたころ。微かにケイトの匂いを嗅ぎとった。

「なんでケイトが森の中に…?」

探知(サーチ)を使うとここから離れた場所でケイトの魔力と同時にそのすぐ近くで魔獣の魔力を捉え血の気が引く。
最悪だ。なんで夜の森にケイトがいるんだ。
ただでさえケイトには戦闘経験がない上に、夜間の魔獣は昼のそれとは比べ物にならないほど凶暴で攻撃性が高いのに。

彼に何かあったらと思うと居ても立っても居られなくて、探知(サーチ)を終えた瞬間駆け出した。

頼む、間に合ってくれ!

決死の思いで駆けつけた先で、今まさに魔獣に襲われそうになっているケイトの姿が目に飛び込んできた。一瞬で距離を詰めると、魔獣がこちらに反応するよりも早く急所目掛けて斬撃を繰り出した。

けたたましい雄叫びと共に地面に倒れ込む魔獣を一瞥し、ケイトを見遣ると驚きに目を見開いて、俺のことを凝視していた。その視線が瞳へ向けられていると気付いて、咄嗟に幻覚魔法で瞳の色を変える。左右で色の違うこの瞳は、ただでさえ珍しく印象に残りやすい。それが獣型と人型での最大の共通点でもあるので、そこから俺の正体がシルバーであると気付かれるのはどうしても避けたかった。

案の定、瞳の色を変えた瞬間から戸惑った顔で目を擦り始めたケイトがあまりにもいつも通り過ぎて、ホッとすると同時に怒りも湧いた。

満月のせいで普段なら抑えられる負の感情が栓を無くしたように次から次へとあふれ出す。ついさっきまで魔獣を狩りまくっていて昂っていたのもある。そして何より、下手したら死んでいたかもしれないというのに呑気な様子のケイトに対して、やるせない気持ちと苛立ちが混ざってかなりキツイ言い方をしてしまった。

とにかく早く安全な家に帰ってほしくて、俺から離れてほしくてその一心で冷たく突き放す。
なのにケイトは頷いてくれなかった。

自らの命を犠牲にすることも厭わないほど、大事な家族とやらが羨ましかった。
ケイトにそこまで思われているなんてと嫉妬の感情が一瞬にして膨れ上がる。けれど、このまま放っておいても確実にまた危険な目に遭うのは目に見えていた。

ケイトはいつも狼姿の俺には甘いというか許容範囲が異様に広くなるが、割と頑固な一面もあるのは分かっていたので共に行動した方がまだマシだと判断した。

俺が我慢すれば良いだけ。
たとえ至近距離で欲しくて欲しくて堪らない美味そうな獲物(ケイト)が無防備にしていようとも、彼を危険な目に遭わせるくらいなら気が狂いそうな甘い誘惑だって耐えてみせる。
そう誓ったというのに。

「あ、いや探してるのは人間じゃないんだ。シルバーって名前の狼で……あ、狼って分かる?」
「は?」

今なんて言った?
ケイトが探しているのは自分の命よりも大事な家族で、そしてそれがシルバーのことなのだと、そう言ったのか?

信じられなくて念の為確認してみたら、さっきよりもずっと熱烈な返答が返ってきた。

「家族になるのに血の繋がりとか種族なんてのは、一番どうでもいい事だよ。一緒に過ごした時間と築いた信頼関係が全てだろ。俺にとってはシルバーがたとえ狼じゃなくて魔獣だろうと何だろうと、大切な存在なのには変わらない。俺の大事な家族だ」

こんな、まるで愛の告白のような熱烈な想いを聞いて、平常心でいられるはずがない。
今きっと俺の顔は夕陽も驚くほどに真っ赤に染まっているだろう。暗くて本当に良かった。

分かってる。
ケイトはあくまで俺のことは家族愛として大切にしてくれていることは。俺が狼だから、もしかしたら保護すべき対象として扱っているのかもしれない。

けれど、ずっと欲しかった言葉を他でもないケイトに言われて浮かれない訳がない。それでも、やっぱりまだ臆病な俺は万が一にも獣人だとバレて態度を変えられるかもしれないと思ったら本当のことを告げることはできなかった。

そうして、遠からずも真実は曖昧に誤魔化してケイトへの説得は成功したのに、本当にコイツは理性ギリギリで耐えてる俺にどれだけ追い討ちをかければ気が済むんだ。

腰の抜けたケイトを背負った瞬間、ふわりと甘美な香りが鼻腔をくすぐる。背中に触れる熱も、腕に当たる柔らかな太ももの感触も、全部が全部毒に等しい。

意識しないようになるべく無心を心がけても、俺の気も知らないケイトは興味津々で質問をしてくる。つい素っ気ない返答になってしまったのも、俺の精一杯の努力の結果だと理解して欲しいものだ。

そうして気分的には永遠にも思える時間をかけてケイトを家まで送り届けたが、流れで変な約束をしてしまった。あまり人型で何度も会うと、正体がバレるリスクが上がりそうで正直気は進まない。

だけど、あの謎のキャッチボールという遊び同様、俺がケイトの望みを無視する事なんて出来る訳がない。ついうっかり約束してしまったが、俺は悪くないと思う。


******


あまりにも長すぎる夜が明けた。
あれからケイトの残り香に惑わされつつも、必死で魔獣を狩りまくることで欲を発散させた俺は疲労困憊だった。……ちょっとだけ、ケイトのことを思い出しながらあまり大きな声では言えない事はしてしまったが、こればっかりは仕方ない。ケイトと満月が悪い。

そして朝日が昇るのと同時に狼の姿になり山を降りると、風に乗ってケイトの香りが漂ってきた。庭先に足を踏み入れると玄関扉に背を預け、すぅすぅと寝息を立てるケイトの姿があった。

なんでこんな所で……と考えて、それが俺の為だと気づいた瞬間、もう満月は乗り越えたというのに堪らない気持ちになった。

そっと近づき、ケイトの唇を舐める。
起きる気配がなかったので、そのまま頬や鼻を舐めていると、くすぐったそうに身を捩った。
そしてゆるゆると瞼が持ち上がり、目の前で座り込む俺の姿を見たケイトは、しばらくぼんやりと俺を見つめたあと、音もなくポロポロと涙を溢した。

震える手で首元に抱きついてくるケイトに擦り寄れば、しゃくり上げながらギュッと更に強く抱きしめてきた。

「おかえり……シルバーぁ……っ」

嗚咽を漏らすケイトの顔は涙でグチャグチャだった。今は手が使えないから代わりに舌を使ってとめどなく溢れる雫を掬い上げる。

心配かけてごめん、と
早く泣き止んでほしいの気持ちを込めて。
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