契約結婚ですか?かけもちですけど、いいですか?

みねバイヤーン

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21. 忠実なパウロ

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 リヒトヘルレン王国の国境近くから王都にかけて、旅行者や商人向けの宿屋街がいくつも点在する。そこで働く人たちの中には、ジョナの父ニコラウスの息がかかった者が多い。引退した間諜とその家族。孤児院出身で職を求めて宿屋街にやってきた若者。体を負傷して静養が必要な騎士とその家族など。様々な出自の人々が、宿屋街で働きつつ、怪しい外国人に目を光らせている。


「あー、最近は仕事がやりやすくてありがてえ」

「そっすよね。今までは野生の勘で、あいつ調べてみっか、みたいな感じだったすけど。今はヤバいヤツの情報が本部から来ますもん」


「しかも似顔絵つきだからな。これなら、そろそろ俺も本気で隠居できそうだぜ」

「いや、それはまだちょっと。勘弁してくださいよ。兄貴が抜けると、この地区が穴だらけ、素通りになっちまいますよ」


「ここで発見できなくても、次の宿屋街で見つけてくれるだろうよ」

「まあ、それはそうかもしれませんけど」


 ぼんやりしてるように見えて、実は抜け目のないニコ親父。要所はきちんと押さえているはずだ。

「俺、見回りに行ってきやす」

「おう、頼んだ。俺は薪割りをすませちまう」


 パウロは額の汗をぬぐい、斧を持ち直した。肉体労働はいくらでもある。無心で薪を割っていると、心が凪いでくる。


 若い頃は心の中にどす黒いものが渦巻いていた。小さな村での貧しい暮らし。退屈でケンカばかりしていた。逃げるように村を出て、都会に行って冒険者になった。


「リヒトヘルレン王国に来て、もう十三年になるか」


 割った薪を軒下に積み重ね、パウロは腰を伸ばした。


 元々は少し離れた小国の出身だ。冒険者ギルドで少しずつ名を上げて行っていたとき、妙なウワサを耳にした。


「リヒトヘルレン王国の地下道? 一生遊んで暮らせる財宝が隠されている? そんな夢物語」


 あるわけない、でも暇つぶしに行ってみるか。軽い気持ちでリヒトヘルレン王国に足を向けた。十八歳。血気盛んだったころから少しだけ大人になったあの頃。自分の力を試したかった。


 いくつか聞いていた地下道への入口。大半がガセだったが、古ぼけた神殿にある井戸は本物だった。松明を持って枯れ井戸の底まで降りると穴が開いていた。奥を覗くと道が続いている。松明を穴の奥に差し込んでみた。火が消えず、かすかに揺れているので空気の流れはありそうだ。


 パウロは火を消さないように気をつけて、穴の中に這うように入ってみる。しばらくすると立って歩けるぐらいの高さになった。顔にかかるクモの巣が気に障るが、魔物の気配はなく空気もよどんでいない。こんなところに、一攫千金のお宝があるとは思えない。


「なんだ、ハズレか」


 パブロのボヤキが意外に響いた。


「おじさん、宝物を探しに来たの?」


 キャハハ。高い子どもの声が頭の上から降ってくる。パウロは剣を抜いて見上げる。狼の骸骨。

パウロは咄嗟に剣を突き上げる。狼は器用に天井を這うとパッと手を放す。クルリと回って四つん這いで着地。


「おじさん、遊んでくれるの? 追いかけっこね」


 立ち上がったのは小さな子ども。狼の骨でできた仮面を頭の上にずらす。女の子だ。


「おじさん、こっちこっち。宝物があるよ。先に着いた方が総取りね」


 キャハハ。少女は走り出す。


「あ、待て」


 パウロは思わず追いかけた。異様にすばしっこい少女だ。パウロが全力を出しても追いつけない。じわじわとある疑いがパウロの中にわいてくる。


 あれは、人間か?


 あそこまで近づかれて、気配を感じないなど、あり得るだろうか。天井を這っていたが、どういう仕組みなのだ。パウロはかなり足が速い方だ。そんなパウロが追い付けない少女とは。


 勝てるだろうか。人ではなく魔物かもしれない少女に。刺し違える覚悟で相対するか。それとも、逃げるか。敵の本拠地にウカウカ足を踏み入れ、怖気づいて逃走する。


「そんなダセェことできっかよ」


 パウロは走る足に力を込めた。前の方に人影が見える。


「おじさん、よくここまでついて来れたね。すごいね」


 キャハハ。少女がふんわりと立っている。後ろには巨大な穴。少女は後方に宙返りすると、穴の上に浮かんだ。目を凝らすと、細いつり橋に立っている。


「おじさん、怖い? 宝物はね、この下にあるの。勇気があったら──」


 少女が跳躍した。水鳥が魚を狙って川面に急降下するかのように、少女は穴に飛び込む。


「ついてきてー」


 キャハハ。少女がパウロの視界から消えた。パウロは穴の縁まで走り、中をのぞく。真っ暗で、何も見えない。


「ちっくしょー。こんなところで、負けれっかよ」


 パウロはいったん後方に向かって走り、勢いをつけて曲がり、そのまま穴の中に飛び込んだ。


 ポヨン、フワン、フワフワ。なんだか柔らかい物に受け止められ、パウロはしばらく跳ねた。


「な、なんだこれは」


 花びらのような銀色のキラキラ。どこからか差し込む薄い光に照らされ、輝いている。


「これが宝物だよ。生と死を司るトーデモロス、ヘビ神様の脱皮した皮だよ。少し飲めば病気が治るの。ポケットに入る分だけ、持っていってもいいよ。おじさん」


 少女がパウロを見下ろしている。ごく普通の女の子。茶色の髪に茶色の目。


「ここまでついて来れる人はあんまりいないの。おじさん、すごいね。私はジョナって言うの」

「俺、俺はパウロ。まだ十八歳だから、おじさんはやめてくれないかな」


「そっか、ごめんね。ああやって煽るとついてくるって間諜先生たちが言ってたから。どうする? お宝持って国に帰る? それとも、お父さんの部下になる? 楽しいよ」


 不思議な誘いを受け、なんとなくニコ親父の部下になった。あれから色々あった。ジョナを始めとするシャッテナー子爵家は、パウロにとって大事な存在になった。


 ジョナの初恋、会いたいのに会えなくて辛いとき、やっと婚約が決まったとき。そばで見ていた。嬉しくて、ちょっと寂しい。兄のような親のような、そんな気持ち。ジョナが手柄を立てるため、がんばっているのを応援するため、国境での監視部隊に立候補した。厄介なやつらを国に入れたくない。争いや謀略、そういうめんどくさいことを排除し、ジョナが自由にのびのびと動けるようにしてあげたい。


「まあ、ジョナ嬢ちゃんは、俺たちの助けがなくても大丈夫だろうけどな」


 でも、少しでも助けたい。あの不思議な少女を。そのために、俺にできることは。


「見つけた。タロンが言っていたヤバい商人」


 パウロはゆらりと立ち上がる。本部から届いた似顔絵に特徴が似ている。なにより、パウロの勘が警告音を上げている。


「久しぶりに尾行するか」


 小物相手なら、尾行はしない。次の街と本部に手紙を送って知らせれば、順次、誰かしらが監視につく。大物は、目を離さない方がいいだろう。パウロは家に戻って簡単に荷物をまとめた。ヤツの後をいつでもつけられるように。
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