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13.【外伝】オリガの父の言い訳
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『父上、天誅!』
「ギャアッ …………ゆ、夢か」
「あなた、またですの?」
妻のキャロラインが呆れた声で聞く。
「あ、ああ……。すまない、起こしてしまった」
「だから、さっさとオリガに謝ればよろしかったのです」
「うっ」
「そもそも、ふたりにあんな過酷な試練を与えなければよかったのです」
「ううっ」
「わたくし、しばらく別室で寝ますわ。寝不足だとシワが増えますもの」
キャロラインはあくびをしながら、部屋から出ていった。
「うううううう。だって、オリガが、かわいいオリガが……」
***
オリガの父、オズヴァルド・ロッセリーニは宰相なだけあって、非常に有能だ。だが、オリガのことになると、親バカを炸裂させ無能の極みになってしまう。
オズヴァルドとキャロラインには六人の子供がいる。五人の男児をポンポンと産み、もうこれ以上無理、この子が最後とキャロラインが覚悟して産んだのがオリガである。
息子たちももちろんかわいいけれど、末っ子長女のかわいさは格別である。オズヴァルドはオリガが産まれてから人が変わった。キャロラインも屋敷の使用人も、その豹変ぶりについていけなかった。
息子たちにはキリッとできる父親像を常に見せていて、尊敬される存在であった。オリガが産まれたとたん、オズヴァルドはオリガの前では赤ちゃん言葉が標準語となってしまった。
息子たちは、泣いた。父上がおかしくなったと。あんなの父上じゃないと。
キャロラインは執事と話し合い、このままでは息子たちにもオリガにとってもよろしくないと結論づけた。そして、ロッセリーニ家の最終秘密兵器を投入することにした。オズヴァルドの父アウグストである。
「ワシはお前が赤ちゃん言葉でオリガとしゃべってもよいと思うがの。ただの、息子たちが動揺してるなら、お前のその姿、息子たちには見せるな。それぐらいできるじゃろう」
「はい」
オズヴァルドは息子たちの前ではカッコイイ父親に戻った。
アウグストは領地と王都を行き来しながら、オズヴァルドとオリガを見守った。ロッセリーニ家に再び平和と秩序が戻った。
***
「オリガちゃま、お父ちゃまですよ、アババババ」
オズヴァルドはオリガとふたりきりのときは、好きなだけ醜態をさらす。
真っ白な肌にポヤポヤした髪、ぷくぷくほっぺに金色の目。
「オリガちゃまは、子猫ちゃんみたいでしゅね、ウププププ」
オリガはお気に入りの木の棒を振り回す。
「あ、いて、いててて、オリガちゃま、棒はふってはダメでちゅよ。危ないでしゅよ」
「あー」
オリガは木の棒をガシガシかじる。歯が生え始めてかゆいのだ。
「あなた、そろそろお仕事に行く時間ですわよ」
「うむ。キャロライン、オリガはな、剣の才能があると思う。いずれ父上に手ほどきしていただこう」
「はいはい」
***
「かーか、かーか。とーと、とーと」
「キャロライン聞いたか! オリガが母さま、父さまと言ったぞ。この子は天才かもしれん」
「はいはい」
「キャロライン、息子たちの誰よりも言葉を発するのが早いぞ。最高の家庭教師をつけねば」
「女の子は男の子より言葉が出るのが早いらしいですわよ」
***
「おのれこしゃくな こわっぱめ」
「え?」
「よっぴいて ひょうどはなつ」
「ん?」
「そこへなおれ せいばいいたす」
「ううう」
「父上、近頃オリガが妙なことを言うのですが……」
「おお、そうか? オリガは東方の物語が好きでのう。読んでやると喜ぶのじゃよ」
「…………」
***
「オズヴァルド、テオドールとオリガ嬢の婚約の件だが、進めてもよいか?」
「陛下、お断りいたします。オリガは私と結婚すると言っておりますので」
「オズヴァルド、そろそろ目を覚ませ。よいな」
「…………」
「オリガ、今日は婚約者のテオドール第一王子殿下とお会いするからね。しっかり挨拶できるかな?」
「はい。初めましてテオドール。オリガです。でいいですか?」
「テオドール殿下と呼びなさい」
「はい」
「初めましてテオドール殿下。オリガです」
「初めましてオリガ。テオドールと呼んでくれ」
「はい。テオドール、好きじゃ」
「オリガ、私もオリガが好きだ」
「小僧、そこへ直れ。ぶっ殺す」
「キャーーーー」
「あなた、いい加減にしてください。いつまで泣いているのです」
「だって、オリガが……私のかわいいオリガが……あんな小僧のこと好きって」
「殿下、殿下ですからね。婚約者と気が合うなんて、親として喜ぶことでしょう。殿下は素晴らしい方ではありませんか。しゃんとなさってください」
***
『父上、天誅!』
「ギャアァァ…………オリガに謝るか」
だって、だって、あんなに私にべったりだったのに、小僧に会った途端「テオドール好きじゃ」って。「大きくなったらじいさまと結婚するのじゃ。まあ、父さまでもいいのじゃ」って言ってくれてたのに。
せめてオリガの二番目でいたかったのに。父上はともかくとして、あんなポッと出の小僧に抜かれるなんて、悔しかったんだもん。
「オリガ、いつ帰ってくるのだ……」
特に深遠な思惑があったわけでもなく、割と浅い嫉妬でオリガとテオドールに過酷な試練を与えたオズヴァルド。オリガに許される日はくるであろうか?
オリガの中でオズヴァルドの順位がかなり下であることは間違いない。
「ギャアッ …………ゆ、夢か」
「あなた、またですの?」
妻のキャロラインが呆れた声で聞く。
「あ、ああ……。すまない、起こしてしまった」
「だから、さっさとオリガに謝ればよろしかったのです」
「うっ」
「そもそも、ふたりにあんな過酷な試練を与えなければよかったのです」
「ううっ」
「わたくし、しばらく別室で寝ますわ。寝不足だとシワが増えますもの」
キャロラインはあくびをしながら、部屋から出ていった。
「うううううう。だって、オリガが、かわいいオリガが……」
***
オリガの父、オズヴァルド・ロッセリーニは宰相なだけあって、非常に有能だ。だが、オリガのことになると、親バカを炸裂させ無能の極みになってしまう。
オズヴァルドとキャロラインには六人の子供がいる。五人の男児をポンポンと産み、もうこれ以上無理、この子が最後とキャロラインが覚悟して産んだのがオリガである。
息子たちももちろんかわいいけれど、末っ子長女のかわいさは格別である。オズヴァルドはオリガが産まれてから人が変わった。キャロラインも屋敷の使用人も、その豹変ぶりについていけなかった。
息子たちにはキリッとできる父親像を常に見せていて、尊敬される存在であった。オリガが産まれたとたん、オズヴァルドはオリガの前では赤ちゃん言葉が標準語となってしまった。
息子たちは、泣いた。父上がおかしくなったと。あんなの父上じゃないと。
キャロラインは執事と話し合い、このままでは息子たちにもオリガにとってもよろしくないと結論づけた。そして、ロッセリーニ家の最終秘密兵器を投入することにした。オズヴァルドの父アウグストである。
「ワシはお前が赤ちゃん言葉でオリガとしゃべってもよいと思うがの。ただの、息子たちが動揺してるなら、お前のその姿、息子たちには見せるな。それぐらいできるじゃろう」
「はい」
オズヴァルドは息子たちの前ではカッコイイ父親に戻った。
アウグストは領地と王都を行き来しながら、オズヴァルドとオリガを見守った。ロッセリーニ家に再び平和と秩序が戻った。
***
「オリガちゃま、お父ちゃまですよ、アババババ」
オズヴァルドはオリガとふたりきりのときは、好きなだけ醜態をさらす。
真っ白な肌にポヤポヤした髪、ぷくぷくほっぺに金色の目。
「オリガちゃまは、子猫ちゃんみたいでしゅね、ウププププ」
オリガはお気に入りの木の棒を振り回す。
「あ、いて、いててて、オリガちゃま、棒はふってはダメでちゅよ。危ないでしゅよ」
「あー」
オリガは木の棒をガシガシかじる。歯が生え始めてかゆいのだ。
「あなた、そろそろお仕事に行く時間ですわよ」
「うむ。キャロライン、オリガはな、剣の才能があると思う。いずれ父上に手ほどきしていただこう」
「はいはい」
***
「かーか、かーか。とーと、とーと」
「キャロライン聞いたか! オリガが母さま、父さまと言ったぞ。この子は天才かもしれん」
「はいはい」
「キャロライン、息子たちの誰よりも言葉を発するのが早いぞ。最高の家庭教師をつけねば」
「女の子は男の子より言葉が出るのが早いらしいですわよ」
***
「おのれこしゃくな こわっぱめ」
「え?」
「よっぴいて ひょうどはなつ」
「ん?」
「そこへなおれ せいばいいたす」
「ううう」
「父上、近頃オリガが妙なことを言うのですが……」
「おお、そうか? オリガは東方の物語が好きでのう。読んでやると喜ぶのじゃよ」
「…………」
***
「オズヴァルド、テオドールとオリガ嬢の婚約の件だが、進めてもよいか?」
「陛下、お断りいたします。オリガは私と結婚すると言っておりますので」
「オズヴァルド、そろそろ目を覚ませ。よいな」
「…………」
「オリガ、今日は婚約者のテオドール第一王子殿下とお会いするからね。しっかり挨拶できるかな?」
「はい。初めましてテオドール。オリガです。でいいですか?」
「テオドール殿下と呼びなさい」
「はい」
「初めましてテオドール殿下。オリガです」
「初めましてオリガ。テオドールと呼んでくれ」
「はい。テオドール、好きじゃ」
「オリガ、私もオリガが好きだ」
「小僧、そこへ直れ。ぶっ殺す」
「キャーーーー」
「あなた、いい加減にしてください。いつまで泣いているのです」
「だって、オリガが……私のかわいいオリガが……あんな小僧のこと好きって」
「殿下、殿下ですからね。婚約者と気が合うなんて、親として喜ぶことでしょう。殿下は素晴らしい方ではありませんか。しゃんとなさってください」
***
『父上、天誅!』
「ギャアァァ…………オリガに謝るか」
だって、だって、あんなに私にべったりだったのに、小僧に会った途端「テオドール好きじゃ」って。「大きくなったらじいさまと結婚するのじゃ。まあ、父さまでもいいのじゃ」って言ってくれてたのに。
せめてオリガの二番目でいたかったのに。父上はともかくとして、あんなポッと出の小僧に抜かれるなんて、悔しかったんだもん。
「オリガ、いつ帰ってくるのだ……」
特に深遠な思惑があったわけでもなく、割と浅い嫉妬でオリガとテオドールに過酷な試練を与えたオズヴァルド。オリガに許される日はくるであろうか?
オリガの中でオズヴァルドの順位がかなり下であることは間違いない。
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