【完結】悪役令嬢はおせっかい「その婚約破棄、ちょっとお待ちなさい」

みねバイヤーン

文字の大きさ
14 / 14

14.【外伝】ランドール第二王子の事情

しおりを挟む
「ランドール、お前が望むなら、王位だってあげよう。だけどオリガだけはダメだ」

 いつだったか兄上は僕に真剣な目をして言ったことがある。おかしな兄上だ。まるで僕がオリガを望むみたいじゃないか。

 オリガは毛並みのいい黒猫みたいだ。ツヤツヤとよく毛づくろいされた黒髪に、ちょっとつりあがった金色の瞳。人懐っこいようで、距離を取るところも。

 バカだな、兄上。例え僕が欲したところで、オリガの目には兄上しか映っていないというのに。


 頭のおかしい宰相のせいで、兄上はオリガに気持ちを伝えられなくなった。物欲のない兄上がたったひとつ欲しいもの。オリガの伴侶の座だ。それを得るため、兄上は茨の道を歩む。

 オリガはまっすぐに兄上を見る。兄上はオリガが見ていないときだけ、狂おしい目でオリガを追いかける。ふたりはまるで月と太陽だ。くるりくるりと一定の距離を保って踊る。


 何も欲しがらない兄上がたったひとり愛する女性。兄上がオリガと結ばれるその日まで、僕が兄上の虫除けになろうと決めたんだ。


 物事を冷静に見れない欲にかられた貴族たちが、兄上に娘たちをけしかける。ほら、兄上の仮面が今にも壊れそうじゃないか。

「お前じゃない、私が欲しいのはお前じゃない。オリガ、オリガ」

 兄上の心の声が漏れてしまいそう。だから、兄上に近づく女は全て僕がいただいてしまう。僕たちは裏でこう呼ばれている、堅物王子と日替わり王子。



 つい最近、ようやく兄上はくびきから解き放たれた。肉食獣が獲物を前にして、どこから食べようかとグルグル回っているように見える。兄上の目が隠しきれない情欲で濡れている。オリガは全く気づいていないが。

 僕はそんなふたりを見ると、嬉しくて寂しい。もう僕が兄上の防波堤になる必要はないんだ。これからは、オリガが兄上を公私ともにガッチリと守るだろう。


 お役目がなくなって、僕は少し空虚になってしまった。空の巣で呆然としてる親鳥のようだ。


 そんなとき、僕の前におもしろい女が現れた。彼女は僕の知らない僕を見てる。

「ランドール殿下、あなたはテオドール殿下の代用ではございませんわ」
「うん? そうだね」

 そんな風には思ったことはないが、周りからはそのように思われているのだろうか? いや、それはないな、僕と兄上では違いすぎる。



「ランドール殿下はよくがんばっていらっしゃいます」
「ありがとう。でも、王族に対して、がんばってるとは言わない方がいいよ。僕は構わないけどね」

 すごいことを言う子だな。僕のどこを見て褒めてるつもりなのやら。



「ランドール殿下、手作りのクッキーです。よければ召し上がってください」
「君の手作りかい? それは嬉しいな。……うん、おいしいよ。ありがとう」

 か、かたい……。それに口の中の水分が全部もっていかれる……。これは後でフーにでもあげるか。フーも食べないかもしれない……。フーが、フーフー怒っている様子が目に浮かんで、おかしくなる。



「ランドール殿下、ふたりで旅に出かけませんか? 王子である前に、あなたはひとりの人間です」
「兄上とオリガが不在の今、僕まで抜けるわけにはいかないよ。でもいつか旅はしたいな」

 うん、それはいい考えだ。兄上とオリガが戻ってきたら、少し旅に出てもいいかもしれない。

「どこか行きたいところはあるの?」

「えっ、えーっと、ランドール殿下に海は似合わないから……森の中の湖とか? あそこは勇者の剣が突き刺さってるからダメか。うーん、雪山に登ってオーロラ見るとか? 寒いし、しんどいから却下。砂漠の古城はロマンチックだけど、あそこ幽霊出るんだよね。あ、城と言えば……」

 ブツブツと大きな声でひとりごとを言っていたパメラが、大きな目を輝かせた。

「シューバル公国のロワン城に行ってみたいですわ。レノン湖のほとりに建っていて、朝日に照らされた湖は、心が洗われるようなのですって。夕方は幻想的でどこか耽美な雰囲気だそうですわ」

 ほぅっとパメラがため息を吐く。

「シューバル公国は寒いですから、暖炉にあたりながら温かいワインを飲むんですって。湖で釣りもできますし、舟遊びもできるのですわ」

「ふふっ それは楽しそうだ。いいよ、シューバル大公のことはよく知ってるから、聞いてみよう」

「えっ、本当ですか?」

 パメラがびっくりして目を丸くしている。素の表情の彼女は、いつもの何か企んでるときとは違って、少しあどけなくなる。

「君、普段からそういう顔すればいいのに。色々画策しないでさ」

「えっ……」

 パメラが真っ赤になってモジモジしている。

「僕の何を知っているつもりか分からないけど……。そろそろ君の前にいる僕を見てみたら?」

 パメラはハッとした顔で僕をまじまじと見つめる。

「まあ、時間はたくさんあるから。ゆっくり僕を知っていけばいいよ」

 額に軽く口づけすると、パメラは固まった。しばらくすると、消え入りそうな声で、はいと言った。

 うん、まあ、こういうのも悪くないかもしれない。

 僕もそろそろ好きな人を探してもいい時期だ。
 この子を好きになるかはまだ分からないけど、暇だから試してみようか。

 ランドールはとろけるような笑みを浮かべ、真っ赤な顔でうつむいているパメラを見つめる。



しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

黑媛( * ॑꒳ ॑*)♡

|ूᐕ)⁾⁾

学園の評判に『触る』❌ 『障る』⭕

でも、この場合は、『障りがある』ではないでしょうかね?

動詞じゃないと思われます、名詞です

評判に『触る』タッチするんじゃなくて、『障り』弊害・障壁・罪障があるといけないから ってことでしょう?

|彡サッ!!

解除
藍条森也
2022.09.15 藍条森也

 言ってることが『あの御隠居』そのままだと思っていたら……やっぱり、祖父があの『あの御隠居』ですか(笑)。
 あくまで善意、あくまで真面目、だけどやっぱり傍迷惑。これこそ、本物の悪役令嬢かも知れませんね。愉快な一編でした。

解除

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。 しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。 聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。 だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。 追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。 冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。 そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。 暴かれる真実。崩壊する虚構。 “悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。

悪役令嬢の私、計画通り追放されました ~無能な婚約者と傾国の未来を捨てて、隣国で大商人になります~

希羽
恋愛
​「ええ、喜んで国を去りましょう。――全て、私の計算通りですわ」 ​才色兼備と謳われた公爵令嬢セラフィーナは、卒業パーティーの場で、婚約者である王子から婚約破棄を突きつけられる。聖女を虐げた「悪役令嬢」として、満座の中で断罪される彼女。 ​しかし、その顔に悲壮感はない。むしろ、彼女は内心でほくそ笑んでいた――『計画通り』と。 ​無能な婚約者と、沈みゆく国の未来をとうに見限っていた彼女にとって、自ら悪役の汚名を着て国を追われることこそが、完璧なシナリオだったのだ。 ​莫大な手切れ金を手に、自由都市で商人『セーラ』として第二の人生を歩み始めた彼女。その類まれなる才覚は、やがて大陸の経済を揺るがすほどの渦を巻き起こしていく。 ​一方、有能な彼女を失った祖国は坂道を転がるように没落。愚かな元婚約者たちが、彼女の真価に気づき後悔した時、物語は最高のカタルシスを迎える――。

【短編読み切り】国王陛下ならではの天使の娶り方。婚約破棄言い出しそうな馬鹿息子は廃籍です!

宇水涼麻
恋愛
過労で倒れた国王はその際前世の記憶を思い出した。 今日は王子が公爵令嬢に婚約破棄をする卒業パーティーがある。 なんとしても阻止せねば! 中世ヨーロッパ風の婚約破棄もののお話です。 設定緩めはご了承ください。

婚約破棄がお望みならどうぞ。

和泉 凪紗
恋愛
 公爵令嬢のエステラは産まれた時から王太子の婚約者。貴族令嬢の義務として婚約と結婚を受け入れてはいるが、婚約者に対して特別な想いはない。  エステラの婚約者であるレオンには最近お気に入りの女生徒がいるらしい。エステラは結婚するまではご自由に、と思い放置していた。そんなある日、レオンは婚約破棄と学園の追放をエステラに命じる。  婚約破棄がお望みならどうぞ。わたくしは大歓迎です。

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。