わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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二の宮の使用人用談話室にて 6

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 王子兄弟の険悪なようすを間近で見守るロアナは、ああ、今日はなんて日なのだろうと思った。

(……これまでは、リオニー様や王子様方を遠くから(豆粒レベルで)拝見するくらいが関の山だったわたしが……今日は側妃様の怒りを買って鞭で打たれて。ふたりの王子様のご尊顔をこんなに間近にし、且つ……お二方の険悪な場面に居合わせてしまうとは……)

 光栄なような、いたたまれないような……胃が痛いような……。いや、胃は明確に痛い。ロアナは思わず身を折った。

(うぅ……)

 なるほど、新人侍女が貴人から遠ざけられるはずである。こんなストレスは、ベテランにしか担えまい……。
 しかしどうやら、責任重大なことに、今この場でにわかに起こった王子兄弟の諍いは、ここにたった一人いる使用人として、ロアナにとりなしが託されているようであった。
 頑張れ自分。ロアナは、おびえつつ挙手。

「あの……第三王子殿下、ご説明させていただけますでしょうか……」

 どうしようかと迷ったが、このまま傍観しているわけにもいかない。
 フォンジーに助けてもらっておいて、ここで彼が自分を救出するためにしたことで汚名を着せられては、申し訳なさすぎる。
 と、おずおずと名乗りを上げると、ウルツからは、「……よし」と短い返事が返ってくる。ロアナはまずはホッとして、深く頭を下げた。

「申し訳ありません。第五王子殿下は、わたくしめのために二の宮に駆けつけてくださったのです。すべてわたくしの不徳の致すところ。どうかお許しください」

 ちがう、と、否定に出てきそうなフォンジーを、ひとまずやんわり視線で止めて。
 これまでの経緯を説明すると、ウルツの、ただでさえ冷えていたまなざしが、さらに冷たく険しいものとなってロアナに突き刺さった。

(い、痛い痛い痛い……)

 その視線の鋭さに、ロアナは一層身をすくめる。
 ウルツの容姿には狼のような迫力があって。その顔がひえびえとした怒りに満ちると威圧感がひどい。
 ロアナは思い切り怯えたが……と、そのとき、目の前にフォンジーの背中が。
 青年は、兄に睨まれているロアナをその視線から守るように二人の間に立ちふさがった。

「……もういいでしょう。ウルツ兄様はこの件には関係ないんだから。──ロアナ、座って。背中、痛むよね?」
「あ、ありがとうございます……」

 フォンジーにすすめられて、ほっとしたロアナはよろよろとイスに戻る。正直、背中は痛かったし、厳しいウルツの前で自分の罪を告白するのは非常に緊張した。
 しかし、彼女がフォンジーに支えられてイスに腰を下ろす間にも、ウルツの眉間はずっと険しい。
 そのチクチクとした視線を感じ……ロアナがハッと青ざめる。

(は……しまった……すすめていただいたからって……侍女が王子様をさしおいて座るなど……)

 もちろんそれは、王宮侍女としてはやってはいけないこと。失敗したと思うと、とたん肝が冷える。
 あんな窮地から救われた矢先だというのに、今度は厳しいウルツに侍女失格とみなされてしまったかと思うと冷や汗が出た。
 彼女が怯えた目でうかがうと、案の定、フォンジーに気遣われるロアナを、ウルツは冷たいまなざしで睨んでいる。

(ぅっ……!)

 慌てたロアナがいきおいよく腰を浮かすと、しかしそれはフォンジーに制された。

「だめだめロアナ! いいの、君は怪我をしてるんだから。……兄上、お父様と先生たちには自分で謝罪するから、もう放っておいて」

 ロアナをなだめたフォンジーは、大人びた顔で兄を振り返り、いかにもさっさとどこかへ行ってくれと言いたげ。
 言われた方のウルツはといえば、表情を変えることもなく返す。

「……そうしろ、わたしもそういつまでもお前の尻ぬぐいはできない」

 突き放すような弟と、その弟君さらに突き放す兄。
 二人はしばしにらみ合い……。そんな二人の間近に控えるロアナはいたたまれなさすぎて、胃がゴリッゴリに痛かった。

(ぅ、どう、どうしたら……どう……)

 自分にも兄と弟がおり、その二人との間に大きな確執があって家を出たロアナは、兄弟ゲンカというものが本当に苦手。
 ロアナは痛む背中の傷のことも忘れ、どうしたものかと二人を凝視。

(まさか……うちの兄と弟にするみたいに、バケツで水をぶっかけてケンカを止める……とかは無理だし……なにか……殿下たちにふさわしい気品ある気高いケンカの仲裁方法は……⁉)

 ……ケンカの仲裁に気品も気高いもないだろうが。
 とにかくロアナは焦っていた。

 と、その時不意に、ウルツの冷たい視線が彼女にとまる。
 ロアナのほうでも、彼に見つめられていることに気がつき、ハッと身をこわばらせた。
 ウルツのやや紫をおびた深い青い瞳は、無感情で……見つめられると、確かに周囲が『第五王子殿下も魔法で人の心が読めるのでは?』と噂するように、心の中を見透かされているような気がした。
 ひきつったロアナの頬を、汗がしたたり落ちていく。

(……バレた? 今……わたしが殿下たちに水をぶっかけようとか思っていたことが……読まれてしまったの⁉)

 ひぃっと、ロアナは縮み上がる。
 緊張を顔に張り付かせ、ゴクリと喉を鳴らしてウルツの反応を待った、が……。

 しかし、ウルツが彼女に何かをいうことなかった。
 彼はすっかり怯えたロアナからスッと視線をはなし、その場で身をひるがえすと、

「失礼する」

 来たときと同じく短く言って。そのまま静かに談話室を出ていった。
 毅然と去っていった後ろ姿を見送って……ロアナは……思わず脱力。
 隣にいたフォンジーは、いぶかし気に兄の背中を見ていたが、ロアナがまた膝から床に落ちそうになったのを見て。慌てて彼女の腕をとって支えた。
 それはそれでとても恐れ多いことではあったのだが。
 とにかく、ロアナは、なんとかこれ以上の騒動は回避できたらしいと、心の底から安堵した。


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