37 / 194
37
しおりを挟むグステルは堪らず、慌てて彼を呼び止めていた。
ヘルムートの言葉には、明日もここへ来る……というか、さらにその後も日参してきそうな予感さえ含まれている。
これはとても聞き捨てならない。
焦りのあまり口調が粗暴になって。しかしすぐに自分の立場を思い出し、慌てて改めた。
「い、いえ、違った! ま、待ってください、あの……! わ、我々……少々話し合いが必要ですね⁉︎」
いって、店を出て行こうとしていた彼に追いすがる。と、なぜだかとても嬉しそうな顔が振り返ってきた。
まるで、ぱぁああ……と、音がするようだった。
あからさまに瞳の色が明るくなった黒髪の貴公子の反応に、グステルがたじろぐ。
「え……な、なんですか……?」
思わず及び腰になっていると、ヘルムートは静かに言う。
「……あなたから呼び止めてくれたのは初めてですね」
「へ……?」
喜びを噛み締めるような言葉に、グステルは……ぽかんとした。
「……え? あ、の……?」
ヘルムートは、少しくすぐったそうに顔の前に手を持ち上げてはにかむ。
「いつもは最初からあまり長居していてはご迷惑かと思い、泣く泣く短時間で切り上げていたのです。でも……本当はまだ帰りたくなかったので嬉しいです」
「…………」
ヘルムートの言葉通り、確かに彼はここに日参はしてきても長居はしない。
商品を買いに来た時は購入後は、二言三言で退店し、傷の様子を見にきたといえば、医師の診察が終わるとそれだけで帰っていた。まあ……医師を連れてくるのは正直大袈裟すぎるが。
とはいえ。
敵対的交渉くらいの気持ちで彼を呼び止めたグステルは、思いがけず彼に素直な言葉で喜ばれてしまってとても戸惑った。
青年の若々しい顔を凝視ながら、グステル、驚愕の思い。
(……こ、このお坊ちゃまは……なぁんて可愛らしいことをいうのだろうか……)
(うっかり彼の天敵であるということを忘れてしまいそうな子犬感……え……おばさんほだされそう……)
この辺りで、グステルはうっすら思った。
……もしや……私は彼に懐かれているだけなのか……?
(……え……? そんなことって……あ、る……?)
こちらを見るヘルムートの顔は、しみじみと嬉しそうで。彼のそんな様子を見ていると、グステルもなんだかそんな気もしてきて──……。
しかし彼女はすぐにその考えを振り払う。
(──い、いやいやまさか……! そんな馬鹿なことあるわけ……)
(物語の筋書きっていうのは、キャラクターにとっては運命も同然。その強い力に支配されて生きているはずの彼らが……私みたいに転生者でもない彼らが、そんな簡単にキャラ変して天敵キャラに好感を持つなんてこと、あるわけない……)
“悪役令嬢グステル”(自分)は、その物語を彼女自身が読んだ時も、『なんて卑劣で自分勝手な令嬢なんだろう』と憎らしく思っていたほどの娘だ。
簡単に、誰かに好かれるはずもない。
今更ながら、その運命を背負わされたことが恨めしくもあった。
61
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる