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第六章 魔物なんて狩れません!
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「し……、承知しました! 必ずお守りいたします!!」
悲壮な顔で、コッサートが再度平伏する。するとルチアーノは、やや表情を和らげた。
「頼もしいことよ」
え、と言いたげに、コッサートが顔を上げる。ルチアーノは、穏やかに語った。
「コッサート。近衛騎士団における、そなたの実績は調べさせてもらった。実に素晴らしい活躍ぶりではないか。だが、その割に役職が見合っていない気がするのだが」
コッサートは、肩を落とした。
「私は、下級貴族ですので……」
「それゆえ、王妃陛下の甘言に乗せられたのであろう? 任務に成功すれば、昇格させるとでも言われたか?」
コッサートが、こくりと首を縦に振る。ルチアーノは、ため息をついた。
「栄えある近衛騎士団だというのに、実力を持つ者がふさわしい役職に就けないとは、実に嘆かわしい。それでは、有事の際にちゃんと機能しないではないか」
ルチアーノは、コッサートの肩に手を置いた。
「そなたの能力は、信じておる。無事二人を守り切った暁には、王妃陛下から守ってやるだけでなく、昇格を約束しようではないか。そなただって、せっかく能力があるのだから、こそこそとした間者活動ではなく、武芸の腕前で認めて欲しいであろう?」
「本当でございますか?」
コッサートが、目を輝かせる。ルチアーノは、温かい眼差しで頷いた。
「ああ。アルマンティリア王国王太子として、責任を持って保証しよう。……そして、ペサレージよ」
急に話を振られ、ペサレージは姿勢を正した。
「はっ。何でございましょう?」
「今聞いてもらった通り、正規の近衛騎士団員でも、家柄で出世が決まるのが現状だ。ましてや、入団資格を広げる改革など、起こり得るはずが無い」
ペサレージは、うなだれた。
「私は、パッソーニ様に騙されたということでしょうか」
「そのことなのだがな。そもそも、そなたを雇ったのは、パッソーニではないのだ」
ペサレージは、面食らったような表情を浮かべた。
「ですが……、私に指令を下した方は、パッソーニ様の紋章入りの封筒をお持ちでした。証拠を残さぬようにと、焼却処分させられましたが……」
ルチアーノは、コッサートを見やった。
「コッサート。例の指輪は持って来たか?」
はい、と返事をして、コッサートがエメラルドの指輪を懐から出す。それを見たペサレージは、目を見張った。
「こ、これは……」
「そなたも、同じ物をもらったであろう? すなわち、二人の雇い主は同一人物。エリザベッタ王妃陛下だ」
ペサレージが、唖然とする。ルチアーノは、説明し始めた。
「そなたに指輪をやり、指令を下した男は、王妃陛下の腹心だ。そして、その男の妻は、パッソーニ家の侍女。紋章入りの封筒など、いくらでもくすねられる。つまり王妃陛下は、パッソーニ家に間者を送り込み、彼を装ってそなたを雇ったのだ」
ペサレージが、呆然とする。ルチアーノは、そんな彼をじろりとにらみつけた。
「とはいえ。雇い主が誰であれ、そなたがマスミ殿を襲ったのは事実。マスミ殿は、宮廷魔術師の補佐役になろうかという魔術師である上に、王太子の治療係でもある。そのような人物を殺そうとした罪は重い。相当の刑罰は、覚悟せねばな。近衛騎士団という目撃者もいる以上、言い逃れはできぬぞ」
ペサレージは、さあっと青くなった。
「そのようなお方とは、存じなかったのです! アルマンティリア王国に害を及ぼす者だと言われ……。本当に、申し訳ございません!」
ルチアーノは、再び表情を和らげた。
「軽率と言えば軽率だが、同情の余地はあるな。指令を下したのが宮廷魔術師だと、思い込んでいたのだから。国王陛下でさえ信頼なさっている、彼の占いだ。信じても無理は無い」
「では、私は……」
ルチアーノは、ふっと笑った。
「コッサートと同じ任務を課す。二人を、守り切るのだ。無事王都へ帰還させられたら、罪には問わぬことにしよう」
ペサレージは、ぱあっと顔を輝かせた。
「まことにございますか!」
「二言は無い。そして、そなたの『雇い主』が語ったでまかせだが、私はそれを現実にしようと思う」
そう言うとルチアーノは、机の引き出しから書類を取り出した。コッサートとペサレージに提示する。
「近衛騎士団の改革案だ。入団資格を大幅に緩和すると共に、実績に応じて昇進できる制度に変更する。ちなみに国王陛下は、王太子に一任するとのことだ」
二人の顔に、みるみる喜びが広がっていく。ルチアーノは、さっさと書類をしまった。
「本来は極秘の書類だが、私の約束が確かなものであることを証明するため、二人にはあえて見せた。むろん、成績が満たなければ入団はできないし、現団員も、勤務態度により降格の可能性がある。要は、努力次第ということだ」
「精一杯、やらせていただきます」
「精進いたします」
二人が、口々に答える。ルチアーノは、重々しく頷いた。
「その言葉を信じている。では、まずはクオピボ行きに全力を尽くせ」
かしこまりましたと返事をすると、コッサートとペサレージは、ルチアーノと真純たちに挨拶をして、部屋を出て行った。
「助っ人って、彼らのことだったんですね」
ルチアーノは、あっさり頷いた。
「あれだけ脅せば、真剣にやるだろうが。とはいえ、油断は禁物。二人とも、留意するように」
「ご安心を。攻撃性の高い魔法を、すでにいくつも習得しています。魔物ごとき、速やかに始末してみせましょう」
フィリッポは、自信満々といった様子である。
「ああ。では、気を付けて……」
ルチアーノがそう言いかけた時、ノックの音がした。ルチアーノが入室の許可をすると、一人の中年男性が入って来た。官吏らしき服装だが、初めて見る顔でだ。そして、何やらおどおどしている。
「殿下、ご依頼のものをお持ちしました……、あ」
男性は、真純とフィリッポを見て、慌てて口をつぐんだ。ルチアーノがかぶりを振る。
「彼らのことは、気にせずともよい。見せてみよ」
「かしこまりました」
男性は、相変わらず怯えた様子で、一枚の書類をルチアーノに差し出した。ルチアーノが念を押す。
「これが、三日間の間に、図書館に出入りした全員だな?」
「さようでございます」
ルチアーノは、真剣な眼差しで書類に目を通している。彼は一体何を探ろうとしているのだろう、と真純は訝った。一方の男性は、ルチアーノの机上をそわそわと見つめている。そこには、様々な本や書類が積まれていたが、中にひときわ古ぼけた、ぶ厚い本があった。男性の視線は、その本に注がれていた。
「……よし。ご苦労であった」
ややあって、ルチアーノが頷く。男性は、ほっとしたような表情を浮かべた。
「では……、この本の件は、お見逃しいただけるということで?」
「ああ」
ルチアーノが短く答えると、男性は深いため息をついた。
「ルチアーノ殿下、本当に申し訳ございませぬ。王宮図書館を管理する立場でありながら、希少本を破損させられるなど……」
どうやら男性は、この前訪れた図書館に関わる官吏らしかった。ルチアーノがかぶりを振る。
「構わぬと言っている。その代わり、私がこの訪問者リストを要求したことは、決して他言しないように」
「もちろんでございます」
男性は、神妙に答えた。
「二度とこのようなことが無きよう、留意いたします」
「うむ、頼むぞ……。不届き者というのは、どこに潜んでいるかわからぬからな」
ルチアーノが、意味ありげに呟く。真純は、無意識にその本を見つめていた。表紙には、こう書かれていた。
『ホーセンランド史』
悲壮な顔で、コッサートが再度平伏する。するとルチアーノは、やや表情を和らげた。
「頼もしいことよ」
え、と言いたげに、コッサートが顔を上げる。ルチアーノは、穏やかに語った。
「コッサート。近衛騎士団における、そなたの実績は調べさせてもらった。実に素晴らしい活躍ぶりではないか。だが、その割に役職が見合っていない気がするのだが」
コッサートは、肩を落とした。
「私は、下級貴族ですので……」
「それゆえ、王妃陛下の甘言に乗せられたのであろう? 任務に成功すれば、昇格させるとでも言われたか?」
コッサートが、こくりと首を縦に振る。ルチアーノは、ため息をついた。
「栄えある近衛騎士団だというのに、実力を持つ者がふさわしい役職に就けないとは、実に嘆かわしい。それでは、有事の際にちゃんと機能しないではないか」
ルチアーノは、コッサートの肩に手を置いた。
「そなたの能力は、信じておる。無事二人を守り切った暁には、王妃陛下から守ってやるだけでなく、昇格を約束しようではないか。そなただって、せっかく能力があるのだから、こそこそとした間者活動ではなく、武芸の腕前で認めて欲しいであろう?」
「本当でございますか?」
コッサートが、目を輝かせる。ルチアーノは、温かい眼差しで頷いた。
「ああ。アルマンティリア王国王太子として、責任を持って保証しよう。……そして、ペサレージよ」
急に話を振られ、ペサレージは姿勢を正した。
「はっ。何でございましょう?」
「今聞いてもらった通り、正規の近衛騎士団員でも、家柄で出世が決まるのが現状だ。ましてや、入団資格を広げる改革など、起こり得るはずが無い」
ペサレージは、うなだれた。
「私は、パッソーニ様に騙されたということでしょうか」
「そのことなのだがな。そもそも、そなたを雇ったのは、パッソーニではないのだ」
ペサレージは、面食らったような表情を浮かべた。
「ですが……、私に指令を下した方は、パッソーニ様の紋章入りの封筒をお持ちでした。証拠を残さぬようにと、焼却処分させられましたが……」
ルチアーノは、コッサートを見やった。
「コッサート。例の指輪は持って来たか?」
はい、と返事をして、コッサートがエメラルドの指輪を懐から出す。それを見たペサレージは、目を見張った。
「こ、これは……」
「そなたも、同じ物をもらったであろう? すなわち、二人の雇い主は同一人物。エリザベッタ王妃陛下だ」
ペサレージが、唖然とする。ルチアーノは、説明し始めた。
「そなたに指輪をやり、指令を下した男は、王妃陛下の腹心だ。そして、その男の妻は、パッソーニ家の侍女。紋章入りの封筒など、いくらでもくすねられる。つまり王妃陛下は、パッソーニ家に間者を送り込み、彼を装ってそなたを雇ったのだ」
ペサレージが、呆然とする。ルチアーノは、そんな彼をじろりとにらみつけた。
「とはいえ。雇い主が誰であれ、そなたがマスミ殿を襲ったのは事実。マスミ殿は、宮廷魔術師の補佐役になろうかという魔術師である上に、王太子の治療係でもある。そのような人物を殺そうとした罪は重い。相当の刑罰は、覚悟せねばな。近衛騎士団という目撃者もいる以上、言い逃れはできぬぞ」
ペサレージは、さあっと青くなった。
「そのようなお方とは、存じなかったのです! アルマンティリア王国に害を及ぼす者だと言われ……。本当に、申し訳ございません!」
ルチアーノは、再び表情を和らげた。
「軽率と言えば軽率だが、同情の余地はあるな。指令を下したのが宮廷魔術師だと、思い込んでいたのだから。国王陛下でさえ信頼なさっている、彼の占いだ。信じても無理は無い」
「では、私は……」
ルチアーノは、ふっと笑った。
「コッサートと同じ任務を課す。二人を、守り切るのだ。無事王都へ帰還させられたら、罪には問わぬことにしよう」
ペサレージは、ぱあっと顔を輝かせた。
「まことにございますか!」
「二言は無い。そして、そなたの『雇い主』が語ったでまかせだが、私はそれを現実にしようと思う」
そう言うとルチアーノは、机の引き出しから書類を取り出した。コッサートとペサレージに提示する。
「近衛騎士団の改革案だ。入団資格を大幅に緩和すると共に、実績に応じて昇進できる制度に変更する。ちなみに国王陛下は、王太子に一任するとのことだ」
二人の顔に、みるみる喜びが広がっていく。ルチアーノは、さっさと書類をしまった。
「本来は極秘の書類だが、私の約束が確かなものであることを証明するため、二人にはあえて見せた。むろん、成績が満たなければ入団はできないし、現団員も、勤務態度により降格の可能性がある。要は、努力次第ということだ」
「精一杯、やらせていただきます」
「精進いたします」
二人が、口々に答える。ルチアーノは、重々しく頷いた。
「その言葉を信じている。では、まずはクオピボ行きに全力を尽くせ」
かしこまりましたと返事をすると、コッサートとペサレージは、ルチアーノと真純たちに挨拶をして、部屋を出て行った。
「助っ人って、彼らのことだったんですね」
ルチアーノは、あっさり頷いた。
「あれだけ脅せば、真剣にやるだろうが。とはいえ、油断は禁物。二人とも、留意するように」
「ご安心を。攻撃性の高い魔法を、すでにいくつも習得しています。魔物ごとき、速やかに始末してみせましょう」
フィリッポは、自信満々といった様子である。
「ああ。では、気を付けて……」
ルチアーノがそう言いかけた時、ノックの音がした。ルチアーノが入室の許可をすると、一人の中年男性が入って来た。官吏らしき服装だが、初めて見る顔でだ。そして、何やらおどおどしている。
「殿下、ご依頼のものをお持ちしました……、あ」
男性は、真純とフィリッポを見て、慌てて口をつぐんだ。ルチアーノがかぶりを振る。
「彼らのことは、気にせずともよい。見せてみよ」
「かしこまりました」
男性は、相変わらず怯えた様子で、一枚の書類をルチアーノに差し出した。ルチアーノが念を押す。
「これが、三日間の間に、図書館に出入りした全員だな?」
「さようでございます」
ルチアーノは、真剣な眼差しで書類に目を通している。彼は一体何を探ろうとしているのだろう、と真純は訝った。一方の男性は、ルチアーノの机上をそわそわと見つめている。そこには、様々な本や書類が積まれていたが、中にひときわ古ぼけた、ぶ厚い本があった。男性の視線は、その本に注がれていた。
「……よし。ご苦労であった」
ややあって、ルチアーノが頷く。男性は、ほっとしたような表情を浮かべた。
「では……、この本の件は、お見逃しいただけるということで?」
「ああ」
ルチアーノが短く答えると、男性は深いため息をついた。
「ルチアーノ殿下、本当に申し訳ございませぬ。王宮図書館を管理する立場でありながら、希少本を破損させられるなど……」
どうやら男性は、この前訪れた図書館に関わる官吏らしかった。ルチアーノがかぶりを振る。
「構わぬと言っている。その代わり、私がこの訪問者リストを要求したことは、決して他言しないように」
「もちろんでございます」
男性は、神妙に答えた。
「二度とこのようなことが無きよう、留意いたします」
「うむ、頼むぞ……。不届き者というのは、どこに潜んでいるかわからぬからな」
ルチアーノが、意味ありげに呟く。真純は、無意識にその本を見つめていた。表紙には、こう書かれていた。
『ホーセンランド史』
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