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第十二章 価値観は、それぞれなんです
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「真純!」
相手も、同じく大声を上げる。真純は、目をこすった。日本にいるはずの父が、どうしてこの場にいるのか。
「お前……、生きてたのか!?」
父が、走り寄って来る。騎士たちは、彼を押し止めようとしたが、真純は制止した。
「僕の父なんです。怪しくないですから」
騎士たちが、動きを止める。父は、真純のそばへ駆け寄ると、ひしと抱きしめた。
「無事だったんだな? よかった。どれほど心配したことか……」
「うん、ごめん」
申し訳なく思い、真純は謝った。
「異世界、というところに連れて来られて。でも今は、楽しく暮らしているよ。……ええと、僕はやっぱり向こうでは、失踪したことになってるの?」
そうだ、と父は頷いた。
「コンビニのバイト帰りに、忽然と姿を消して。警察に届け出たが、手がかりは全く見つからないと言うし。本当によかった。倫子に続いて、お前まで失ったかと思うと……」
父が、目頭を拭う。すると、ルチアーノが前に進み出た。穏やかに、語りかける。
「マスミ殿のお父上でいらっしゃいますか。私は、アルマンティリア王国国王の、ルチアーノと申します。実は私は、ある呪いに苦しめられていました。その呪いを解ける唯一の人間が、異世界に住むマスミ殿だったのです。そこで勝手ながら、お越しいただきました。お父上にはご心配をおかけし、まことに申し訳ございませぬ」
父は、目をパチクリさせた。
「ほう……。異世界召喚、というやつですか。聞いたことはありますが、まさか現実に起こるとは……。ええと、国王陛下、でいらっしゃるのですか」
父は、まだ現実を把握しきれていない様子だ。無理も無い。ルチアーノは、素早く真純に囁いた。
「伴侶の件は、後ほど。これ以上、混乱して欲しくない」
「了解です」
それもそうだ、と真純は思った。そこで、はたと気づく。
「ひょっとして、ボネーラさんにお願いしていた件て、このことですか」
「その通り」
ルチアーノは、にこりとした。
「ホーセンランド史のページを隠蔽した件で、ボネーラに罰を与えると言っていたであろう。あの件を許す見返りに、そなたの父ともう一人の人物をアルマンティリアへ召喚するよう、彼に依頼したのだ。無事到着なされて、本当によかった。物品という形での贈り物はまだだが、一つそなたを喜ばせることができた」
そんなこともあった、と真純は思い出した。そういえばあの時、ボネーラは真純の方を見ていたっけ。ルチアーノは、時期を指示すると言っていた。今が、その時ということか。
「ありがとうございます。本当に……。でも、もう一人というのは?」
もう一人に難儀している、とボネーラは言っていた。一体、誰だろう。友人の誰かだろうか。その時、「助けてくれえ」という声が聞こえた。見れば、墓地のそばにある小川で、一人の男が溺れているではないか。ルチアーノは、驚く様子も無く、騎士たちに指示した。
「助け、ここへ連れて来るように」
はっと返事をして、騎士たちが駆けて行く。真純は、男を凝視した。六十歳くらいの、スーツを着た日本人だ。
「もしや、あの人が、そのもう一人ですか?」
ルチアーノは、涼しい顔で答えた。
「そうだ。マスミの持つ水属性に引き寄せられ、川経由で来たのだろうな」
川を経由した件はともかく、真純は首をひねった。どう見ても、その男に見覚えは無いのだ。
(ボネーラさん、何か間違えたんじゃ……)
やがて騎士たちが、男を連れて戻って来る。そのとたん、父があっと声を上げた。
「お前……、あの時の医者か!」
え、と真純は父の顔を見た。千歳家にとって、『あの時の医者』といえば、一人しかいない。母・倫子を医療過誤で死なせた医師だ。
真純は、医師の顔を改めて見つめた。髪を薄茶色に染めた、あくの強そうな雰囲気の男だ。こちらもまた、完全に戸惑っている。
「何なんだ、ここは? 外国か? ……ああ、日本人もいるじゃないか」
医師は、真純の父の元に駆け寄った。
「説明してくれ。どうなっているんだ? とにかく、早く日本へ戻らないと。日本医師会の理事選任決議が行われるんだよ。私は、ほぼ確定で……」
「ふざけるな!」
父は、医師の胸ぐらをつかんだ。
「何が、医師会の理事だ。患者を死なせておいて、よく平気で就任できるな!」
「死なせた?」
医師が、きょとんとする。父は、眉を吊り上げた。
「千歳倫子だ。十五年前、××病院の内科に入院していた。お前の投薬ミスのせいで、苦しみながら死んでいった……。私たちは、その夫と息子だ!」
医師は、ようやく思い出したような顔をした。
「ああ、あの時の患者か。そういえば、小さい息子がいたな……。だから何だ?」
父は、蒼白な顔になった。
「だから何だ、だと?」
「だってそうだろう」
医師は、パンパンと服の水気を払った。
「あんたの奥さんは、運が悪かったんだよ。医療過誤なんて、交通事故みたいなものだからな」
「何だと!? この……!」
父が、医師に飛びかかる。揉み合いながらも地面に倒すと、父は医師の顔を平手で打った。続けて、二度、三度と殴打する。ルチアーノはそれを止めること無く、真純に尋ねた。
「この者が、そなたの母君を死に追いやった人物。間違い無いな?」
「僕は幼かったので、覚えていませんが。父がそう言うなら、確かです」
「さようか」
ルチアーノは、冷たい視線を医師に投げかけた。
「ちなみに、コウツウジコとは何だ?」
「この世界で言えば……、馬車に轢かれるとか、そんな感じです。つまりこのお医者さんが言いたかったのは、よくある不運なこと、ということで……」
「よくある不運なこと、だと?」
ルチアーノは、つかつかと二人に近付くと、まだ殴り足りなそうにしている真純の父を、医師から引き剥がした。
「自らの過ちで人を死なせておきながら、不運の一言で片付けるのか。そなたの世界ではそれで許されても、このアルマンティリアでは通らぬぞ。国王たるこの私が、許さぬ」
もしかして、と真純は思った。母の思い出話をした時、ルチアーノはひどく憤っていた。医師に極刑を与えたい、とまで言っていた。彼を召喚したのは、それを実現するためだというのか……?
ルチアーノは、医師に向かって言い放った。
「そなたは永遠に、元の世界へは戻れぬと思え。自国で裁かれぬのなら、この私が見合った刑罰を与える!」
相手も、同じく大声を上げる。真純は、目をこすった。日本にいるはずの父が、どうしてこの場にいるのか。
「お前……、生きてたのか!?」
父が、走り寄って来る。騎士たちは、彼を押し止めようとしたが、真純は制止した。
「僕の父なんです。怪しくないですから」
騎士たちが、動きを止める。父は、真純のそばへ駆け寄ると、ひしと抱きしめた。
「無事だったんだな? よかった。どれほど心配したことか……」
「うん、ごめん」
申し訳なく思い、真純は謝った。
「異世界、というところに連れて来られて。でも今は、楽しく暮らしているよ。……ええと、僕はやっぱり向こうでは、失踪したことになってるの?」
そうだ、と父は頷いた。
「コンビニのバイト帰りに、忽然と姿を消して。警察に届け出たが、手がかりは全く見つからないと言うし。本当によかった。倫子に続いて、お前まで失ったかと思うと……」
父が、目頭を拭う。すると、ルチアーノが前に進み出た。穏やかに、語りかける。
「マスミ殿のお父上でいらっしゃいますか。私は、アルマンティリア王国国王の、ルチアーノと申します。実は私は、ある呪いに苦しめられていました。その呪いを解ける唯一の人間が、異世界に住むマスミ殿だったのです。そこで勝手ながら、お越しいただきました。お父上にはご心配をおかけし、まことに申し訳ございませぬ」
父は、目をパチクリさせた。
「ほう……。異世界召喚、というやつですか。聞いたことはありますが、まさか現実に起こるとは……。ええと、国王陛下、でいらっしゃるのですか」
父は、まだ現実を把握しきれていない様子だ。無理も無い。ルチアーノは、素早く真純に囁いた。
「伴侶の件は、後ほど。これ以上、混乱して欲しくない」
「了解です」
それもそうだ、と真純は思った。そこで、はたと気づく。
「ひょっとして、ボネーラさんにお願いしていた件て、このことですか」
「その通り」
ルチアーノは、にこりとした。
「ホーセンランド史のページを隠蔽した件で、ボネーラに罰を与えると言っていたであろう。あの件を許す見返りに、そなたの父ともう一人の人物をアルマンティリアへ召喚するよう、彼に依頼したのだ。無事到着なされて、本当によかった。物品という形での贈り物はまだだが、一つそなたを喜ばせることができた」
そんなこともあった、と真純は思い出した。そういえばあの時、ボネーラは真純の方を見ていたっけ。ルチアーノは、時期を指示すると言っていた。今が、その時ということか。
「ありがとうございます。本当に……。でも、もう一人というのは?」
もう一人に難儀している、とボネーラは言っていた。一体、誰だろう。友人の誰かだろうか。その時、「助けてくれえ」という声が聞こえた。見れば、墓地のそばにある小川で、一人の男が溺れているではないか。ルチアーノは、驚く様子も無く、騎士たちに指示した。
「助け、ここへ連れて来るように」
はっと返事をして、騎士たちが駆けて行く。真純は、男を凝視した。六十歳くらいの、スーツを着た日本人だ。
「もしや、あの人が、そのもう一人ですか?」
ルチアーノは、涼しい顔で答えた。
「そうだ。マスミの持つ水属性に引き寄せられ、川経由で来たのだろうな」
川を経由した件はともかく、真純は首をひねった。どう見ても、その男に見覚えは無いのだ。
(ボネーラさん、何か間違えたんじゃ……)
やがて騎士たちが、男を連れて戻って来る。そのとたん、父があっと声を上げた。
「お前……、あの時の医者か!」
え、と真純は父の顔を見た。千歳家にとって、『あの時の医者』といえば、一人しかいない。母・倫子を医療過誤で死なせた医師だ。
真純は、医師の顔を改めて見つめた。髪を薄茶色に染めた、あくの強そうな雰囲気の男だ。こちらもまた、完全に戸惑っている。
「何なんだ、ここは? 外国か? ……ああ、日本人もいるじゃないか」
医師は、真純の父の元に駆け寄った。
「説明してくれ。どうなっているんだ? とにかく、早く日本へ戻らないと。日本医師会の理事選任決議が行われるんだよ。私は、ほぼ確定で……」
「ふざけるな!」
父は、医師の胸ぐらをつかんだ。
「何が、医師会の理事だ。患者を死なせておいて、よく平気で就任できるな!」
「死なせた?」
医師が、きょとんとする。父は、眉を吊り上げた。
「千歳倫子だ。十五年前、××病院の内科に入院していた。お前の投薬ミスのせいで、苦しみながら死んでいった……。私たちは、その夫と息子だ!」
医師は、ようやく思い出したような顔をした。
「ああ、あの時の患者か。そういえば、小さい息子がいたな……。だから何だ?」
父は、蒼白な顔になった。
「だから何だ、だと?」
「だってそうだろう」
医師は、パンパンと服の水気を払った。
「あんたの奥さんは、運が悪かったんだよ。医療過誤なんて、交通事故みたいなものだからな」
「何だと!? この……!」
父が、医師に飛びかかる。揉み合いながらも地面に倒すと、父は医師の顔を平手で打った。続けて、二度、三度と殴打する。ルチアーノはそれを止めること無く、真純に尋ねた。
「この者が、そなたの母君を死に追いやった人物。間違い無いな?」
「僕は幼かったので、覚えていませんが。父がそう言うなら、確かです」
「さようか」
ルチアーノは、冷たい視線を医師に投げかけた。
「ちなみに、コウツウジコとは何だ?」
「この世界で言えば……、馬車に轢かれるとか、そんな感じです。つまりこのお医者さんが言いたかったのは、よくある不運なこと、ということで……」
「よくある不運なこと、だと?」
ルチアーノは、つかつかと二人に近付くと、まだ殴り足りなそうにしている真純の父を、医師から引き剥がした。
「自らの過ちで人を死なせておきながら、不運の一言で片付けるのか。そなたの世界ではそれで許されても、このアルマンティリアでは通らぬぞ。国王たるこの私が、許さぬ」
もしかして、と真純は思った。母の思い出話をした時、ルチアーノはひどく憤っていた。医師に極刑を与えたい、とまで言っていた。彼を召喚したのは、それを実現するためだというのか……?
ルチアーノは、医師に向かって言い放った。
「そなたは永遠に、元の世界へは戻れぬと思え。自国で裁かれぬのなら、この私が見合った刑罰を与える!」
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