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最終章 魔法は世のため、人のため

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 教育機関の視察を終えると、真純はルチアーノと共に、馬車に乗り込んだ。ルチアーノが、顔をしかめる。

「特訓したつもりだが、指導方法を改善せねばな」
「そうですね。フィリッポさんの教え方の方が、よほど好評でした」

 もう耳に入っていたらしく、ルチアーノは頷いた。

「先ほど、フィリッポ殿と話した。こちらを手伝ってもらおうかと。快諾してくれたが、そうはいっても、宮廷魔術師と兼務は大変であろうな……」
「講師の講師、という感じで、見本を見せてあげるといいかもしれませんね」

 そんな会話を交わしながら、二人はある土地へとやって来た。現在、ショウガの収穫を行っている場所だ。というのも、ここで働く者たちの中に、要注意人物がいるからだ。それも、三名も。  

「ああ……」

 馬車の窓から収穫風景が見えてきたとたん、真純は頭を抱えたくなった。まさにその三人が、仕事を放置して言い合いをしていたのだ。

「俺は、あんたら二人とは違うからな! 栄えある近衛騎士だったんだぞ!」

 そう言ってふんぞり返るのは、カンパネッラだ。偽証の罪で投獄された彼だが、最近ようやく釈放された。だが、能力不十分につき、騎士に戻ることは叶わなかったのだ。さらに、先ほどの教育機関の講師職も、採用基準に到達しなかった。そんなわけで彼は現在、ショウガ畑で働いている。

「近衛騎士が何だ、しょせん家柄で採用されたくせに。私など、実力で神殿長にまで上りつめたのだぞ!」
 
  怒鳴り返すのは、ユリアーノだ。いったん終身刑とされた彼だが、ルチアーノの裁量により、牢獄を出てここで働いている。ここでの成果いかんで自由の身になれる、という条件付きだ。

「何が実力だ。裏取引のたまものであろう」

 馬車内からユリアーノを見やって、ルチアーノがため息をつく。真純は尋ねた。

「それにしても、本当によかったんですか。このままだと、頑張り次第でユリアーノさんは自由の身になってしまいますけど」

 するとルチアーノは、にやりとした。

「確かにな。だが、その『頑張り』を評価するのは私だ。私が成果不足と認定し続ける限り、奴が自由を得ることは無い」

 つまり、と真純は思った。ルチアーノが、涼しい顔で告げる。

「ユリアーノは永遠に、ショウガ畑の住人かもしれぬな。普通に牢獄で終身刑に処せられるよりも、厳しいであろう」

 間違い無い、と真純は思った。その『永遠』は、きっと確定事項だろう。

「それよりも、あの男こそ、ここで働かせるだけでよかったのか? 極刑でも構わなかったのだぞ?」

 ルチアーノが、三人目を顎で指す。ここへ召喚した医師だ。彼もまた、額に汗してショウガの収穫をさせられている。

「父の意見です。母は、ひどく苦しみながら死んでいきました。だから、あっさり殺してしまうよりも、辛いことをさせたいと」
「あの男は、六十代であったな。確かに、この重労働はこたえるであろう。ま、それを見越して、この仕事を用意していたのだが」

 ルチアーノは、腰に手を当ててうめいている医師を見やった。聞けば、ショウガ栽培の計画を立てている時から、彼をここで働かせようと考えていたのだという。

「ええ。それから父は、こうも言っていました。あの人は、僕らの世界では、とても名誉ある地位に就いていたんです。その地位を取り上げられ、罪人や元罪人と一緒に労働をさせられるのは、きっと屈辱だろうと」

 折しもその時、医師が怒鳴った。

「神殿長といっても、しょせん一地方のトップだろう。私など、一国の神官連合において、理事という名誉ある役職に就いていたのだぞ!」

 ここアルマンティリアでは、医療に携わる者は神官という共通認識がある。早くもその情報を入手し、この世界風に言い換えたか、と真純は呆れた。しかも、日本医師会の理事には、まだ選ばれていなかったというのに。

「眉唾ものだな。ろくに、役に立たないくせに!」

 ユリアーノが言い返す。医師も、負けじと怒鳴り返した。

「メスより重い物など、持ったことが無いんだ。仕方ないだろう!」

 その時、ひときわ大きな声が響いた。

「お前は、内科医だろうが。何がメスだ!」

 この声は、と辺りを見回して、真純は思わず顔をほころばせた。父が、畑の反対側にいたのだ。ボネーラに召喚してもらってから半年、彼は、アルマンティリアと日本を行ったり来たりしている。

 父は、なおも叫んだ。

「おい、お仲間たち。この男は、神官なんかじゃないからな。嘘に騙されるなよ!」
「はあ!?」

 カンパネッラとユリアーノは、そろって血相を変えた。

「神官ですらないのかよ!」
「ほら吹きめ。痛い目に遭わせてやれ!」

 二人が、医師に飛びかかる。そこへ、監督者がすっ飛んで来た。

「こら、またお前らか! 仕事をさぼって、無駄口ばかり……。罰として、作業時間を五時間延長だ!」

 三人は、監督者に引きずられるようにして去って行った。ルチアーノは、それを見届けると、真純を連れて馬車を降りた。気づいた父が、走り寄って来る。何やら、大きなバッグを抱えていた。

「ルチアーノ陛下の馬車でしたか。気づかず、失礼いたしました」
「いや。今回も、無事到着なされたようですな。いかがです、あの光景は?」

 監督者に叱責されている医師を見やりながら、ルチアーノが尋ねる。父は微笑んだ。

「妻が帰って来るわけではありませんが、スッキリはいたしました。何せ我らの世界では、奴はお咎めも受けず、のうのうと暮らしていましたからな」

 そう言うと父は、不意に真剣な表情になった。

「ルチアーノ陛下。お忙しい中恐縮ですが、今回は相談がございます。少々、お時間をいただけませんか」
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