熱血俳優の執愛

花房ジュリー

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Side:陽斗

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 「カーット!」
 監督の高らかな声に、陽斗は我に返った。目の前にいるのは、伊織ではない。人気女優である。想いを寄せる年上女性に衝動的にキスをする、というところまでがドラマの一シーンだった。
「二人とも、よかったよ~」
 監督はにこやかに近づいて来ると、女優と陽斗をねぎらった。
「特に桜庭クン。振り向いてくれない女にイラッとする雰囲気が、すごく伝わって来た」
「ありがとうございます」
「ひょっとして、実体験かい?」 
 陽斗は、ドキリとした。女優にキスする時、陽斗は確かに、伊織の顔を思い浮かべていた。いや、今だけではない。ドラマや舞台でキスシーンを演じる時は、いつもだ……。
「やだ、監督。男同士でもセクハラですよ~」
 女優が、ケラケラと笑う。
「大体、人気俳優桜庭陽斗になびかない女なんて、いるわけないじゃないですか」
「あ~、それもそうだよね」  
 二人は、勝手に盛り上がっている。そんな彼らをよそに、陽斗は小さくため息をついた。
(いたんだよ。女じゃないけどな……)
 あの時の伊織の姿が、思い浮かぶ。男にキスなんかされて、さぞかし動揺すると思いきや、伊織は顔色一つ変えずにこう言い放ったのだ……。
『満足した?』


 『あの同級生は今』の収録日がやって来た。陽斗はかつての同級生たちのインタビューを、ぼんやり眺めていた。
『桜庭君は、勉強もトップだったけど、文化祭の劇では、上手に主役を演じてましたね。俳優になったのも納得です……』
 その中に、伊織の姿は無い。陽斗の予想に反して、伊織は出演に応じなかったのだ。これ以上無いドラマの話題作りだと、テレビ局は必死に口説いたのだが……。
(何でだよ。ドラマがヒットすりゃ、お前の本だって売れるじゃねえか。それでも、俺と共演するのは嫌だったのかよ……) 
 やはりキスの件を根に持っているのだろうか、と陽斗はぼんやり思った。あれから、伊織と口を利くことは無かった。二年からは別のクラスになり、さらに別々の高校へ進んでからは、会うことも全く無くなった。
 俳優を志したのは、大学時代だ。演劇部に所属した陽斗は、その魅力に取り憑かれていった。卒業後は、両親の反対を押し切って劇団へ入団した。以来着実にキャリアを積み、現在は本名の『桜庭陽斗』で名を馳せている。女性ともそれなりに付き合ったが、どこか物足りなさを感じた。このルックスと知名度で、誰でも簡単に手に入る。それは贅沢なようで、つまらなかった。
(――伊織)
 番組の収録中にもかかわらず、陽斗はたびたびその顔を思い浮かべた。来るべきドラマ主演に向けて、このバラエティで好感度を上げなければいけない。頭ではわかっているのに、陽斗は笑顔を作ることができなかった。
 
 
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