熱血俳優の執愛

花房ジュリー

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Side:伊織

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「……店が、どこも混んでいたものですから」
 僕は、素っ気なく答えると、適当な席に腰かけた。八木さんからは、何度か遠回しに口説かれたことがある。僕は、そのたびにかわし続けてきた。社内の男性と関係は持たないと決めていたし、第一ゲイであることは、会社では隠している。
「嬉しいな。部署が違うと、なかなか話す機会が無いからなあ」
 許可もしていないのに、八木さんは僕の隣へ移動してきた。思わず舌打ちしたくなったが、相手は先輩社員だ。それに、人目もある。僕は、きゃいきゃいと騒いでいる女性社員のグループを見やった。誰も、僕らには関心が無いようだ。先輩後輩関係の男性社員二人が親しくしている、としか思っていないのだろう。
 でも、内情はそうではない。八木さんは早速、僕の眼鏡に手を伸ばしてきた。
「食事中も、外さないのかい? 一度、桐村君の素顔を見てみたいんだけどなあ。……いっそ、コンタクトに替えたらいいのに。きっと、その方が素敵だよ」
「顔に馴染んでますから」
 僕は、さりげなく彼の手を振り払った。その時よみがえったのは、昨夜の陽斗の台詞だった。
 ――コンタクト、とか、すんなよな……。お前の素顔を知ってんのは、俺だけでいいんだから……。
 同時に、あの時の彼の欲情した顔や、熱い肌の感触までもがフラッシュバックして、僕は柄にも無く赤くなった。八木さんは、そんな僕の表情を誤解したらしかった。ずい、と距離を詰めてくる。
「ところで、さ。たまには、一緒に飲みに行かない? ……俺としては是非、来週の水曜がいいんだけど。どう?」
 僕は、思わず彼の顔を見つめ返した。
(まさか、誕生日だって知ってる……?)
 個人情報は、会社の人間には話していないのだが。それとも、偶然だろうか。
「その顔は、先約があるって感じ? まあ、特別な日だしね……」
(やっぱりか)
 僕は、八木さんの台詞をさえぎった。
「どうして誕生日のこと、知ってるんです」
 作家としても、顔写真始めプロフィールは、一切非公開にしているというのに。そこで僕は、はたと思い当たった。彼は、人事係ではないか……。
「勝手に、情報を見たんですか!」
 つい大きな声を出してしまったが、幸いにも女性社員のグループは、姿を消していた。でも逆に言えば、八木さんと二人きりでもある。
「そんな大げさな話じゃないでしょ。悪用するわけじゃなし」
 八木さんは、けろりとしていた。
「それより、都合が悪いってことは、やっぱり彼氏がいるんだ?」
「付き合っている人なんて、いませんよ」
 同類の勘だろうか、八木さんは僕の相手が男性だと、決めてかかっている様子だった。とはいえ、絶対に認めるわけにはいかなかった。相手が陽斗だとバレたら、迷惑をかけるなんてものじゃない。
(ゲイだなんて噂が立ったら、彼の俳優人生は終わりだ……)
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